第12話 落ちない汚れ
ブドウ畑の剪定も一息つき、古木の手術も終わると、時間に余裕が出てきた。
屋敷の暮らしにも、ずいぶん慣れた。器具の使い方は、前にリーゼさんから、一度、教わってから、何度も使ううちに、うまく使えるようになってきている。
ブルーノさんが作るラチェットばさみも売れているのか、わずかながらお金が入ってくるようになった。
誰もいない屋敷で、一人、家事をこなす。さびしくは、なかった。むしろ、昔、一人暮らしを始めたころを思い出す。あの時と同じような、自分の手で暮らしを回している実感がわき、どこか、心地よかった。
すると、今まで気にしてこなかったことが、気になってくる。
◇
脱いだ作業着を、魔法石の洗濯機に放りこむ。畑仕事でついた土や泥、ずいぶん汚れていた。
市場で買った洗剤を、少しだけ。蓋を閉めて、ボタンを押す。
ごとごと、と、洗濯機が回りはじめた。
――便利なものだ。電気もないのに、ちゃんと動く。ほんと、元いた世界と変わらない。
しばらくして、洗い上がった服を、取り出してみる。
――やっぱり。
汚れが、あまり落ちていない。
「……こんなものか?」
もう一度、洗剤を足して、回してみる。けれど、結果は、たいして変わらなかった。
洗剤そのものが、弱いのだ。泡立ちも、少ない。元いた世界の洗剤と比べるのも酷かもしれないが、もう少し落ちてもいいと思う。
結局、手洗いで汚れた服を洗った。
だが、手洗いなんてなれていないものだから、力加減がわからず、服の破れていた部分がさらに大きくなる。
それでも少しは汚れが落ちる程度だった。しかたなく、物干しに広げた。
お日さまに当てれば、においはよくなり、着心地もよくなる。
――これでは、せっかくの買った服も、すぐに台無しだ。
後日、市場でいろいろな種類の洗剤を買って、試してみたが、あまり変わらない。
◇
夜になると、僕は、風呂を沸かした。
湯船に、つかる。
畑仕事のあとの風呂は、何ものにも代えがたい。じんわりと、疲れがほどけていく。
とはいえ、この湯加減に慣れるまでは、ひと苦労だった。
――日本人なんだから、熱いお湯のほうがいい。
と、温度を上げてみたが、気づけば煮立ってしまった。
あわてて、温度を下げ、水をたして、温度を調整する。
――魔法石。恐るべし。
今では、ちょうどよい温度に調整できるようになった。
また、市場で買った石鹸で体を洗おうと、
――……これも、だ。
いくらこすっても、泡が、ほとんど立たない。それに、どこか灰くさい、香ばしいような匂いがする。――灰と油で、作っているのだろう。さわやかさとは、ほど遠い。肌も、さっぱりしない。
「うーん……洗った気がしない」
そんな石鹸で体を洗い、湯船につかり、考えこんだ。
洗剤も、石鹸も、どうにも、質が良くない。この世界では、こういうものなんだろうか。
魔法石のおかげで、水も、湯も、明かりも、元いた世界と変わらないくらい便利なのに。こういう、毎日使うものが、もう一つなのだ。
ふと、実家の祖母のことを、思い出した。
両親は、スーパーで買った石鹸や洗剤、シャンプーを使っていたが、祖父母は、昔ながらの自分たちで作ったものを使っていた。
実家の裏庭で、祖母は大きな鍋を使ってぐつぐつ煮て作っていた。材料はいつも祖父が用意していた。
「どうも、スーパーで売っているのは、匂いがきつくて合わない。やっぱり、昔から作っているものがいいよ」
と、いつも祖母はこぼしていた。
祖父は何も言わず、黙って祖母の手伝いをしている。このことに関しては、祖父はなぜかいつも、黙り込む。
「ばあちゃんが、作ってたよな」
子供のころは、ただ、眺めていただけだ。ぜんぶ覚えているわけじゃない。けれど、なんとなく、材料や作り方は、頭に残っている。
――一度、市場で材料を探してみようか。
◇
湯から上がって、明かりの下で、髪と体を拭いた。
干していたシャツをきて、ベッドに潜り込む。
布団は、ときどき、外に干しているので、ふわりと気持ちがいいが、シーツがそろそろ匂い始めている。一人暮らしで忙しかったころほど、ひどくはないが、
――そろそろ、洗わないといけないな。まずは、石鹸からだな。
と明日、市場に行くことを決めた。
寝る前には納屋で見つけたヴィリーさんの日誌をいつも読んでいる。
細かい記録には、読んでいて驚かされる。
ヴィリーさんの日誌は、元いた世界のブドウのことしか知らない僕に、この世界のブドウの状況、知識を補ってくれる。
それなのに、魔法石の明かりが揺れる寝室で、読んでいる途中でいつの間にか眠ってしまう。
――いつになったら、最後まで読めるのやら。




