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第6話「白米と粗悪品」

「一緒に食べません、か……」


一人のご飯は慣れているけど、こんなにも美味しそうな食事を一人でなんて、寂しかった。だからつい声を掛けてしまったが、迷惑だったかもしれないと思い直し、私は下を向く。


「それでは、わたくしたちのお膳もお運びしましょう」


美坂は明るい声でそう返事を返すと、「実乃吏様にもお声を掛けてきます」と、部屋を出て行き、しばらくすると、二名分のお膳を部屋に運んでくれた。

向き合うように置かれたお膳に、美坂と碧海が座り、私に笑ってくれる。


「ご一緒させていただきます、柚月葉殿」

「3人でご飯など、なんだか嬉しいですね」


素直に嬉しいと言ってくれた二人に、私の心は少しだけ温かくなった。誰かと一緒にご飯を食べたのは、もう何年も前のことで、記憶が霞んでいた。

湯気の立つご飯が椀に盛られ、私はすぐに手に取ってしまった。


「温かい」


椀を持つ手から伝わる温もりと、炊き立てのご飯の香り。お母さんが食べさせてくれたあのご飯と同じだった。

「いただきます」と声をあげ、ふっくらとした米粒を箸で掴めば、もっちりとした微かな糸が見え、湯気が空気に馴染む。

口に含めば、程よい弾力と甘みが口いっぱいに広がって、


「……っ、……ぁ、ぁ」


思わず涙が溢れてきた。


「柚月葉様ッ」


突然泣き出してしまった私に、驚いた美坂が席を立つ。


「ご、ごめんなさい……、ご飯がすごく美味しくて……私……」

「白米は普通のお米ですよ」


特別なお米など使っていないと美坂が口にするけど、温かいご飯はこんなにも美味しかったんだと、幼い頃を思い出す。




『柚月葉、炊き立てのご飯は甘いんだぞ』

『甘いの?』

『よく噛んで食べてごらん』

『お父様、とっても甘いです』

『母さんの炊くご飯は一番甘いのだから、残さず食べること』

『はい』




大好きだった白いご飯。お父さんとお母さんと、お店のみんなで食べたご飯は、何よりも美味しかったのに、どうして忘れてしまったのだろうと、胸が苦しくなる。




『ろくに働きもせずに、まっとうなご飯が食べられると思うなよ』

『残り物でもありがたいと思いなさい』

『店の者に、残り物を運んでもらうように言っておく』

『食べたら、台所の片づけしておきなさいよ』

一時は部屋の隅でみんなと一緒にご飯を食べていたけど、薄気味悪いと、食事がまずくなると言われ、いつしか残り物を部屋の前に運んでもらうようになり、冷たくなった食事を暗い部屋で一人ぼっちで食べるのが当たり前になった。




だから、こんなにも温かいご飯を出してもらえるのが、すごくすごく嬉しくて、懐かしくて、涙が止まらない。


「……柚月葉殿」


白米を一口食べただけで泣き出してしまった私に、碧海も声を掛ける。


「本当にごめんなさい。……温かいご飯を食べたのが久しぶり過ぎて」

「柚月葉様?」

「私、いつも残り物しか食べてなかったから、……ごめんなさい」


心配かけたくないのに涙が止まらなくて、ひたすら謝るけど、美坂と碧海は互いに顔を見合わせて目を見開いていた。


「残り物とは、いったい?」


ぼそりと碧海は口にしながら、顎に手を添える。どういうことなんだと、疑心が確信に変わる。柚月葉殿は榎室の実の娘ではないのかもしれないと。






――*――*――*――

実乃吏からの手紙が届いたのは、家を留守にしてから二日後。


「偽者に加え、粗悪品を送りつけられた、ということか……」


結婚話を神白家に持ち込んだのは根室家だというのに、この仕打ちはどういうことだと、京弥は手紙を握りつぶす。

自分にはそれほど価値がないと見下されたのかと、腹立たしくもなる。

手紙の内容が事実ならば、榎室 儀朗よしろうにまんまと騙された形になるが、そんなことをして何になる? と、疑問も浮かぶ。

神白家を敵に回すことは、次期国務大臣の座を狙っている榎室にとって、何の得もない。むしろ繋がりが欲しいがために、娘を嫁に出したのではないのか? と、眉間に皺が寄る。


「何を企んでいる」


この事実を実家に話せば、おそらく神白家は榎室との縁を切るかもしれない。そうなれば、帝上の御薬袋みない様の耳にも入るだろう。

現在この国を背負っている御薬袋様の耳に入ることは、榎室とて望んでいることではないはず。むしろ結婚話を出し、神白家と繋がりができたと報告すべきが正しい。



【柚月葉殿は、おそらく榎室殿の実の娘ではないかもしれません】



実乃吏の報告が正しいとすれば、


「妾の娘でも送りつけてきたか」


それしか考えられないと、随分馬鹿にされたものだと、京弥は手紙を引き裂いてゴミ箱に捨てる。

だが、実家との約束通り結婚はした。軍を辞める理由はなくなり、妾の女ならば、尚更置物として扱えばいいだけだと、割り切ってはみたものの、事の真相は知っておきたいと、京弥は部屋を後にした。






「おや、めずらしいお客さんだ」


町はずれもはずれ、鬱蒼とした山の中にはその景色に不釣り合いな屋敷があった。

手入れの行き届いた玄関や、明るい光の灯る屋敷。山中でそれは怪しくも、美しく存在していた。


「久しいな、あおい


まるで尋ねてくることが分かっていたように、屋敷の入り口で待っていた女性に案内されて、京弥は主のいる庭先に連れてこられた。


「それでは、私はこれで」

「ありがとう」


案内を終えた女性は、主にそっと会釈をすると音もなく姿を消し、花弁のように小さな紙が舞った。



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