第7話「陰陽者への依頼」
「式神か」
「一人では何かと不便だからね」
「だったら嫁を迎えてみたらどうだ」
一人身だから不便なのだろうと言いながら、京弥は縁側に腰かける。
男の名は『祁答院 蒼』。今はもう存在しないだろう陰陽者と呼ばれていた者の末裔かもしれないとされる。
この時代では幻の人種であり、昔、穢れや悪霊などと対峙し、術を駆使してそれを祓う役目を担っていたとされる者たちで、今はもう存在しないとされており、お伽噺の空想だった。
なので、誰も実在しているとは思っておらず、皆に忘れ去られた存在。実際、蒼は現在祓師として、時々町で仕事をするだけの生活を送っている。
一度は歴史から姿を消したはずの悪霊が、いつしか怨霊と名を変え世に現れ始め、人々の中に稀に怨霊に対抗できる能力を持って生まれてくる者が増えてきた。その者たちを集め、怨霊を排除することを目的としたのは、京弥の討伐特殊部隊であった。
「誰かと関わるのは苦手だと、言っただろう」
共に暮らすなど、自由ではなくなってしまうと蒼は苦笑する。それを聞き、「同感だ」と京弥も賛同する。
人は裏切る。信用のおける人間など、数えるほどしかいないのだと、京弥は口元を覆っていた薄墨色の布を取った。
「相変わらず、綺麗な顔をしている」
素顔を晒せば、蒼に茶化される。
「余計なことを言う口だ」
「別に隠さなくともよいだろう」
蒼にそう言われても、この顔のせいで女性たちだけでなく、男性からも言い寄られたことがあり、切ってしまいたくなると、これは自我を抑えるためだと言う。
どういう訳か、神白家の者は顔がいい。とくに京弥は綺麗な顔を持って生まれてしまい、好意の視線が絶えず、面倒くさいと口元を布で覆うようになった。
切れ長の目だけ晒せば、今度は逆に怯えられた。だが、それがいいと、外出するさいなどは布をつけるようになった。
「報告が遅れたが、結婚した」
唐突だった。あまりにも突然の告白に、蒼は声も出せず固まり、京弥から視線を反らせなくなる。
やや人間不信で、他人には冷酷な態度を平気でとるあの京弥が? と、ただひたすらに驚く。
「これは参ったな。京弥が恋をしていたとは見抜けなかったよ」
親友として、陰陽者としても、それは見事なまでに騙されたと笑う。しかし、京弥の顔は浮かない。
「政略結婚だ。俺は妻という置物を手に入れた、それだけだ」
そこに恋も愛も存在しないと言い捨てた京弥に、蒼は頬を掻く。
「随分と冷たい言い方だ」
「それが俺だ」
怨霊相手に戦う部隊の隊長だからか、京弥はあまり感情を見せない。だからこそ、冷たく、残忍に感じ取れてしまうのだろうが、隊員想いの優しいところや、こうしてわざわざ山中の屋敷まで足を運び、様子を伺いに来てくれるあたりが、蒼が京弥を好きな部分だった。
「やれやれ、これでは奥方は逃げ出すだろうな」
神白家が婚姻を結んだ相手だ、おそらく名のある方の娘だろうと察しがつき、娘が泣けばそれなりに問題が起きるのではないかと心配したが、京弥は怒りにも似た感情を露にした。
「俺はまんまと嵌められた」
「嵌められたとは?」
「相手は実の娘ではなく、どこの誰かも分からない女を差し出してきた」
話が違うと京弥が怒りを見せれば、蒼は顎に手を添え、深く考え込む。この国で神白家を敵に回そうなどと企むものがいるのか、いや、あり得ないと顔を顰める。
「それはまた難儀な課題だ」
どこの誰が神白家を敵に回そうなどと思ったのかと、蒼が空を見上げて言葉にすれば、「榎室儀朗だ」と、吐き捨てるように男の名を言われた。
次期国務大臣とも囁かれるその名を聞き、蒼は少しだけ目を見開き、益々おかしいと眉を寄せる。榎室家には娘が一人いるが、まさかその娘を京弥に嫁がせないなどということは考えられないことだった。
「興味などないが、裏があるかもしれない」
「榎室儀朗を探ってほしい、そういう話か」
「報酬は弾む」
「では、金箔入りの栗羊羹でも頼もうか」
それは今巷で入手困難な商品で、蒼も何度か店に足を運んだが買えなかった代物。
「交渉成立だ」
「大丈夫かい?」
お偉いさんでもなかなか入手できないと話題の羊羹で、蒼はあっさりと承諾してくれた京弥を心配する。が、京弥は珍しく微笑むと「神白家の顔の広さを見くびるな」と言ってのけた。
報告は明後日。
蒼はすぐに調べはつくと笑みをみせ、京弥に早々に報告をあげると約束し、二人は少しの酒を飲み交わした。
翌日、京弥から家に戻るとの連絡が入り、慌てて身支度を整え、美坂に言われた通りに玄関で膝をつく。
突然戻ってくるなんて、やはり「りお」ではないことに腹を立てて、追い出されてしまうのだろうと、俯いたまま唇を噛み締める。
行く当てなどない。いっそこのまま冷たい川に身を投げてしまえば、楽になれるかもしれないと、心が凍りついていく感覚が募る。
【必ず迎えに行く】
誰かと約束したその言葉を守れそうもなく、私はただ申し訳ないとだけ思った。
ブブブ……
車の音が響き、体が硬直する。あの冷たい眼差しをもう一度向けられる。それが怖かった。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
玄関の外で碧海と美坂の声が聞こえ、扉が開く音がした。
「お帰りなさいませ」
指をつき、深く深く頭を下げる。怖くて顔なんか上げられない。見えるのは京弥の足元だけ。早く出て行けと言ってほしい、……言ってほしくない。どうにもならない感情だけが渦巻くが、京弥は柚月葉の前に立ったまま、屋敷に入ってこない。
「立て」
突然そう声を掛けられ、柚月葉は驚いて顔をあげる。そこには薄墨色の布で口元を覆った、鋭い視線だけが向けられていた。
「言葉が分からないのか」
怒気を含んだ言葉に、柚月葉は「すみません」と謝りながら急いで立ち上がる。そうすれば、履物を履けと指示され、柚月葉は言葉の通りに履物を履く。
「あ、あのッ」
履物を履いた次の瞬間、京弥は柚月葉の手を引き、玄関の外に引っ張り出した。外に放り投げられるように強引に外に出され、転びそうになりながら外に出た。
「京弥坊ちゃん!」
まるで出て行けと言わんばかりの態度に、美坂が駆け寄ろうとしたが、京弥は動くなと美坂と碧海にその場に留まるように指示を出す。




