第51話「顕仁の正体」
尾に続き、りっぱな耳まで生えた顕仁の姿は完全に狐だった。美しい狐姿の顕仁は、開きかけの門に触れると、両手で門を押し始める。妖力を注ぎながら必死に扉を開こうとしていた。
「させるかッ」
門から溢れる恨みや辛みは怨霊と同じであり、京弥はこの国に入れるわけにはいかないと、顕仁に切りかかれば、尾が容赦なく京弥を打つ。
【恨めしや、……恨めしい……】
地の底から響くようなうめき声とともに、黒い塊が門から無数の手のように溢れ出す。
「顕仁様っ、約束が違います」
両親に会えると言ったのに、門から溢れるのは真っ黒な塊のみ。柚月葉は怖くなってそう叫べば、顕仁は「この中にユヅハの両親はいる」と、嘘などついていないと、クククッと喉を鳴らす。
誰も人の姿をしているとは言っていないと、口にした。
「崇徳様、どうぞここへお戻りください」
「まさか崇徳天皇のことか?!」
「あの方の念は、今もなお消えてはおらぬ」
誰もが祓うことができなかったという怨霊。その凄まじき怨念は今もなお息づいているとさえされているほど強力。
無念を晴らすためにここへ呼び戻すと、顕仁は【写本】はここにあると、必死に扉を開こうとするが、京弥は強大な悪霊を呼ぶわけにはいかないと、顕仁の尾を渾身の力で1本切り落とした。
「貴様ぁぁ~」
扉を開くことに妖力を注いでおり、京弥の攻撃をかわせず顕仁は物凄い形相で振り返る。
扉が全て解放されれば、あらゆる怨霊がこちらの世界に渡ってこれる。しかも渡守がいるこの時でなければ冥界との道は繋がらない。門が開いたのは柚月葉のおかげなのだが、能力が弱まっているせいか、柚月葉だけの力ではどうしても全門に至らずに、顕仁はキリキリと歯を噛む。
「人間の分際で小賢しい」
「くっ……、お前の好きにさせる、わけにはいかない」
怒りに包まれた顕仁は、長い尾を京弥の首に巻き付けるとそのまま締め上げる。
「やめてください、顕仁様」
京弥が死んでしまうと叫ぶ柚月葉だったが、顕仁はすでに人の形を保っておらず、柚月葉の言葉にも耳を貸すことはなく、京弥の体が地面から徐々に離れる。
「……ぐ、ぅっ……」
宙に浮く京弥の首が締まる。
「京弥様ッ!!」
死んでしまうと、柚月葉が涙すれば、
「受け取れ」
と、顕仁に何かが投げ飛ばされた。
鈍い音とともに何かがぶつけられ、反動で尾が緩み京弥が地面に落とされる。
「ゴホっ……、ッ……、助かりました」
呼吸を整えながら助けてくれた暁山に礼を述べる京弥は、ゆっくりと立ち上がる。それを見た暁山は無事で何よりと軽く手を挙げる。
「奏! 響!」
顕仁に投げつけられたのは、ボロボロになって意識を失っていた奏と響だった。当然暁山も蒼もボロボロではあったが、重症を負っているようには見えず、京弥はひとまず安堵する。
「京弥、蒼殿行けるな。……化け狐、覚悟しろよ」
「おのれ、人間の分際でワタシに勝てると思うな」
怒り心頭の顕仁は今出せるだけの全妖力を放ち、京弥に切られた尾も復活させると、全身に文様を浮かび上がらせた。凄まじい妖力が溢れ出し、暁山でさえ唾を飲み込む。
「チッ、本当に化け物じゃねえか」
「暁山さん、京弥、九尾を封印する」
これを退治するのは難しいと、蒼は二人に近づくと耳打ちに策を話す。
「できるのか?」
「柚月葉ちゃんの協力が必要だけどね」
「蒼を信じる」
蒼を信頼していると、京弥が顕仁に切りかかれば、暁山も続いて攻撃を繰り出す。当然反撃する顕仁は標的とした二人に襲い掛かる。
その間に蒼は急いで柚月葉の元へと向かい、顕仁にかけられた術を解く。
「私……」
門に術によって縛られていた柚月葉は、門から離れることができたが、自分のせいでとんでもないことになってしまったと俯く。
だが、今は柚月葉の気持ちを聞いている場合ではなく、蒼はすぐに「悪いんだけど、一緒に門を開いて柚月葉ちゃん」とお願いをした。
怨霊が溢れ出てくる門を開けるとはどういうことなのかと、柚月葉は驚いたように蒼を見るが、その表情は茶化しなどなく、真剣そのものだった。
理由は分からないけど、柚月葉は蒼に言われるまま門に手を添える。首に浮かび上がった紋様が熱い。
右の扉を柚月葉が、左の扉を蒼が押す。
「顕仁っ、門は閉じさせてもらう」
扉を開いているのに、蒼が口にしたのは閉じるだった。
柚月葉と蒼が門に手をつく姿が見え、顕仁は慌ててこちらに戻ってくる。
「ようやく開いた門を閉じさせてなるものかッ!」
焦った顕仁は、二人を門から離そうと向かってきたが、扉はなぜか左右に開いた。
なぜ開く? と、驚いた顕仁が動きを止めれば、
「地流破ッ!!」
「風神!」
暁山と京弥が同時に刀を振り下ろし、全ての力を込めて技を放つ。
爆風が巻き起こり、気を失っていた奏と響が扉の向こうに吸い込まれるように消え、顕仁の体も扉の中に押し込まれるように吸い込まれる。
「玉響願いし月白 、闇に消えよ」
冥界に戻れと、蒼が術を唱えれば眩い光が顕仁の視界を奪う。眩しくて何も見えなくなった顕仁は、扉の向こう側に引きずり込まれ、扉が閉まり始める。
「このままで済むと思うなっ」
「きゃぁぁ」
咄嗟に手を伸ばした顕仁は、冥界との橋渡しができる柚月葉さえいれば、戻ることなど造作もないと、柚月葉の腕を掴んだ。
「柚月葉ちゃん!」
「嬢ちゃんッ」
「柚月葉ぁぁぁ!」
冥界に引きずり込もうとする顕仁とは逆の手を咄嗟に掴んだ京弥は、全力で引き戻す。このままでは京弥も一緒に冥界に引きずり込まれてしまうと、柚月葉は手を放そうとするが、京弥は絶対に離さないと強く強く握り締める。
「京弥様、手を離してください。このままでは……」
「何があっても離さない。柚月葉は俺の妻だ」
てっきり白紙になったものと思っていた柚月葉にとって、その言葉は衝撃的だった。だが、このままでは本当に京弥を不幸にしてしまうと、
「私など捨て置いて構いません」
どうせ、川に身を投げたのですからと、今更生きたいなどと思っておりませんと口にすれば、京弥はさらに強く手を引く。
絶対に離してなるものかと掴む京弥の傍で、蒼と暁山が必死に閉じる扉を押し開けていた。
「京弥! 腕を持っていかれるぞっ」
顕仁の妖力が途切れたことで、冥界と通じる道を閉じようと扉が自然と閉じられる。巻き込まれれば、京弥は腕を挟まれ、おそらく失うだろうと暁山は必死に叫んだ。




