第49話「足止め」
「完璧なまでの人型、日中に外を歩けるなど、霊の類ではあり得ない」
蒼はどう考えても怨霊ではないと判断する。つまり、顕仁は何か目的があり、柚月葉に近づいたのは明白であり、おそらく柚月葉を助けた可能性が高いと口にした。
「生きていると?」
女性ものの草履を購入していたことを考えれば、生きていると推測してもおかしくはないと、蒼は顕仁を追えば真相が分かるだろうと京弥に話す。
「蒼、顕仁を見失ったのはどこだ?」
「裏長屋の辺りだよ、って、京弥今から行くのかい?」
顕仁を見失った場所を聞くなり、部屋の出入り口に向かう京弥を見て、蒼が慌てて声を掛ければ、不機嫌に振り向く。
「柚月葉が生きているのならば、迎えに行く。それだけだ」
ようやく幸せにできるはずだった。何もかも上手くいったのに、幸せにしたいと願った相手が消えてしまった……。どれほど悲しみに襲われたか分からない。
京弥はもっと笑えばいいと、自分が柚月葉の笑顔が見たいのだと、拳を握り締める。
二度と会えないものと思っていた柚月葉が、生きているかもしれない、これほど嬉しいことはないだろうと、ドアに手をかければ、
「もちろん、私も同行してもいいんだろう」
と、笑みを浮かべた蒼がいた。
「俺に断る理由があると思うか?」
「ないね」
二人は互いに笑うと、一緒に応接室を出て行った。
薄暗い裏長屋で聞き込みをするも、銀髪の男など見たこともないと返されるだけ。
どうやらこのあたりに住んでいるわけではなさそうだと、京弥と蒼は捜索範囲を広げつつ、聞き込みを続けるが、やはりあれほど目立つはずの銀髪の男など見たことはないと言われるのみ。
その上、今日は黒日と呼ばれる不吉な日だということもあり、外を歩く者も少なく、日が暮れれば外に出る者もいなくなる。そうなれば情報収集も難しくなると、京弥と蒼は足を伸ばしながら声を掛けられるだけ掛けて歩く。
結局、顕仁の手がかりは何も掴めず、辺りはすっかり闇に覆われてしまった。
「京弥、残念だけど今日はここまでにしよう」
この先は鬼門がある。黒日にそこに近づくのは止めておこうと蒼が声をかければ、京弥は静かに北東の方角を見る。
町から少し離れた場所に、鬼が出ると言われる古き門があった。帝上が管理するその門は、紙垂で囲われ人が近づけないようになっており、丁重に祀られている。
ただの言い伝えに過ぎないが、鬼門を封じることで町に鬼が入らないようにと施してあり、人々はそれを信じている。
「何も掴めなかったか」
「銀髪の男の情報は流したから、目撃者が出てくるかもしれない」
「そうだな」
顕仁のことを広めた、これでどこかで見かければ自然と情報が集まってくるかもしれないと、京弥はひとまず戻ることに決めた。
今宵は怨霊の気配はないと蒼から言われ、二人は静まり返った町を歩く。
「今夜は家に泊るといい」
夜も遅いと、蒼を屋敷に誘う京弥だったが、ふと蒼が足を止めた。
「空気が変わった?」
そう呟いた蒼は、咄嗟に後ろを振り返る。
「どうかしたか?」
「風が止んだ」
真剣な表情で話す蒼に、京弥はそっと手を翳す。そうすれば微かに風が通り抜ける。風なら吹いていると再度蒼を見るが、じっと遠くを見つめたまま動かない。
「嫌な風だ」
「蒼?」
「京弥、悪いけど少し付き合ってくれるかい?」
闇を見つめたまま蒼はおもむろに袈裟を脱ぎ、白い衣装を露にする。この方が動きやすいと、蒼は京弥にも刀をすぐに抜けるようにと指示をだす。
「何かいるのか?」
姿も気配も感じられないが、怨霊でもいるのかと京弥が眉を寄せれば、蒼は額に汗を浮かべ「分からない」と、得体のしれない何かがいると話した。
それを聞き、京弥にも緊張が走る。
「距離がある」
蒼は先ほど引き返した場所よりも奥に、何かあると息を飲む。つまり、鬼門がある方角から物々しい風が流れてくると、思わず口元を覆ってしまう。
「蒼っ」
自分には何も分からないが、蒼が苦しそうに顔を歪め、京弥は焦って名を呼ぶが、蒼は大丈夫だと返事を返してくれた。
それから蒼は「急ごう」と声を掛け、突然走り出す。
「場所はどこだ?!」
「鬼門だよ」
そこから黒い風が流れてくると蒼に言われ、京弥も走り出す。
だが、鬼門にたどり着く前に青い髪と赤い髪の子供が立っていた。
「やっぱり来たね」
「主の言う通りだな」
腰に手を宛てた赤い子供、奏と、腕組をした青い子供、響は、京弥と蒼の前に立ちふさがるように並んでいた。
「子供だと?」
こんな時間になぜ子供がと、京弥が目を細めれば、蒼が一歩前に出る。
「君たちは顕仁の連れだったね」
「主様の邪魔はさせないよ」
奏が短刀を構えて蒼を睨む。京弥は顕仁の連れと聞き、やはり顕仁は町にいると確信を持つと同時に、この子供から居場所を聞き出せると、刀に手を伸ばす。
顕仁の連れということは、おそらくただの子供ではないと分かったからだ。
京弥が刀に手を添えれば、蒼がそれを制するように前に立つ。
「京弥、ここは私が引き受ける。鬼門に行ってくれ」
おそらくそこに顕仁がいると蒼が言うが、相手は二人、蒼を残していくわけにはいかないと、戦闘態勢をとるが、蒼は「危機が迫っている」と、京弥を急かす。
「蒼を置いていくわけにはいかないっ」
蒼の戦闘能力は分からない、京弥は一人残すわけにはいかないと声を張るが、
「手遅れになるよ」
と、強く言われ、京弥は抜こうとした刀から手を放し、グッと歯を食いしばる。顕仁が何を企んでいるのかは分からない、けれど、鬼門から流れる風がすでに危ないと蒼が言えば、京弥は「必ず戻ってくる」と言い残して走り出すが、響が宙を舞うように京弥の行く手を阻む。
奏と違い、長い刀を手にした響は、京弥に刃先を向ける。
「主には会わせない」
鋭く細められた瞳が、ここから先は一歩も通さないと強く光る。
倒さなければ駄目かと、京弥も同じく目を細めれば、
「緋の舞」
の言葉と共に、炎の矢が飛んできた。
「小賢しい真似を」
飛んできた炎を真っ二つに切り捨てた響は、術を飛ばした蒼に視線を反らす。
「二人の相手は私だ」
「調子に乗らない方がいいよ、お兄さん」
「――ッ」
響と視線が合った瞬間、奏が動き、蒼の腕を短刀が掠めた。寸でのところで避けた蒼だったが、僅かに血が滲む。




