第47話「望み」
それは子供用の小さな櫛。拾い上げた京弥はその櫛に見覚えがあるような気がした。
蒼の屋敷に居る柚月葉に会いに行ったときに、着物と共に置いてあった櫛に似ているような気がしたのだ。
「櫛など、いくらでもあるだろう」
これが柚月葉の持っていた櫛だとは限らないと、ただのゴミだと決めつけはしたが、嫌な予感は拭いきれず、京弥はそっと櫛を懐に仕舞う。
美坂に見せればこれが偽物であると分かるはずだと、京弥は求めたくない気持ちを胸に抱きながら、自分の屋敷へと足を進めた。
美坂が「違います」と答えてくれると信じつつ、京弥は少し急ぎ足で屋敷へ戻った。
だが、京弥の気持ちとは裏腹に美坂は残酷な答えをくれた。
『柚月葉様の櫛でございます』
と。
それを聞き、京弥は心が凍るような思いをしながら、美坂と碧海に全てを話した。
柚月葉はやはり橋から身を投げたのだと。
事実を知った美坂は嗚咽を漏らしながら泣き崩れ、碧海は口元を抑えて必死に声を抑える。
そんな二人に、京弥は柚月葉からの贈り物を手渡す。それぞれの刺繍が入った風呂敷は、温かすぎて、美坂は床に座り込んで泣き出し、碧海もまた風呂敷を握り締めて、壁に額を押し当てるように声を殺す。
障害が取り払われ、これから幸せに、その思いは無情にも叶えてあげることができなかったのだと、誰もが望まぬ結末を迎えてしまったのだと、悲しみに暮れる。
息が詰まり、呼吸ができないほどの悲しみが押し寄せ、京弥はそっと自室に戻った。
襖を閉め、そのまま背を預ければ、顔をあげることなどできずに奥歯が軋むほど噛んだ。
柚月葉の残した感謝の気持ちが込められた風呂敷だけが救いだと、京弥は自分の名前の刺繍を眺めて、グッと瞳を固く閉じる。
畳の上にいくつもの雫が落ちていることなど気づかずに、京弥は漏れる声を必死に飲み込みながら、行き場を失った想いを吐きだすことなく、ただ息を詰まらせた。
――*――*――
真っ白な衣装は人々の目を惹くと、蒼はそれを隠すように大きめの袈裟を纏い、町に出向いた。
目的は線香と樒。
ただの幽霊であれば経を唱え成仏させるだけ、だが怨霊であった場合、傷つけることになるだろうと、蒼は柚月葉が怨霊に化けていないことを願う。
町はいつもと変わらぬ賑わいを見せていたが、蒼にはその音が遠くに聞こえた。まるで自分の周りだけ音が消えてしまったように。
師が亡くなったときと同じだと、蒼は静かに歩く。そんな人ごみの中、蒼は思わず目を見開き、急いで振り返る。
「あれは……?」
頭巾を被ってはいるが、靡く銀髪に見覚えがあったからだ。
柚月葉を迎えに来たと言った男、顕仁で間違いないと。
「怨霊がなぜ、こんな昼間に?」
あの男は人ならざる者だった、しかし、真昼間に町中を歩けるなど、やはり怨霊とは違うのか? と、蒼は目を細める。
怨霊たちが活動できるのは夜。よって顕仁はやはりただ者ではないと、蒼の足は自然と顕仁を追う。
気配を探られないように距離をとりついていけば、顕仁は履物店に入っていった。
「この店に何かあるのか?」
中の様子を伺えないかと、蒼はそっと店の傍に身を隠し、聞き耳を立てる。
「いらっしゃいませ」
店の者の声がし、顕仁は頭巾を取ると軽く会釈をする。
「履物が欲しいのだが」
「見ない顔だね」
「旅の途中で、草履が壊れてしまったのだよ」
顕仁は旅人を名乗り、困っていると話せば店の者が「そりゃ、大変だ」と、店内の草履を案内する。
「どれでも好きなのをどうぞ」
並べられた草履から選んでくれと言えば、顕仁は少し困ったように苦笑いをする。
「すまぬが、女性ものを頼みたい」
自分が履くのではなく、連れの草履が壊れてしまい、歩くことができなくなっていると話した。
それを聞き、店の男は急いで女性用の草履を案内する。
「お連れさんも困ってるだろうに、すぐに買っててやんな」
店にある草履はこれしかないが、頑丈に出来ていると自慢する。
「感謝する」
顕仁は丁寧に言葉を返し、一足の草履を手にした。それは鮮やかな花模様の鼻緒がついた白い草履。
「旦那、お目が高いね」
「綺麗だ」
「鼻緒だけじゃなくて、草履にも装飾がしてある、花嫁向けさ」
花の飾りや模様が刻まれた草履は、確かに花嫁に似合うだろうと思い、顕仁はそれをくれと言う。
そうすれば、店の男は驚いたように目を開く。
「いいんですかい? かなり高額になりますよ」
旅人が履くような草履ではなく、お嬢様や華族の方々向けだと再度説明したが、顕仁は構わないとその草履を購入した。
「今包んでくるんで、少々お待ちを」
「ああ」
店の男は高価な草履を箱に入れてくると奥へ入っていった。
そのやり取りを聞いていた蒼は、顎に手を添えて考え込む。
「女性ものの草履……」
顕仁はなぜそんなものをと、そこまで考えた蒼は、ハッと顔をあげた。
(まさか、柚月葉ちゃんが生きているのか?!)
橋の下に置かれた草履が柚月葉のものならば、顕仁は履物がない柚月葉のために買いに来た? 可能性はあると、蒼は眉間に皺を寄せると、顕仁の後を追うことを決める。
ねぐらが分かれば、そこに柚月葉がいるかもしれないと。
ただし、化け物である顕仁だ、柚月葉がすでに人でなくなっている可能性がないわけではないと、この目で確かめるまでは京弥には知らせることは出来ないと、蒼は一人で追うことを決意した。
もしも柚月葉ではない何かになっていたとすれば、自分の手で葬ってあげなければと、蒼はどうか無残な結末を与えないで欲しいと天に祈った。
しばらくして顕仁が店を出て、蒼は距離を置きつつ後を追っていたのだが、角を曲がったあと、その姿を見失ってしまった。術を使えば悟られてしまうだろうと、自分の足で追っていたため逃げられてしまったと、蒼は失敗したと唇を噛む。
これでは柚月葉が無事かどうかが分からなくなってしまったと、どうする? と、足を止める。




