第46話「守れなかったもの」
「俺たちが大切なのは、主だ」
柚月葉なんかよりも顕仁の方が大事だと、響が言えば、顕仁は軽く笑ってみせる。
「それは嬉しいことだ」
「僕も主様が大切です」
「奏も良い子だ」
そう返事を返した顕仁は、ずぶ濡れの柚月葉を抱きかかえ、ようやく手に入ったと細く微笑む。
「ユヅハさえいれば、あの方を呼び戻すことができる」
何年も前に偶然見つけた欠片。それからずっと闇の中より柚月葉を励まし続けてきたのだと、顕仁はこの時をずっと待っていたのだと、僅かに唇を噛む。
何百年も前に陰陽者によって封印されてしまった顕仁は、長き時間をかけてその術を解いてきた。しかし完全に解くことは叶わず、まだ能力は半ばだが、外に出ることは叶った。よって、人間たちに邪魔をされた計画を今、実行することを決めた。
陰陽者たちは姿を消し、渡守も姿を消したと思っていたが、まさか渡守の生き残りがいたとは思わず、顕仁は別の形で計画を遂行することを思いつく。
この世を怨霊たちで埋め尽くす。人間など一人も要らないと、顕仁は鋭利に細めた瞳に憎しみを灯す。
「ワタシを仕留めそこなったこと、後悔するがいい」
あの時、封印という手しか打てなかった陰陽者たちに、顕仁は喉の奥で嗤う。絶望という闇はもうすぐ訪れるのだと、人々の悲鳴が溜まらなく聞きたいと、身震いさせれば、顕仁は響と奏に視線を向ける。
「戻るぞ」
「はい、主様」
「ああ」
二人から返事が返れば、顕仁は月に背を向け9本の尾を靡かせ、夜風に姿を消した。
夜明けにはまだ早い時間だったが、蒼の屋敷に戻ってきた京弥と蒼は互いに顔を見合わせて、首を振る。
柚月葉を見つけることができなかったと。
町中走り回り、町の外にも足を伸ばしたが、痕跡すらなく、夜に外を出歩く者もおらず姿を見かけたものも見つからない。一体どこへ? 京弥と蒼は行方が分からなくなってしまった柚月葉に、嫌な予感しかしない。
置かれた手紙と風呂敷は『別れ』を意味しており、それが示す答えはきっと。
「明るくなったら、もう一度探しに行くよ」
蒼は日が昇れば探しやすくなると、朝日が昇るのを待って再度捜索に行くと声に出した。
それを聞き、京弥も同じく探しに行くと言う。
二人はひとまず屋敷で休憩を取ることにし、夜明けとともに再び別れた。
それから蒼の式神が京弥の元に飛ばされたのは、2時間もしない頃。
息を切らせて屋敷に戻れば、蒼が手に何かを持っていた。
「柚月葉ちゃんを見つけたわけじゃないんだけど……」
本人を見つけて連絡をしたわけでなくて、申し訳ないと付け加えながら、差し出されたのは一足の草履。
「まさか……」
背筋が凍るような寒さを感じながら、京弥はその草履を手にする。
「町はずれの橋の下に隠すように置いあってね」
「柚月葉のもの、なのか」
「たぶん間違いない。屋敷の術の残滓が少しだけ残ってたから」
草履に触れたときに感じた術は、自分の術で間違いないと蒼は目を伏せて答える。つまり、柚月葉はその橋から身を投げた可能性が高いと告げていた。
「そんなはずはっ」
自ら命を絶つなど、つい大声を出してしまった京弥は強く草履を握り締めると、突然走り出す。
「京弥っ!」
咄嗟のことに驚く蒼だったが、その後を追うことは出来なかった。自分の推測は間違っていないだろうと分かるが故、京弥を追ったところで慰めの言葉も出てこない。
今かける言葉など、何一つないと、蒼はグッと拳を握り締める。
屋敷内は安全だった。だから柚月葉に式神の類をつけておかなかった。考えが甘かったと、酷い後悔に見舞われた蒼は、静かに屋敷に戻ると、長らくしまっておいた箱を探す。
「ごめんね柚月葉ちゃん」
守ってあげられなかったと謝罪をしつつ、蒼はそっと蓋を開け、久々に見た衣装を眺める。
箱に収められていた衣装は、真っ白な正装。子供の頃に家を追い出され、拾ってくださった師でもあるお坊様が、大人になった蒼にくれた衣装。
大切な人が亡くなったときに身に着けるようにと、蒼に手渡されたものだった。
遥か昔、陰陽者と呼ばれる者たちが身に纏っていたものに似せてあるのだと、式神を使えた蒼に似合うだろうと作ってくださった衣装。
「これに袖を通すのは、二回目だね」
そっと箱から衣装を取り出し、蒼は苦笑した。初めて袖を通したのは、師が亡くなったときだったと、蒼は大らかで優しかった師を思い出す。
霊が見えたこと、式神を扱うことができたことも、全て受け止めてくれた師。人前ではあまり術を使用しない方がいいと気遣い、霊の祓い方も指導してくれた師を、蒼は今でも慕い、感謝している。
「……、大切な人を守れませんでした」
衣装に師を思い浮かべ、蒼は強く抱きしめ謝罪する。守れたかもしれない命を、自分は見捨ててしまったと、報告する。
「怨霊などには絶対にさせない」
未練があるとすれば、あの橋に柚月葉の霊が姿を見せるかもしれないと、蒼は自分の手で必ず成仏させなければいけないと、正装に身を包む。
空気が引き締まる感覚がし、蒼の表情も凛とする。経の道具を整え、町に樒を探しに行くことにした。
怨霊と化すならば夜だと、蒼は夜までに必要なものを準備し、あの橋に向かうことを決めた。
そして、蒼の屋敷から駆けだした京弥は、草履が発見された橋の袂に来ていた。
「遺体はなし、か」
川に身を投げたというならば、警察が遺体を発見しているのではないかと、急いで向かったのだが、そのようなものはないと警察に言われ、遠方まで流されてしまったか、川底に沈んでいるのではないかと、京弥は橋に来ていた。
橋の上から川を見下ろしたが何も発見できず、京弥は川沿いまで降りると、流れに沿って下っていく。
「どこへ流された?」
早く見つけてあげなければと、こんな冷たい川に浸かっているなど、許したくないのだと、京弥は自分が見つけ出すと必死に川を探りながら歩いていく。
時々目に入るゴミにいちいち反応しつつ、京弥はそのたびに肩を落とす。柚月葉に繋がるようなものなど一つも見つからないと、苦虫を噛みながら進む。
だからなのか、京弥はもしかしたら生きているのではないかと思い始める。
誰かに助けてもらい、実は生きているのではないかと、突然望みが生まれる。遺体が上がっていない、つまり、身を投げる前に誰かに助けられた可能性がないわけではないと、京弥はふと足を止める。
蒼のように柚月葉を住まわせている者がいるのではないかと、希望が生まれ、京弥が引き返そうとしたその時、川の淵に浮かぶ櫛を見つけた。




