第45話「身投げ」
『親切にしていただきましたこと、心より感謝いたします。
私にできるお礼はこのようなものしかありませんが、どうぞ受け取ってください』
最後に……、優しき皆様が幸せでありますように、願っております。
手紙を手に取った京弥は、「自分が幸せにならなくてどうする」と、唇を震わせる。
「これは柚月葉ちゃんが大切にしていた着物なんだ」
「裁断したのか?」
「たぶん、自分が返せる物はこれしかないからって、思ったんじゃないかな」
持ち物はこれしかなかったからと、蒼が言えば、京弥は胸が締め付けられるほど苦しくなった。あんな家にいたから、柚月葉はこんなことになっているのだと、莉緒という女と比べてしまい、どんどん苦しくなる。
綺麗に畳まれた風呂敷を一枚手に取った蒼が、「京弥の分だよ」と手渡す。
「……こんなもの」
「ここに刺繍がしてあるんだ」
そっと見せてくれた布の隅に、【京】の文字があった。驚いて机を見れば、他の風呂敷にも刺繍が施してある。それを見れば誰に宛てた物かすぐに気づく。
そこには柚月葉の感謝の気持ちがたくさん詰まっていた。
「何としても探す」
風呂敷を強く握り締めた京弥は、絶対に見つけ出すと蒼に言えば、「もちろん」と返事が返ってきた。
しかし、すでに日が暮れている。闇夜の中での捜索は怨霊たちに狙われやすい。よって京弥は部下たちに声を掛けるのをやめ、蒼と二人で探すことを決める。
柚月葉がいつ抜け出したのかは分からないが、女性の足ではそれほど遠くには行っていないだろうと、ひとまず手分けして探すことに。
「見つけたら、式神を飛ばすよ」
「俺はどうする?」
蒼は式神を使えるが、京弥は連絡をする手段がないと言った。そうすれば、蒼は屋敷の入り口に灯るぼんぼりを指し、「アレを切ってくれればいいよ」と答えた。
術が施してあるから、明かりが消えればここへ戻ると、蒼はそっと微笑む。
どちらかが柚月葉を見つけたら、互いに合図する方法を決め、二人はそれぞれの方向へと向かう。
一刻も早く見つけなければ、取り返しのつかないことになりそうで、京弥も蒼も駆けだす速さはほぼ同時だった。
その頃、蒼の屋敷を出た柚月葉は、川の上流にかけてある橋の近くまで来ていた。
辺りはすっかり闇に覆われてしまったが、人目につくことがないと、恐怖よりも安堵する気持ちの方が勝っていた。町から離れた場所にある、旅人が利用する少し大きな橋。
隣町や目的地に旅立つ者が利用する橋は、日中は賑わっているが、夜は不気味で、怨霊が出ると噂されるため、利用するものなどほとんどいない。
「真っ暗、ね」
月明かりがなければ、何も見えないのではないかと、柚月葉は橋の傍らに立つ。
水の流れる音がやけに大きく聞こえ、不気味さを増していたが、柚月葉はそっと履物を脱ぐと橋の下に隠した。
「これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないの」
自分が生きていることで、周りに迷惑しかかからないと、柚月葉は両手を包み込むように組むと、迷惑をかけただろう京弥や美坂、碧海、蒼を想う。
それから自分を疎ましく思っていただろう架谷家を思い出す。
「迷惑ばかりかけてしまって、ごめんなさい」
疫病神で、何の役にも立たず、いつも怒られていたことを考え、早くこうしていれば京弥にも迷惑がかからなかったのではと、胸が締め付けられる。
あの料亭で花嫁の取り違いが起きた瞬間に、京弥には多大な迷惑をかけてしまった。すぐに白紙にできれば良かったのだが、京弥は手続きが難しいと言った。つまり、大変な苦労をかけてしまっていると、柚月葉は心を痛める。
しかも、本当の花嫁にもご迷惑をかけてしまったと思えば思うほど、柚月葉は手を強く握った。
「やっぱり疫病神なのね」
蒼にも迷惑をかけ、ずっと支えてくださった顕仁にも、醜い姿を見られてしまった。月のような輝きだった顕仁に会いたいなどと、馬鹿な想いを募らせていたと、柚月葉は自分がどれほど不釣り合いだったか、あの日、思い知ったと目を伏せる。
「私がいなくなれば、みんなが幸せになれる」
架谷家は厄介者がいなくなり、京弥は本当の花嫁と結婚できるし、美坂と碧海も本来の花嫁の世話ができ、蒼も柚月葉の面倒をみなくていい、それに顕仁も気を遣わなくていいだろうと、何もかも上手くいくと、柚月葉は橋を渡り中央へと歩き出す。
橋の真ん中あたり、柚月葉は不意に足を止めて川を覗き込んだ。
真っ黒な水がとめどなく流れ、ザーザーという音を出す。
「お父さん、お母さん、私の選択は間違ってなどいません」
こうすることで皆が幸せになるのならば、そちらに行きたいのですと、柚月葉は一度月を見上げる。
優しかった両親は、きっと分かってくれる。昔のように優しく迎えてくれる。そう信じて橋の欄干に足を置く。
「花嫁様、誠に申し訳ありませんでした。どうぞ、京弥様とお幸せになってください」
最後に誰かも分からない本当の京弥の妻に謝罪し、柚月葉はそのまま橋から身を投げた。
―― ドボンッ ――
低い音が一度響き、川はそのまま柚月葉を冷たい闇に引き込んだ。
水を含む着物が重くなり、流れに流される柚月葉は、冷たさと苦しさを感じながら、無意識にもがいていたが、コポッと口を開いた瞬間、大量の水が流れ込み、意識が遠のくのが分かった。
(このまま……)
途切れそうな意識の中で、柚月葉はようやく役目を果たせると、目を閉じる。
「ユヅハっ!!」
誰かに呼ばれたような気がしたが、柚月葉はそのまま意識を失っていた。
「主様ッ!!」
「主っ!」
迷いなく川に飛び込んだ顕仁に、奏と響が橋から身を乗り出すように覗き込む。そうすれば、柚月葉を抱きかかえた顕仁がゆっくりと川から上がってくる。
無事な姿を確認し、響と奏はひとまず息を吐く。
「なんと愚かなことを」
抱きかかえた柚月葉を見下ろし、顕仁は間に合ってよかったと、肩の力を抜く。少しでも遅れていれば、柚月葉の命はなかったと、顕仁は本当に良かったと柚月葉を抱きしめる。
「主様、大丈夫ですか?」
「奏か、心配には及ばない」
「びっくりするようなことしないでください」
いきなり川に飛び込むなど、息が止まるかと思ったと奏が言えば、顕仁は「ユヅハは大切な鍵だ、死なせるわけにはいかない」と返事が返る。




