第42話「意趣返し」
その音を聞きつけ、亮成は急いで出迎えに出る。
「京弥様、お待ちしておりました」
深く頭を下げた亮成となつめに、碧海が頭を下げ、宇佐崎が軽く会釈をする。
「京弥様の付き人として参りました、碧海実乃吏と申します」
「同じく、部下の宇佐崎です」
碧海は分かるが、なぜ部下の方が一緒なのかと、亮成は一瞬奇妙な顔をしてみせたが、京弥が連れてきたということは、きっと何かあるのだろうと、3人を奥の部屋へと案内する。
襖を開けば、三つ指をついた莉緒が丁寧におじぎをした。
「お待ちしておりました」
目を背けたくなるほどに着飾った莉緒を見た京弥は、眉間に皺が寄るのを抑えられないまま、席に着く。
京弥が座布団に座れば、碧海がその傍に正座して待機し、宇佐崎は部屋の入口に立った。
何かあったときに咄嗟に行動できるように、刀に手が届くように構えて立つ。
パンパンッ
と、亮成が手を鳴らせばお茶が運ばれてくる。
だが、京弥は口元の布を外すことなく、お茶にも手をつけず、莉緒に視線を向けた。
「娘も同席か……」
「ええ、一緒の方がよいかと思いまして」
「そうだな」
冷たく言い放ったはずだが、莉緒は見つめる京弥に頬を赤くする。
(柚月葉を裸足で追い出したのは、こいつか)
そう考えたら、自然と腹の虫が収まらなくなり、京弥はじっと莉緒を睨んだまま、視線を反らせなくなっていた。
それを勘違いする莉緒は、「美しくて、目も離せないのね」と、細く微笑む。
「ところで、大切なお話とは?」
早々に本題を暴こうと亮成が控えめに声を掛ければ、京弥は一枚の紙を差し出す。
【帝上、御薬袋君睦様より授かりし、札の返上を申しつける】
そう記された紙には、神白家の印と、御薬袋様の印が刻まれていた。
「これはどういうことでしょうか……?」
札を返上ということは、商いができなくなる事を指す。亮成は顔色を青く変えて、紙を握り締めながら京弥に尋ねる。
「何か心当たりがあるのではないか?」
「そ、そんな滅相もありません。私どもは真っ当に商売をしております」
やましいことなど一つもなく、一方的に商売を打ち切るなど解せないと震える。
そんな亮成に、京弥の合図で碧海が帳簿を机に置く。
「これに見覚えは?」
自分の字に心当たりがないわけではない、しかもその帳簿が【裏】であることも把握できた。
なぜこれがここにあるのか? なぜ京弥がこれを手にしているのか? 亮成は使用人の中に裏切り者がと、そこまで考えたが、自室に入れるものなどいるはずもなく、この帳簿は妻にも娘にも隠してあったはずと思い直す。
では誰がいつどのようにこれを見つけた? 亮成は犯人の見当が全くつかず、額に汗が流れる。自分しか知らぬ帳簿、だとすれば……。
「私を嵌めようとする、誰かの罠です」
「このようなもの知らぬというのだな」
「当たり前でございます。誰ぞが作成した偽物でございましょう」
亮成は自分の物ではないと言い切った。それを聞き、京弥は薄墨の布の下で微かに笑う。
「宇佐崎っ」
「はい、直ちに」
名を呼ばれた宇佐崎は、潔い返事を返すと部屋を出て行く。それからすぐに戻ってきた宇佐崎は、机の上に残りの裏帳簿を投げた。
篁から箪笥だと、蒼からは引き出しの裏だと聞いていた宇佐崎は、京弥の命により、亮成の部屋より他の裏帳簿を拝借してきたのだ。
「これでも白を切るか」
逃げられると思うなと、京弥は声を強める。亮成の目が視点を失い、呆然と机を見ている。
「執筆鑑定はすでに完了している。これはお前の字で間違いない」
帝上が誰かの罠にかかるはずはないと、京弥はすべて事実だと言い放つ。
「……っ」
「早々に荷物をまとめて出て行くがいい」
金は今手元にあるだけ持って行っていいと、最後の情けをかけた。
「あなたッ、どういうことなんです!」
「お父さんっ」
事情を飲み込めないなつめと莉緒は、いきなりここを出て行けと言われ、亮成の着物を掴む。
だが、放心している亮成は瞳を泳がせたまま動けずにいる。
「あなた、説明して」
悲鳴のような声をあげたなつめが、亮成の体を揺さぶるが反応がない。
「どうして出て行かなければいけないのよ」
同じく莉緒も亮成の着物を必死に掴むが、「すまない」としか返ってこない。
「架谷家は帝上を裏切る行為をした、理由はそれだけだ」
混乱するなつめと莉緒に京弥がそう伝えれば、二人は亮成の着物から手を放して項垂れる。なぜそんなことをと、視界が真っ暗になる。
「命があるだけ有難いと思え。神白隊長の計らいだ」
涙を流し始めたなつめと莉緒に、宇佐崎が裏切り行為をしたにもかかわらず、首を刎ねられないのは京弥が口添えをしたからだと言う。
本来なら即刻首を落とされてもおかしくないと。
それを聞き、二人はさらに泣き崩れる。
そして、京弥は意外なことを口にした。
「今後一切、柚月葉に近づくことを禁ずる」
「柚月葉に、ですか?」
こんな状況で柚月葉の名が出るとは思わず、亮成はつい視線を京弥にあげる。
「柚月葉は、俺の妻。手出しすれば俺が許さない」
取り違いで結婚してしまい、近々離縁すると言っていたはずの京弥の口から、まさか柚月葉を妻にしたなどと聞かされ、亮成、なつめ、莉緒の三名は目が落ちるほど見開く。
当然、莉緒は唇を噛み締めて「なぜあんな疫病神がっ」と、憎悪を募らせるが、亮成はこれは願ってもない機会だと、京弥に向き合う。
「柚月葉を妻になさったのですか」
「そうだ」
「柚月葉は、家の可愛い娘です」
態度を反転させて、亮成がゴマをするように猫なで声を出す。それをみたなつめも「柚月葉は本当に可愛い娘でして」と口裏を合わせる。
柚月葉が京弥と結婚したということは、神白家と縁ができ、繋がりを持つことができたということ。その娘の家族を追い出すなど、出来ないのではないかと、亮成は柚月葉を使ってこのことを何とかしようと企む。
「柚月葉は、少し大人しい娘ですが、家族思いの優しい子です」
「ええ、私たちが大切に育てた娘ですから」
「ちょっと、お父さんもお母さんも何言ってるのよ!」
突然柚月葉のことを褒め始め、気分が悪くなった莉緒が声をあげれば、亮成となつめから睨まれる。




