第41話「新たな縁談」
幸い里桜もそれを望んでおるだろうし、これを承諾すれば架谷家とのことを見過ごしてもらえるのではと、榎室家にとって好都合な条件を提示され、飛びつくように顔を綻ばせる。
「神白家の方々が認められた青年とは、興味深いお話」
榎室は、柊磨という男など知らぬ素振りをみせてそう答えた。
「東都家には、現架谷家が営んでいる米屋を引き継いでもらう予定だそうだ」
「では架谷家は如何なさるつもりかな」
「帝上を欺いた罪に問われるだろう」
「その時、私の処分はいかように?」
架谷家と繋がっている者は自分だけではないとしても、名が出れば処罰の対象となりうると、榎室は若干震える声で問う。
それを聞き、京弥はあと一押しかと内心で笑みを浮かべた。
「東都家と榎室家の婚姻が決まれば、そこへ水を差すようなことはしないと、聞き及んでおります」
あくまでも本家の意向だと口にすれば、榎室はようやく笑みを浮かべた。
「京弥殿との結婚は誠残念ではありますが、将来有望な青年に嫁がせることができるなど、全て神白家のおかげ」
「では、この縁談を了承すると」
「お断りする理由などありません。里桜にもよく言い聞かせますので、ご安心を」
相手の青年を知らないと白を切ったまま、榎室は娘には新しい縁談を薦めると話す。その言葉に京弥は肩の荷が少しだけ下りる。
話が纏まり、すぐにでも娘を連れ帰ると言った儀朗に、京弥は本日は屋敷を離れているため、後日丁重に送り届けると約束し、儀朗には一人で帰路についてもらったが、里桜は隣の部屋で話を聞いており、京弥が結んだ縁談に涙し、言葉では言い表せない感謝を何度も頭を下げることで礼を述べた。
里桜の人生に明るい光が降り注ぐように願いながら、京弥は次に片付けるべき問題に気を引き締める。
「意趣返しとするか、柚月葉の受けた仕打ちは返さなければな」
帝上が動く前に自らが制裁を与えなければ意味がないと、京弥は早々に出向くことを書にしたためた。
――*――*――
夜が明ける前の薄暗い部屋で、柚月葉は明かりも灯さず、針仕事をしていた。
蒼に裁縫道具を借りられたので、時間があるときに少しづつ少しづつ作業を進めていた。
「ごめんなさい」
そう謝罪して断裁したのは、京弥に買ってもらった着物たち。
袖を通すことはなかったけれど、どうしても最後にお礼がしたいと、美しい着物に鋏を入れた。自分の持ち物は小さな櫛だけ、これでは何もお礼ができないと、いただいた着物をと思い立ったのだ。
「本当に綺麗……」
自分には似合わないだろうと思いながらも、その柄の美しさに見惚れてしまう。
店のようにはいかないが、柚月葉は一着の着物から、二枚の布を切り出す。正方形に断裁された布は全部で4枚。
縁を縫い、少し小さいが風呂敷を縫う。
「朱珠音さんは、赤。碧海さんは緑で……」
刺繡糸の赤色と緑色を手に取り、柚月葉は他に白、青、黒を眺める。
「蒼さんは、青かしら?」
と、青色を手にとり、残った色を見つめて少し困ってしまう。白と黒ではなんだか寂しい気がしたが、京弥に合う色が思い浮かばなかった。
屋敷に居る時は薄墨の布を外していることが多かったので、綺麗な方だという印象が強かった。できれば金色や銀色の糸があれば良かったのだが、蒼にそんな我儘は言えないのは分かっていたから、柚月葉は白を手に取った。
「とても優しい方だから……」
黒ではなく、白い方が柔らかく見えるのではと、白に決める。
それぞれの色を決め、みんなの名前の一文字目を風呂敷に刺繍することにした。
朱珠音は【朱】、碧海は【実】、蒼は【蒼】、京弥は【京】、柚月葉は風呂敷の隅を持ち、静かに針を刺していく。
お世話になった最後のお礼だと、柚月葉は丁寧に気持ちを込めて刺繍を施していく。
「心優しき方々が、どうぞ幸せになれますように」
疫病神である私に関わったことで、不幸にならないようにと願いを込めて、柚月葉は一針、一針、想いを込めて縫っていく。
――*――*――
明後日、大事な話があると文を送った京弥は、碧海と宇佐崎を連れて架谷家を訪れる手配をしていた。証人と護衛を兼ねて二人を伴うことにしたが、架谷家ではその文を莉緒との結婚の話だと大いに勘違いしていた。
「お父様、何かおかしなところはありませんか?」
「今日はまた一段と美しいぞ莉緒」
「本当ですか?!」
「ああ、世の男性が放って置かぬほど綺麗だ」
色白の肌に、細い体、宝石のように輝く瞳も、すべてが美しいと父親に称賛され、今日の為に新調した着物もよく映えると、さらに褒める。
時を同じくして、母親が簪を持参した。
「莉緒、どれにするの?」
薄い箱に並べられたいくつもの簪を見せながら、自分で選びなさいと言う。莉緒は覗き込むように身を乗り出し、金の華やかな簪を手にとる。
「どうかしら?」
「とてもよく似合っているわ」
美しい娘に、金色に輝く金の装飾はとても華やかだと父親も母親も褒める。使用人たちもその美しさに目を奪われるほど、本日の莉緒は美しかった。
しかし相手は人をも平気で切り捨てる神白京弥、周りは心配そうに見るだけ。そのようなお方の元へ嫁いで大丈夫なのだろうか? 莉緒ほどの美人ならば、もっと他に良い方がいるのではないかと、ひそひそと話すものまでいた。
だが一方で、莉緒は我が儘で、柚月葉を憂さ晴らしにいつも虐げていたのも知っている。柚月葉は暗く、無口で、何を考えているか分からなかった。だから、いつしか店の主や娘の言うことを信じて、疫病神だと思い込み、誰もが柚月葉を厄介者として扱うようになっていった。そして、柚月葉を家から追い出した後くらいから、莉緒の機嫌はなぜか良くなっていった。
架谷家から疫病神が消えたことで、きっと厄が祓われたのだと、皆が安堵していたさなか、此度の結婚の話が浮上し、何か良くないことがまた起こるのではと、使用人たちの中には不安を抱える者も少なくなかった。
それほどまでに神白家は巨大で、町民ごときが接することなどないお方だから。
使用人たちはいつも通りの仕事をするようにと言われ、皆持ち場についてはいたが、京弥がいつ来るのかと様子を伺うように仕事をしていた。
車の音が響いてきたのは、昼過ぎ。




