第39話「偽名」
暁山は、冷酷で名が通っている京弥と結婚をした相手が気になると迫るが、誰かにお披露目する気はないときっぱり断る。それを聞き、暁山の目つきが変わる。
「よほど可愛いと見た」
「なぜそうなるのですか!」
「屋敷に匿っておきたいなど、それ以外あるのか?」
「否定します」
「祝言もあげないとは、これはいよいよ一度拝見したいものだ」
大将の俺に紹介がないなど許さないとばかりに、暁山は今度屋敷に顔を出すとさえ言い出して、笑いながら部屋を出て行く。
「暁山大将ッ」
勝手に屋敷に来るなど駄目だと言いたかったが、暁山は聞く耳持たずに、めでたいめでたいと豪快に笑いながら去っていってしまった。
「……ったく、あの人は、本当に人の話を聞かない」
出会った頃から豪快な性格に振り回されっぱなしだと、京弥は頭痛が絶えないと席に着いた。
その頃、執務室に戻った暁山は旧友に電話をかけた。
「なあ、渡森って名前聞いたことねえか?」
一度気になってしまった事柄は、どうしても気になると、モヤモヤするのが嫌だったのだ。電話向こうの相手はしばらく唸ってから、何かを思い出したように声を出す。
「渡森じゃなくて、渡守なら聞いた頃があるが……」
「木が三つの森か?」
「いや、守るのほうだ」
電話相手は、森ではなく守と書いて渡守と読むと伝える。
「で、なんだったか覚えてるか?」
他人の空似みたいなものだったかと、興味は薄れたが、気になってしまったものはすっきりさせたいと続きをせがむ。
「冥府と現世を渡し守るものだと聞いたことがあるが、所詮迷信に過ぎない」
「冥府ってことは、死後の世界、つーことか?」
「死後の世界を渡せるって、ばあちゃんに聞いたことあるが、渡守なんて名前は聞いたことない」
つまり、誰かが作った作り話に過ぎないと、鼻で笑われる。
昔からの言い伝えや迷信は無数にある。その中のひとつに過ぎない、所詮御伽話だと言われ、暁山も祖父からいろいろな言い伝えを聞いたなと、懐かしむ。
「それで、渡森って誰なんだ?」
暁山の新しい部下か? と問われ、にんまりと不敵な笑みを浮かべる。
「聞いて驚くなよ」
「お前がもったいぶるなんて、珍しいな」
遠回しな言い方が得意ではない暁山が、そんな風に話を振ってくるから、興味も深くなる。電話越しだが、相手は耳を澄ませて続きを待てば、一瞬空耳かと止まった。
「……悪い、今なんて言った?」
「だからぁ、京弥が妻を迎えたってんだ」
「はあぁぁっ、夢ならもっと現実的な夢を見ろよ」
天地がひっくり返っても色恋なんかに興味ない男だろうと、相手が叫ぶ。機嫌がいいところなんて一度だって見たことがないと、暁山に愚痴れば、「同感だな」と、頷いてみせた。
仕事に忠実というか、遊びや女にも一切興味がない男、それが神白京弥。
だから、
「政略結婚なんだろう」
所詮本家からの命令に背けなかっただけだと、相手は結婚の意図を読むが、暁山は「それがなぁ、京弥の意志で妻を娶ったらしいぞ」と、言う。
「国が滅ぶぞ」
「それで、その相手が渡森というらしいんだ」
「なるほど、それで気になったわけか?」
「名家のお嬢様じゃないみたいでな、お前ならどこの誰か知ってるかと思ってよ」
記憶の片隅にあったのはきっと『渡守』で間違いないが、京弥の嫁は『渡森』だったので、暁山は迷信よりも現実が気になりだす。
直接京弥に聞けばいい話だが、あの様子では口を割らないと諦めた結果、誰かに情報を分けてもらおうと思う。
「気になるなら調べるか?」
今は思い出せそうもないが、調べるなら手を貸すと言われ、暁山は「そこまでしなくていい」と、それを断る。
少し気になっただけで、いずれ妻を見に行くと、その時まで楽しみにしておくと声に出した。
それを聞き、電話相手は一緒に連れてけと催促した。
あの京弥が妻にした女性、一見の価値はあると、皆で拝見しに行きたいと茶化した。
――*――*――
「……厄介なことになった」
本家から返事が来たのは良かったが、次の花嫁を用意すると書かれていたのは想定外だった。自室で手紙を広げた京弥は、榎室家との結婚は当然白紙とするとあり、後日、別の花嫁を紹介するので、本家に顔を出せと記載されており、肩を落とす。
結局、何があっても結婚させる気なのかと、舌打ちまで出る。
しかし、京弥の要望には全て応える形となっており、本家から寛大な処置をいただけたことには感謝していた。
京弥は手紙と共に同封されていた一枚の用紙を取り出し、眉間に皺を寄せた。
「どういうことだ……」
本家に依頼した内容は、架谷家の事件とは関係のない養女を架谷家より抜くこと。神白家が介入することにより、帝上より近いうちに架谷家に何かしらの罪が課せられる。おそらくそのまま商いはもちろん、この町からも追放さることは分かっている。
それに巻き込まれないように、柚月葉を架谷家から除名することにしたのだが、柚月葉の戸籍には渡森と名ではなく、渡守の名が記載されていた。
米屋を営んでいたのは確かに渡森だった。帝上にもその名で登録し、米を卸していたはず。
「偽名だったのか」
柚月葉の両親は、この町でずっと渡森を名乗っていた。名前を偽っていたことが判明し、京弥は罪人もしくは、身分の高い方だったのか、と、名前を見つめる。
しかし、渡守という名は記憶のどこにも存在しない。高貴な方ならば、一度くらい名を耳にしたことがあるはずだと思うが、京弥の記憶に存在しない。つまり、残るは咎人の線が高い。
かといって、渡森家の悪い評判など聞いたこともない。そもそも咎人ならば、帝上に品を卸すことなどできるはずもない。帝上ならば、この事実を知っているはずで、それを承知の上で契約を結んでいた。
「渡森家の名は、もう存在しない」
柚月葉の両親が亡くなったとき、架谷家に養女として引き取られたことにより、渡森という名は消えた。それにより、柚月葉の本当の名前も消滅した。柚月葉が戸籍を探らなければ、おそらく一生知ることのない事実。




