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第38話「誤情報」

「……そうか」

「普通に食事をとっていたら、きっと柚月葉ちゃんも普通に戻るよ」


架谷家であまり食事をさせてもらえなかった反動で、胃袋が小さくなっているのだろうと、蒼は徐々に食事を増やせば大丈夫だと京弥に言ったのだが、「団子は食べさせてほしい」と、引き下がらなかった。




そして、


「あ、あの、無理です」

「京弥が全部柚月葉ちゃんに食べて欲しいって、言ってね」


机に広げられた団子の数は10本。

みたらしにきなこ、あんこの三種とあり、見た目も美味しい団子ではあったが、さすがに一人で10本食べろというのは酷で。


「京弥様のお気持ちだけで……」

「そういわずに、全部食べてもらわないと私も困ってしまうんだよ」

「で、でも……、こんなには……」

「はい、お口開けて。まずはきなこからいくよぉぉ~」


蒼は柚月葉の口に団子を持っていき、無理やり食べさせる作戦にでた。






――*――*――

京弥が裏帳簿と共に文を送ってから数日。

本家からの回答はまだ届かず、どうにも動くことができず、柚月葉に会いに行くことも出来ず、屋敷に居る里桜もまた大人しく屋敷にいた。


「邪魔するぞ」


いつものように書類作成をしていた京弥の元に、ガタイのいい男が飛び込んできた。

その姿を見るなり、部屋に居た全員が席を立ち、綺麗に揃った敬礼をみせる。


「はっ、暁山あきやま大将、お久しぶりです」


軍部を統括する京弥の上司にあたる、暁山あきやま真勇斗まさとがここに来ることは滅多にないため、皆が緊張する。

京弥が率いる軍部は、怨霊退治に特化した特殊部隊、他の軍部は主に鎮圧や警護、遠征に出向くため、大将である暁山は常に出払っていることが多いのだ。

緊急事態かと全員が額に汗を浮かべる中、暁山はズカズカと京弥の元に足を進め、ガシッとその肩を抱く。


「水臭いじゃねえか京弥。俺に一言もなしか?」

「何の話でしょうか?」

「結婚したって聞いたぞ」


ワシワシと髪を掴みながら、暁山はそんなめでたい話を自分にしないなんて、どうゆうことだと責める。しかも京弥に色恋なんてあったのかと、それの方が驚きだと豪快に笑い出す。


「なんでも、どえらい美人を妻にしたんだってな」


腕に京弥の頭を抱えたまま、暁山は相手まで知っている様子だった。だが、美人という言葉には引っかかる。京弥は暁山の腕から何とか抜け出すと「誰からお聞きに?」と問う。


「架谷家の別嬪さんを妻にしたって、ちょいと耳にしてな」

「何か誤解を……」

「あそこの娘は、美人で有名だったからな。お前も隅に置けねえな」


いつのまに手を出したんだとさえ、冷やかされる。

これはたぶん『莉緒』という娘のことを言っているのだろうと、京弥の顔が強張る。あんな女を妻にするなど、あり得ないことだと、京弥は姿勢を正す。


「情報に間違いがあるようです」

「照れるな。お前も美人が好みだったとは、やはり男だな」


再び腕に巻かれて、京弥は反論の機会を失ってしまう。


「京弥ならば、皆も納得するだろう。お前も男前だからな」


ガハハと豪快に笑いながら、美男美女の夫婦に誰も口出しは出来まいと、一人暴走を始める暁山に、京弥は思わず腹に拳を打ち込んでいた。


「うっ、なんだいきなり」

「俺は情報が間違っていると申しました」

「どうした、美人妻を娶ったのだろう」

「俺が妻にしたのは、渡森わたもり家の娘です」


暁山を睨むようにそう声に出せば、不思議な顔を返される。架谷家の名を出すのが嫌で、つい柚月葉の旧姓を出してしまった。


「渡森?」


どこの誰か見当もつかないと、暁山は京弥を見下ろす。


「どこの誰でもありません、俺が見つけた妻です」

「誰でもないとは、どういうことだ?」

「名家ではありません」


暁山が知っているような名家のお嬢様ではないと、ようやく訂正できた。故に祝言をあげることもせず、広く広めてもいないと事情も説明する。

神白家の息子がそんな女性と結婚? 暁山はそんなことが許されるのかと京弥を見るが、京弥は特に不満があるような感じではなく、むしろ満足しているのかと思うほど穏やかだった。

が、しかし、ここで暁山はふと遠い記憶が微かに蘇る。


「渡森……、そういや、どこかで聞いたことのある名だな」


記憶に霞がかかり、うまく思い出せないが、誰かから聞いたことのある名だと、ぼんやりと考える。

そんな暁山に京弥は、「商いをしていた家ですので、耳にしたのではありませんか?」と言い、今はもう店を畳んでしまったとも話す。実際、渡森としての米屋はなくなってしまっているので、きっとそういうことなのだろうと思ったのだが、暁山は眉間に皺を寄せたまま、まだ考え込んでいた。


「いや、なんか違うな」

「違う?」

「ハァァァ、ダメだ! 全然思い出せねえ」


大きく叫んだ暁山は、天井を見上げて頭を掻きむしる。昔、そう暁山がまだ若かったころ、その名を聞いたことがあったような気がしていた。



『迷信だよ』



誰かの声が耳に響き、暁山は突然大人しくなると、今度は頭を抱えて蹲る。


「うわぁぁ、本気で思い出せん!」

「暁山大将、無理に思い出さなくても」


そこまで真剣に考えこまなくとも、渡森という名などどこにでもあると京弥は宥める。そうすれば、ガバッと体を起こして、


「それもそうか」


と、潔く思い出すのを辞めた。思い出せないということは、きっと大したことじゃないと、暁山は清々しい表情を見せる。


「にしても、お前が結婚するとはな」


ニタニタと嫌な笑みを浮かべた暁山が、またまた京弥の肩を抱く。


「俺だって、結婚くらいしますが」

「人切り京弥の異名を持つお前を旦那にするなんざ、これはいよいよ妻の顔が見たくなるな」

「見せませんよ、誰にも」



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