第37話「秘密裏の計画」
「ひとつ問いたい」
「俺にか?」
「他に誰がいる?」
「いないな」
きなこの団子を手にした蒼は、浮かべた笑みを真顔に戻し正面を向く。
「京弥は、柚月葉ちゃんに何を想う?」
裏帳簿を餌に架谷家を陥れることは可能となった、だが、それにより柚月葉が幸せになれるとは考えられない。結局柚月葉にとって、架谷家が落ちぶれても得などなに一つない。
しかも、榎室里桜が見つかり、神白家にいるという。正当花嫁が見つかり、柚月葉は結局京弥の元を出て行くしか道はない。
何のために架谷家を陥れる? 蒼はそう尋ねていた。
「妻など、置物で十分だと考えていたのは間違いない」
「だろうね」
「世迷言かと笑われるかもしれないが、柚月葉の笑顔が見たいと願った」
いつも俯いて、泣いている姿しか見せない柚月葉は、笑うと優しいのだと京弥は言葉にした。もっと笑えばいいと、楽しいことも美味しいものもたくさんあるのだと、自分が教えてあげたくなったと、京弥は恥ずかしげもなく声を出す。
「惹かれるというのは、不思議なものだ」
こんなにも誰かに執着することがあるのかと、自分でも驚いていると話す京弥だが、今の現状からして、京弥は柚月葉との結婚を破棄して、里桜と一緒になる選択肢しかないのではないかと、蒼は京弥に視線を合わせる。
結論からして、柚月葉の未来は変わらない。いや、変えようがない。ならば……
「差し出がましいことを言うけど、柚月葉ちゃんを私が預かっても構わないよ」
「……蒼」
「私の稼ぎでは養うのは無理だと思っていたが、柚月葉ちゃんはなかなかに質素でね、もしかしたらやっていけるかもしれないと思ったんだ」
猫を拾ったと思うよ。なんて茶化す蒼は、ひっそりと生きていくならきっと大丈夫だと、京弥に提案した。事情を深く知り過ぎたせいで、情が湧いてしまったようだと、蒼は苦笑しながらどうだろうか? と尋ねる。
会いたくなったら祁答院家に足を運べば会える、それで手を打たないかと。
それを聞き、京弥は驚きとともになぜか可笑しくなる。
「新婚早々、別居とは面白い」
「笑い事じゃないだろう」
行く当てのない柚月葉を助けたいと、真剣に話していると少々むくれれば、京弥は帳簿と契約書を蒼の膝に乗せた。
「コレの使い道は、柚月葉を手放さないためだ」
ニヤリと笑みをみせた京弥は、帳簿を使ってそんなことを言いだす。裏帳簿を利用して脅しをかけられるのは、記載のある人物だけ。それがどうして柚月葉を手放さないことに繋がるというのか? 蒼は手にした団子を口に運ぶことも忘れて、京弥を凝視する。
すると、おもむろに京弥が帳簿を開いてとある場所を指さした。
そこには榎室儀朗の名があった。
「これは……」
「この事実を本家に告げる」
京弥はこれで里桜との結婚は破棄できると言うが、同時に架谷家の娘である柚月葉との結婚も当然認められなくなるのではないかと、蒼は顔色を変える。
厳格で秩序を乱すものを嫌うと有名な神白家だ、架谷家の娘を京弥の妻にすることなど許さないだろうと、架谷家ごと国を追放されかねないと思わず団子を落としそうになる。
「意を理解しているとは思えぬが」
「何を焦ることがある?」
「私には理解できないと言ったのだよ」
「お前が柚月葉の両親は亡くなったと言ったのだぞ」
「それが何になる?」
柚月葉の両親が亡くなってしまったせいで、架谷家の養女として引き取られたのは事実であり、今は架谷家の娘で間違いない。つまり、裏帳簿を本家につきつければ、架谷家は没落するだろうと、蒼は京弥が何を考えているのかさっぱり分からなくなった。
すると、京弥は耳を貸せと手招きする。
誰かに聞かれるのは危ないと思ったのか、耳を寄せた蒼に京弥はヒソヒソと計画を話した。
「そこまで介入できると」
京弥の思惑を知り、蒼は神白家の恐ろしさを知ることになる。国を治める御薬袋様に一番近いと噂されてはいるが、まさか本当だったとは、さすがの蒼も青ざめる。
「しかし、母上がそれを飲むかどうかは分からない」
「軍に入ることを、良く思っていなかったのだろう」
家出のような形で神白家を出た京弥にとって、少し後ろめたさもあるが、母はきちんと手紙を送ってきてくれた。兄弟が多いという境遇もあり、優秀な兄たちが商いを回しているがゆえに、結婚話以外はほぼ自由に過ごしてきていた。
年頃になった京弥を心配して、よい妻を娶るべきだと手を回したことは分かるが、まさか結婚しなければ軍を辞めさせると脅迫されるとは思わなかったと、京弥は軽く頭を押さえる。
色恋に全く興味がなかったゆえに、早々に手を打たれた結果だった。
頭痛まで伴い始めた京弥に、蒼が茶を差し出す。
「大丈夫かい?」
「ああ、すまない。嫌なことを思い出しただけだ」
「勝算は?」
その賭けは成功する予定はあるのかと問われ、京弥は眉を動かす。
「成功させなければ、意味がない」
何のために篁と蒼に手を貸してもらったのか、分からなくなると、表情を硬くする。柚月葉はもっと幸せになるべきだと、京弥はそれを自分が担うのだと決心する。
その決意を知り、蒼は「健闘を祈る」と、背中を押した。
「ところで蒼」
「なんだい?」
「柚月葉に団子を全て食わせろ」
お土産に包んでもらった団子を指さした京弥は、無茶苦茶な指示を出してきた。どう見ても三人前はあるだろう団子を柚月葉に全て食べさせるなど、どう考えても無理だろうと、蒼は「はは……」と乾いた笑い声が出る。
「それはかなりの難題だね」
「いいから、食わせろ。いいな」
足りなければもっと買っていけとまで言われ、蒼は少しだけ身を引く。
「知ってると思うけど、柚月葉ちゃんは小食」
「美味いものならば、食べると思ったが」
「ん~、持ち帰るのはいいけど、そんなに食べないと思うよ」
指で頬を掻きながら、蒼はこれでも多すぎるくらいだと、お土産用の団子に視線を落とす。三串も食べればいいほうじゃないかな? と、口にしたら、なぜか京弥から睨まれた。
「あれでは折れてしまう」
抱きしめたときに分かった骨の感触が忘れられないと、京弥は少し肉をつけたほうがいいと言う。
それについては蒼も同感ではあったが、いきなり食べろと言われても無理だろうと、京弥に少しづつ量を増やすのはどうかな? と提案した。




