第36話「思業式神」
「は、ぁ……」
一体どういう意味なのか理解できず、宇佐崎は思わず変な息が出てしまう。裏があるから本家に報告するならまだしも、真っ新で何もない東都家の報告など、する意味はあるのだろうかと、宇佐崎は疑問に思いながらも、調査報告書を近日中にまとめて提出することを命じられた。
――*――*――
「さすがに疲れたよ」
人里離れた小さな茶屋で、ぐったりとした蒼が京弥を緩く睨んだ。
柚月葉のいる屋敷では、聞かれると都合が悪いと、京弥は蒼に頼んだ依頼を回収しに来ていた。手紙で依頼を頼んだのは昨日、そして返事が返ってきたのは二日後だった。
「相変わらず早いな」
「柚月葉ちゃんの為っていうからね」
「好きなものを頼んでくれ」
疲弊している蒼に、遠慮せずに何でも頼んで構わないと言えば、お品書きの端から端まで全部注文された。
さすがに量が多いと京弥が冷や汗をかけば、
「半分は柚月葉ちゃんへのお土産」
と、団子などは全て持ち帰ると返された。
蒼が貪欲な姿は珍しく、今回の件はかなり迷惑をかけたと反省する。
「すまなかった……」
「思業式神を使えるとは、思わなかったけどね」
「なんだそれは?」
「思念だけで生み出されるもので、目には見えない私の分身だよ」
蒼は、古代書物に書かれていた術を試してみたのだと話す。古の時代に存在したと言われている陰陽者が使っていたらしい式神の一種だが、偽物である陰陽者の自分がそれを使えたのは驚きだとため息まで含ませた。
ただし、体力と霊力の大半を奪われて、しばらく動けなかったとさえ言われた。
「分身が作れるのか?!」
蒼をもう一人生み出せると聞き、京弥が声を荒げる。
「幽霊みたいなものだよ。実際には私にしか見えないからね」
「幽霊では何も出来ないということか?」
「いや、見えないだけで出来ることは、私と変わらないよ」
物に触れることも、見たり聞いたりすることもできる。よって蒼にその情報が伝わると言われる。聞こえは悪いが、盗み見や盗み聞きもできる便利な式神だと蒼は苦笑した。
「いつもの式神とは違うのか?」
出迎えをしたり、お茶を出したりしてくれる、蒼の得意な式神と何が違うのかと問えば、蒼は「意志があるかないかだよ」と、声に出した。
つまり、命令をただこなすだけの擬人式神は、比較的簡単に生み出せるが、意志を持たせるとなるとそうはいかず、呪術能力の高さを求められるのだと、蒼は久々に倒れるかと思ったと、額に汗をかく。
「京弥には何度も言ってるけど、私の術はそれほど強くはないんだよ」
「式神を使役するお坊様など、聞いたことないが」
弱いと口にするくせに、人並みならぬ能力を使いこなしていると、京弥がそっと睨めば、蒼は使い方を知らないだけだよ、と、茶化す。
穢れや邪気を払うことは出来ても、蒼のような式神を使役するものなど出会ったことがないと、京弥は嫌味を含んで顔を覗き込む。
「陰陽者の末裔かもしれないけどね」
確かに自分は式神が使える。ただし、記述とは違った形で術などを使うため、正しく末裔というのはどうかと、眉を寄せた。そもそも陰陽者はすでに存在していない者たち。子孫が生き残っているはずもなく、蒼は自分が一体何者なのか、いまだに分からないと京弥に話す。
すると、京弥は僅かに笑うと、
「蒼は蒼だろう。他の何者でもない」
そう答えてくれた。
人間か怨霊か、あるいはそれ以外か、そんなことはどうでもいいと、京弥は蒼は蒼だと笑ってくれた。
家族や周りの誰もかれもが化け物だと距離を置いた、そんな自分を認めてくれたのは京弥で、穢れが見えると話した時も、好都合だと言って、自分が怨霊を切ると刀を振った。
だから、妖刀と呼ばれるような呪力が込められた刀を預けた。
「ありがとう。京弥の言葉には救われるよ」
「そうか?」
「さて、コレを渡さないとね」
持参してきた風呂敷を京弥に手渡せば、蒼はみたらし団子をひと串手にする。コレを手に入れるために思業式神を利用したのだから、お腹いっぱい甘味をいただくと、蒼は「これはうまい」と、団子を頬張る。
手渡された風呂敷の中身は、汚れた冊子。そこには、約束事と金銭のやり取りが記載されていた。いわゆる裏帳簿といわれる代物だ。架谷家の米を卸す代わりの金銭が動いていた。他の米屋の米を使用することを禁止する事柄や、米農家より難癖をつけて通常よりも低い値段で米を仕入れていたことなど、あげく、粗悪品の米まで仕入れていた事実まで詳細に書き込まれていた。もちろんそれに加担していた者たちの名もある。
「随分と名のある者たちが加担していたようだな」
「それはそうだろう。儲けを分けてもらえる、うまい話だ」
「上から声がかかれば、架谷家の米を使用するしかないという仕組みか」
「商売ができなくなると困るからね」
権力で潰される商店も少なくない、蒼はそういう世の中だと京弥に言う。それを聞き、京弥も深く息を吐きだす。
「生きる怨霊だな」
私利私欲のために手段を選ばない。怨霊よりも質が悪いと、茶をすする。
庶民は権力には逆らえない、そういう世の中だとは分かっていても、気分がいいものではないと京弥は肩を落とす。
だが、裏帳簿さえあれば、ひとまず柚月葉と里桜のことは何とかなるだろうと、ほんの少しほっとした自分がいた。
「感謝する」
「篁くんに感謝してよ。彼が箪笥だと見抜いたんだ」
そう篁が箪笥だと特定したおかげで、蒼は迷うことなくそこを探ることができた。そのおかげで術をかける時間が少なくて済んだと、命拾いしたと深く息を吐いた。
「本当に箪笥にしまい込んでいたのか」
なぜそんなすぐに見つかるような場所にと、京弥が帳簿を見れば、蒼が団子を突き付けてきた。
「裏だよ」
「裏?」
「ああ、引き出しの裏に張り付けてあったよ」
ちゃんと契約書も一緒に隠してあったと、蒼は探すのに手間取ったと文句を付け加える。式神は見えずとも引き出しが開く様子は誰にでも見つかる。慎重に慎重に探して、気を遣いすぎた結果、半日も寝込んだと伝える。全て持ち出すことは可能だったが、亮成に怪しまれないように、数冊あった一冊だけ拝借してきていた。過去の帳簿を見返すなど、あまりやらないだろうと、古そうなものを選んできたと蒼は言った。
「すまぬ」
京弥が素直に頭を下げれば、今度は人差し指を差し出される。怒っているのかと顔をあげれば、そこには不敵な笑みがあった。




