第31話「駆け落ち相手」
「どこの誰か?」
さらに問われ、里桜は危害を加えられるようなことがあってはならないと、硬く口を閉じるが、京弥は優しい表情を浮かべ「決して悪いようにはしない、約束しよう」と、里桜を宥める。
駆け落ち相手を聞き入れ、どうするつもりなのだろうかと、里桜は京弥を疑い深く見れば、京弥はなぜか頭を下げた。
「その者を傷つけるつもりはない。信じてもらえないだろうか?」
「……」
「俺は里桜殿の助けがしたい」
顔をあげた京弥は、里桜も相手も助けたいと申し出る。
「助け……ですか?」
「失礼を承知で言うが、俺はあなたと結婚する気はない」
はっきりと断言されてしまった。これでは父親の意に背くこととなり、里桜は咄嗟に京弥の服を掴む。
「困りますっ」
「泣くな」
京弥と結婚できなければ、駆け落ち相手の家を潰すと脅されている里桜にとって、それは何よりも許しがたいことであった。
「京弥様と結婚できなければ、……私は、私は……」
顔を覆って泣き出す里桜の様子に、京弥は何かあると察しはするが、こちらにも事情はある。しかもよりにもよって、取り違えた女性を手放したくないとさえ想ってしまっている。
だからこそ、何か力になれないかと京弥は掴む手をとる。
「俺に全て話せ、いいな」
「……京弥様」
「お前が不利になるようなことにはしない」
そう約束すれば、里桜は静かに語り始めた。
里桜が駆け落ち相手の東都柊磨に出会ったのは偶然。
町で買い物を楽しんでいたら、鼻緒が切れてしまい、それを手際よく直してくれたのが東都だった。
ここより少し離れた町で小さな米屋を営んでおり、日々米の研究に力をいれており、この町の稲作を学びにきていると話してくれたのが、初めての会話。
それから町で東都の姿を見かけると、つい声を掛けてしまっていた。明るくて気さくな東都は、いつも熱心に稲の話をしてくれた。稲作になど興味はなかったが、聞いているうちに夢中になり、いつしかもっと聞きたいと願うようになり、気が付けば東都を探すように町に出ていた。
それから半年が経過し、秋が深まるころ、稲刈りが終わり、東都は故郷へ戻ると告げた。
手紙を送ってくれると約束をし、東都の知り合いの家に届けられる文を心待ちに、里桜は手紙の交換を楽しみに日々を過ごしていたが、ある日、父親から結婚するように命令された。
榎室家にとって願ってもない結婚だと、幸せになれると言われたが、里桜の心から東都が消えることはなく、『会いたい』そう願ってしまったら、屋敷を飛び出していたと言う。
東都の知人から連絡を取ってもらえば、すぐに迎えに来てくれた。
その姿を見たとき、夢中で抱きついてしまい、この人が好きだとはっきりわかったと話す。
東都は、何も聞かずに里桜を自分の家に連れて行き、落ち着くまでここにいていいと言ってくれたと。
どこの誰かも分からないまま、東都は里桜に優しく接し、その家族もまた皆優しかったと、涙を零した。
「東都という男は、いまだに里桜殿の素性を知らないと」
「何も話しておりません」
参議の娘だと知っていたら匿うようなことはしないかと、京弥は眉を寄せる。つまり、里桜は東都のいない場所で連れ戻されたらしい。
里桜から事情を聞き出した京弥は、とあることに目をつける。
金に汚いと噂の架谷亮成のことだ、もしかしたら『アレ』を行っているかもしれないと。
上手くいけば、里桜を東都と結婚させることができるかもしれないと。ただそれにはあまり関わりたくない人物の協力が必要で、しかも、物的証拠も必要になると、京弥は軽く額を押さえると、「蒼しか頼めそうもないな」と、ため息を吐く。
「羊羹と茶、団子も添えるか……」
無理難題を押しつけようとしている京弥は、金銭をあまり好まない蒼に食べ物の差し入れを考える。
「羊羹、ですか?」
無意識に呟いていた京弥の言葉に、里桜が反応する。
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
「……?」
「それよりも、準備が整うまでこの屋敷で自由に過ごすといい」
京弥は、少し考えがあると言い、里桜に結婚の話はひとまず忘れてくれといいながら、柚月葉の部屋とは別の部屋に案内させた。
ある程度調べが済んだのち、確証が取れれば、蒼に協力を頼む。京弥は篁と宇佐崎にも協力を頼もうと、明日から少し忙しくなると、深い息を吐きだした。
――*――*――
京弥の屋敷に手紙を置いてから、すでに三日も過ぎていたが、京弥は一向に姿を見せず、蒼は少しだけ奇妙な感覚を味わう。
てっきりすぐに訪れると考えていたが、姿を見せないところをみると、柚月葉に対して特別な想いを抱いていると、勝手な思い違いをしてしまったのだろうか? と、蒼は少し困ったように口を結ぶ。
どうしたものかと、思いにふけっていたら、
トタトタトタ……
と、聞きなれない音が屋敷に響き渡る。
慌てた蒼は、急いで音のした方へ走れば、柚月葉が足を引きずりながら廊下を掃除していた。
「柚月葉ちゃん!」
「おはようございます、蒼様」
「何してるの?!」
「ただでお世話になるわけにはいきませんので、掃除を……」
「だめだめ、動いちゃダメだよ」
まだ怪我は治っていないと、慌てた蒼は柚月葉からぞうきんを取り上げる。
「蒼様に治療していただいたので、大丈夫です」
まだ痣の残る顔で笑顔を見せた柚月葉は、平気だというが、全然治っていないと蒼は真っ青になる。しかし柚月葉は静かに頭をさげると、「掃除くらいしかできませんので、どうぞお許しください」と謝罪までしてくる。
怪我の治療も、屋敷に置くことも、蒼が好きでやっているのだから、気にする必要はないと説明するが、柚月葉はそれでは気が済まないと、肩を落とす。
親切にしていただいた恩は出来ることで返して、それからそっとここを出て行こうと決めていた。蒼にこれ以上の迷惑はかけない、京弥様や顕仁様からも嫌われてしまったし、架谷家には戻りたくないと結論を出した柚月葉は、この世から姿を消そうと誓った。
――――――――――――――――
【おまけ】
「な、にっ?」
空から何かが降ってきて、莉緒は上を見上げたが特に何もなく怪訝な顔をしてみせた。
するとお付きの侍女が慌てたように、ハンカチを取り出す。
「莉緒お嬢様、お髪が!」
「何よこれッ」
侍女に言われ髪を触れば、白いものが手につく。その臭いから鳥の糞であることに気づき、莉緒は侍女からハンカチを奪い取ると、真っ赤な顔で急いで拭き取る。
が、
―― ポタ、ポタ、ッ ――
鳥の糞が次から次へと莉緒に落とされる。
「一体なんなのよ! どうして私ばかりっ」
「あ、お嬢様、お待ちください!」
髪だけでなく顔にも糞が落とされ、周りの者たちが声を殺して笑いを耐える。その視線に莉緒はとんでもない恥を受け、侍女を置いたまま、逃げるように町を去っていった。
それを遠目に見ていた蒼は、「憂さ晴らしだよ」と、細く微笑んだ。




