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第29話「怒り、そして、予期せぬ来訪者」

そう言いながら、莉緒は手にしていた封書を京弥にそっと差し出す。差し出された真っ白な封書には何も書かれておらず、京弥はそれを手に取ると、中身を覗く。

封書の中には何やら紙が入っているようで、それをそっと取り出した京弥は、驚きのあまり息を飲んだ。

その用紙は離縁の書類。しかもすでに柚月葉の名が記入されていた。


「これはどういう意味だ」


思わず大きな声が出てしまったが、莉緒は体を崩して切なそうに口元を抑える。


「京弥様との生活が辛くて仕方がないと、助けて欲しいと言われたのです」

「そんなはずは」

「私も京弥様はそんな方ではないと申したのですが、義姉様は酷く泣いていて」


本当に可哀想で、可哀想で。と、莉緒は言いながら、だから私が京弥様に離縁してくださるように話をしてあげると言いましたと、話す。

家を空けることは多かった、柚月葉との時間をとった覚えもほとんどなく、会話らしい会話もあまりしていない。だが、泣くほど酷い生活をさせた覚えなどない。

京弥はこの書類には裏があるのではないかと、莉緒を見れば、突然身を乗り出して、


「義姉様に代わって、私からもお願いいたします。どうぞ結婚を白紙にしてあげてください」


両手をついて頭を下げられた。

書類にかかれている文字は確かに柚月葉のものだが、実乃吏からも朱珠音からも何も連絡はなかった。そこがどうしても引っかかる。


「この件は預かる」

「どうしてですかっ」


すぐにサインをしない京弥に、莉緒は再度身を乗り出す。


「お前に話す必要はないが」

「義姉様があんまりですわ。あんなに泣いて縋ってきたと言うのに」

「それは本当に柚月葉だったのか?」


京弥には到底考えられない光景だと、莉緒を見れば、「私が裏があると言ったのを覚えておりますか?」と、話しを反らしてきた。

神白家を訪ねてきたとき、帰り際にそんなことを言われたと、京弥は頭の片隅に覚えており、「ああ」と返事を返す。

すると、莉緒は悲愴な表情を作り、京弥の瞳を見つめてくる。


「実は他に好きな男性がいて、すでに恋仲であるのです」


柚月葉には体を重ねた男がいると発言した。まさかそんなことを言われるとは思わず、京弥は驚くとともに、鋭い眼差しを莉緒に向けていた。

この女はどこまで柚月葉を追い詰めれば気が済むと、嫌悪感が全身を染め、気が付けば机を思い切り叩いていた。

ドンッとものすごい音がして、莉緒は「ひぃっ」と軽い悲鳴をあげる。


「そうか、それならば俺にも考えがある」


やはり架谷家に柚月葉は戻せないと決め、京弥は物凄い形相で部屋を出て行った。

その憤怒に煽られ、莉緒はしばらくそこを動けなかったが、しばらくすると「あは、ははは……」と笑い出していた。

自分の話を信じた京弥が、柚月葉を打ちに行ったのだと思い、莉緒は笑いが止まらなくなる。冷酷だと噂される京弥、もしかしたら切られてしまうのではないだろうかと、そう思えば思うほど楽しくなる。

しかし、柚月葉は屋敷にはもういない。


「早く逃げないと、切られてしまいますわよ、義姉様」


もしもまだ近くにいるとしたら、きっと京弥に見つかって、酷い仕打ちを受けるのだろうと、莉緒は嘲笑うように「所詮ゴミはゴミなのよ」と、口元を歪めて店を出た。






京弥は適当に馬車を見つけ、急ぎ屋敷に戻る。

莉緒と柚月葉の間に一体何があったのか、それを確かめるために馬車を急がせた。

屋敷に戻れば、なぜか美坂が外に出ており、碧海と真剣な表情で何かを話していた。


「何かあったのか?」


ただならぬ様子に京弥が声をかければ、二人は驚いたように目を見開く。


「京弥様!」

「京弥坊ちゃま」


京弥の姿を見つけ、二人は出迎えのために頭を下げるが、二人そろって外にいるのは珍しく、京弥は奇妙な顔をみせる。

だが、それよりも確かめたいことがあると、京弥は「柚月葉は部屋か?」と問う。すると、二人から罰が悪そうに視線を反らされる。


「どうした?」


いつもと違う反応に、京弥が碧海に声をかければ、「申し訳ありません」と謝罪をされた。


「わたくしがついていながら、京弥坊ちゃまになんと詫びればよいか」


口元を覆って涙ぐみながら美坂も同じく謝罪をしてきた。


「説明しろ、実乃吏」


何事だと、それを求めれば碧海は「朱珠音殿から話を」と、促す。碧海からそう言われ、美坂は京弥の前に歩くと、莉緒が訪ねてきたあの日のことを話しだした。

部屋で何があったのかは分からないが、柚月葉は莉緒に追い出されたのだと、美坂は悔しそうに拳を握る。それから碧海は捜索範囲を広げながら一日中柚月葉を探しているのだと言った。だが、残念なことに未だ見つけることは出来ていないと、瞼を下げる。

屋敷を出て行って、すでに数日も経過している。しかも裸足で出て行ったかもしれないと聞かされ、京弥は言葉を失う。

莉緒という女はどこまで卑劣なのだと、京弥の怒りは全身を震わせる。

自分も探さなければと、碧海にどこまで捜索したかと尋ねれば、何かを思い出したように美坂が玄関に走り、すぐに戻ってきた。


「先日祁答院様が訪ねてこられて、京弥坊ちゃまにこれをと」


軽く息を切らせて美坂が手渡してきたのは、小さな封筒だった。


「内容は急がないとのことでしたが」


蒼は急ぎの用件ではないといい、これを置いていったと言う。京弥が屋敷に戻ってきたら渡してほしい、それだけ言ってすぐに帰ってしまったと。


「珍しいな」


いつも屋敷に誘っても断るばかりの蒼が自ら尋ねてくるとは、と、京弥は封書を開封する。



『柚月葉ちゃんは私が預かっているけど、怪我が酷くてね。気が向いたらどうぞ』



「な、っ」


碧海が連日探しても見つからないはずだと、京弥は頭を抱える。蒼の屋敷には術が施されており、普通の人間には見えず、立ち入ることさえできない仕様となっている。つまり、いくら探しても柚月葉が見つからないのは、当然だった。


「柚月葉は蒼の屋敷に居るそうだ」

「柚月葉様は無事なのですねっ」

「祁答院殿のところならば、安心です」


あそこならば、莉緒が再び尋ねることもなく、柚月葉を見つけることさえできないと、ひとまず安全な場所にいることが判明し、三人は何度の息を吐いた。

ただ怪我をしていると書かれており、京弥は今すぐに蒼の屋敷に向かうと二人に告げる。

美坂も碧海もようやく息ができたような気持で、京弥を送り出すため門まで向かえば、一台の車が入ってきた。

車を利用するということは、名家の者かと身構えていれば、予想外の人物が車から降りてきた。


「これはこれは神白京弥殿、わざわざ出迎えなど、礼を述べます」

「……榎室えむろ儀朗よしろう、殿」



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