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第28話「呼びだし」

「大事なものなんだよね」


トサッと隣に置き、包みを開けば、小さな櫛と京弥に買ってもらった着物があった。

蒼はちゃんと持ち帰ってくれたのだと、柚月葉は櫛と着物をそっと胸に抱きしめる。


「とても大切なものです」

「着物は少し汚れてしまったけど、大丈夫?」

「歩けるようになったら、洗います」


土がついてしまっていたけど、洗えばきっと落ちると、柚月葉は蒼に感謝する。これだけはどうしても手放したくなかったと、心が温かくなった。

そんな柚月葉に、蒼が小瓶を手渡す。


「これは?」

「私のお気に入りの香油。きっと綺麗な艶がでるから」


パサパサで乱れた髪を整えるに使ってほしいと言われた。香油などお嬢様しか使うことのない品。


「いただけません」


高価なものだと知っているからこそ、柚月葉は慌てて蒼に突き返す。けど、蒼は再度柚子葉の手に握らせる。


「京弥が来るときに使ってみて」

「京弥様が来る……」

「柚月葉ちゃんがここにいるって知ったら、絶対来るよ」

「……」


書類にサインしたのだから、ここへ来るはずはないと分かっていても、どこかで怖さが残った。何か言われるのだろうか? それとも莉緒と一緒に私に結婚の報告をしにくるのだろうか? そんな見えない恐怖に震えが走る。


「今は安静。ゆっくり休んでね」


食べ終えた椀を片付けるため、蒼はまたくると言い残して部屋を出て行った。

何もない、殺風景な部屋は、蒼がいなくなると一層静けさを醸し出す。

部屋の隅にあるのは飾り気のない鏡台のみ。先ほど蒼が口にした京弥はまだサインをしていないという言葉がなぜか心に引っ掛かった。

莉緒はすぐに京弥のところに向かわなかったのだろうか? と、胸騒ぎまでしてくる。



(私の目の前で、サインをするつもりなのかもしれない……)



莉緒のことだ、私がもっと不幸になるように企んでいるのかもと、両手で体を抱きしめた。京弥と幸せそうに寄り添う二人をきっと見せつけるためなのだと、柚月葉は怯える。優しかった京弥様から酷い言葉を受けたくないと、自然と視界が暗くなっていく。

そして、蒼に握らされた小瓶に視線が映る。


「痛ッ……、本当に歩けそうもない」


不意に立ち上がろうとしたら、足の裏に激痛が走り、柚月葉はその場に崩れてしまった。昨日はそれほどまで痛みを感じなかったはずなのに、一晩明けたら足が取れてしまうような痛みがあった。

それでも柚月葉は、畳の上を這うように鏡台まで進む。


「なんて、酷い顔」


鏡を覗き込んだ柚月葉は、顔にあった紫の痣に苦笑してしまった。昨日の酔っ払い男に蹴られたときにできたのだろうと、痣を撫でるが、消えるはずもなく、他にも踏まれたりしたせいか、擦り傷も出来ていた。


「本当に、怨霊みたい……」


傷だらけで痣だらけの顔は、化け物みたいだとなぜか笑みが零れる。それから、蒼から貰った香油の瓶の蓋を開ければ、全身が包まれるようなすごくいい香りがした。


「……素敵な香り」


乾燥して絡まる髪にそれをつけ、お父さんから貰った小さな櫛で梳かせば、髪は鮮やかな色を取り戻して艶を出す。まるで自分の髪ではないような色つやがでて、柚月葉は思わず鏡を覗き込む。部屋を満たす香油の香りに包まれながら、鏡に映る自分を眺めていたら、ふと莉緒の顔が映ったような気がして、慌てて鏡の幕を下ろした。



『義姉様には、てんぷら油がお似合いよ』



香油なんてつけたって、無駄よ。そんな声が聞こえた気がして、柚月葉は膝を強く掴む。


「私なんかに、似合うはずない……」


こういうのは、美しい女性がつけるからこそ引き立つのであって、自分がつけたところで無駄なのだと、自然と涙が滲む。

傷だらけの上、顔に痣まであって、こんな姿を見たら京弥様だって『化け物』だと思うだろうし、顕仁様だって、暗かったから私の顔が見えなかっただけで、こんな顔見られたら、きっと嫌いになって……、そこまで考えたら、涙が溢れて止まらなくなった。


「どうして、……私だけ残ってしまったの?」


両親が亡くなったときに、一緒に連れて行って欲しかったと、酷い後悔に見舞われる。


「うう、っ……、お父さん、お母さん、会いたいの。私を迎えに来て……、ください……」


もう生きていくのが辛いのだと、柚月葉は顔を覆ってひたすら泣いた。






――*――*――

柚月葉を探し出せないまま、二日が経過していた。本当は京弥に文を送るつもりであったが、屋敷に戻れないほどの多忙だと察し、仕事の邪魔をしてはいけないと、碧海は何とか自分が探し出さなければいけないと、丸二日も探し回っていたが、足取りは不明。

それでも必死に探し歩いていた。

そんな事情を何も知らない、京弥の元に一通の手紙が届けられたのは、一日前。

差出人は『架谷 莉緒』

中には義姉様に関する、大切なお話がありますので、お会いしたいとの内容だった。一体何だと、京弥は不機嫌さを出すが、柚月葉が関わっているのなら会うべきかと、ひとまず二日後に都合をつけると文を返していた。


「悪いが、今日は席を外す」


急用があると京弥が部下たちに告げれば、皆から「お任せください」と大きな返事が返ってきて、京弥は頼んだと告げ、莉緒と約束している店へと足を運んだ。

本当なら、二度と会いたくないと思っていたが、柚月葉のことならば会う必要があるのではないかと、貴重な時間を割いた。

店に着けば、莉緒は先に到着しており、すぐに個室に案内される。


「京弥様、お待ちしておりました」


猫なで声で名を呼ばれ、京弥の顔は引き攣る。当然口元を覆う布はつけたまま来たが、莉緒はそれにいち早く気づくと、今度は切なそうに声を潜めてきた。


「ここには二人だけです。どうぞ布を外してください」

「このままで構わない」

「寂しいですわね」


素顔を見せてくれない京弥に、莉緒は傷つくと声色を変えてきたが、この女の策には乗らないと、京弥は席に着き、すぐに本題を切り出す。


「大切な話とはなんだ」


そのために呼びだしたのだろうと、莉緒に言えば、不敵な笑みを浮かべ白い封書をヒラヒラと左右に振った。


「義姉様からこれを頼まれましたの」

「柚月葉からだと」

「ええ、ご自分からは言い出せないと、随分悩んでいたようですわ」


確かに自分の意見を口にするような柚月葉ではないため、悩みを抱えていてもおかしくはないが、わざわざ義妹に頼むだろうかと、京弥の眉が上がる。


「とても自分からは言い出せないと、私にお願いしてきましたの」



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