第26話「銀髪の正体」
「綺麗すぎて、驚いてしまって……」
こんなにお綺麗な方だとは想像も出来ていなくてと、柚月葉は慌てて視線を反らす。
「ユズハは可愛いと表現するべきか」
「違います。私なんて……、雑草みたいで」
そこまで口にした柚月葉は、銀髪に抱きしめられる。
「ユズハは、誰よりも可愛いとワタシが認める」
だから、自分をそんな風に言うなと声に出せば、柚月葉の肩が震えるのが分かった。銀髪はまた泣かせてしまったようだと、少しだけ困った顔を浮かべ、それから柚月葉をゆっくりと立たせると、そのまま抱きかかえた。
「えっ、……」
「裸足のままでこれ以上歩かせるわけにはいかない」
銀髪は、このまま一緒に来てくれるだろうと優しく微笑む。行く場所などどこにもない柚月葉は、「いいのですか?」と小さく尋ねる。
「迎えに来たと言ったはずだが」
この日を待ち望んでいたのだと、銀髪が言えば、柚月葉は「連れて行ってください」と、返事を返す。
その返事に銀髪は笑みを返すと、柚月葉を抱えて歩き出すが、ここで予想外の邪魔が入った。
「柚月葉ちゃんを返してもらおうか」
銀髪の後ろから凛とした声が引き留める。
ゆっくりと振り返れば、厄介な人物が立っていた。銀髪はその気配だけで何者かが分かり、眉を上げるが、柚月葉は名を呼ばれたが知らない人だった。
「邪魔をするな」
「柚月葉ちゃんをどうするつもりだ」
「可笑しなことを言う、ワタシはただ約束を果たしに来たまで」
「お前のような輩が人と約束とは、不可解な」
まるで銀髪のことを知るような口ぶりの男は、その手に札を手にしていた。銀髪はそっとその札を視界に入れ、「まだ残っていたのか」と、苦虫を噛み砕く。
その一族は滅んだものとばかり思い込んでいたが、生き残りがいたとは面倒なことになったと、やや顔を曇らせる。
しかし、立ちはだかる男からはそれほど力を感じず、銀髪は所詮生き残りだと、嘲笑うように口角をあげた。
「名を聞いておこう」
障害になるやもしれないと銀髪が問えば、男は「祁答院 蒼」と名乗った。
「して、お前に名前はあるのか?」
「顕仁、今はそう名乗っておこう」
本名なのか、偽名なのか分からない言い方をした銀髪は、再び柚月葉を連れていこうとし、このまま行かせるわけにはいかないと、蒼は札を口元に添えると術を唱える。
「緋の舞」
術を吹き込まれた札は、顕仁の背に炎の矢となり飛んでいったが、
「主様っ!」
「危ないッ」
どこからともなく子供のような声がしたかと思えば、小さな子供が二人現れ、顕仁の背後に向かって放たれた炎の矢を消し去る。
獣のように歯をむき出しにする子供たちは、青い髪と赤い髪をしており、人とは思えない鋭い牙を有していた。
「響、奏、大丈夫か?」
名を呼ばれた子供たちは、こんなのへっちゃらだと笑って見せる。だが、顔が少しだけ焦げたようになっており、顕仁は硬い表情で蒼を睨み、
「貴様の出る幕ではない」
と、片手を正面に向けると強い覇気を放った。衝撃波が蒼を襲い、頬が僅かに切れる。遅れて流れた血がその威力を語る。
しかし、このまま柚月葉を渡すわけにはいかないと、蒼は再び札を構える。次の術を吹き込もうとしたその時だった、
「ゴホッ、……」
「主、まだ無理です」
「無理しないで」
体勢を崩した顕仁が、咳き込んで微かに血を吐いた。先ほどよりも顔色が悪くなっていた。それに力が弱まった気がした。
柚月葉を落とさないように気を張っているようだが、膝が崩れる。
「大丈夫ですかっ!」
抱きかかえられていた柚月葉は、慌てて顕仁の腕から離れると背を摩る。
「――ッ、ご、ほッ……、ユヅハすまない。まだ体が元通りではなく」
「どうしてそんな無理を……」
「一刻も早くユヅハに会いたかったのだ」
苦しそうに息を吐く顕仁は、柚月葉に会いたいがために無理をしてここまできたと話す。こんな状態なのにと、柚月葉はその言葉が嬉しくて涙が溢れる。
しかし、蒼はそんな二人を裂くように術を放つ。
再び飛んできた先ほどよりも大きな炎の塊に、「ここは退きます、主様」と、奏が顕仁の体を覆うとそのまま霧のように3人は姿を消してしまった。
夜道に残されたのは、柚月葉と蒼の二人だけ。
「顕仁様?」
突然視界から消えた顕仁の姿に、柚月葉は驚きつつも辺りを必死に探す。
「柚月葉ちゃん、あいつはもうここにはいないよ」
「どうして……、やっと会えたのに……」
顕仁は完全に消えたと言われ、柚月葉は道に座り込み泣き出す。ずっと待っていたのに、やっと会えたのに、顕仁は消えてしまった。
「どうしてですか! どうして邪魔をしたのですかっ」
近くに来た蒼の足元を掴んで、柚月葉はなぜ邪魔をしたのかと叫ぶ。一緒に行きたかった、連れて行って欲しかったのに、蒼に邪魔をされたせいで置いて行かれたと、子供のように泣きじゃくる。
そんな柚月葉に伝えるべきかどうかを迷った蒼だったが、静かに屈むと
「あれは、怨霊だよ」
と、顕仁の正体を明かす。
しかし、柚月葉から返ってきた言葉は、蒼の想像を超えていた。
「……知っています」
初めから柚月葉は顕仁が怨霊の類だと知っていたのだ。それでもいいのだと、柚月葉は涙を流す。怨霊につれていかれれば、どうなるかなんて分からない。おそらく不幸な死を迎えることになるだろう。それを知っていてなぜ柚月葉はそこまで顕仁にと、蒼は眉間に皺を寄せる。
二人の関係性から、今ここで会ったのが初めてではないとは分かったが、柚月葉はどこでどうやってあの普通の怨霊とは何かが違う、怪しい者に出会ったのか?
そもそも顕仁はなぜ柚月葉を連れていこうとしたのか? 現時点では何も分からず、蒼は何かが動き出しているのではないかと、顔を顰める。
怨霊たちとまともに会話など出来るはずもないが、顕仁はきちんと会話もでき、その姿も美しい人型を持っていた。
「アレは、何者なんだ」
明らかに格が違うと、蒼は顕仁の消えた場所を見つめてみたが、残滓の類も残ってはいなかった。
「ごめんね」
静かにそう言葉を吐きだした蒼は、泣き止まない柚月葉の視界を手で覆う。
そして、声にならない術を唱え、柚月葉を眠らせた。
ガクッと崩れた柚月葉の体を支え、蒼はそっと抱きかかえると自身の屋敷へと柚月葉を連れ帰った。




