第25話「待ち望んだ出会い」
あのような汚い女に惹かれるとは思えなかったが、碧海の憶測だけで物事を判断すべきではないと、奥歯を噛み締めた。
「裸足で歩くなど危険です。私が周辺を探しますので、朱珠音殿は屋敷に」
「しかしっ」
「大丈夫です、必ず見つけてまいりますので」
「実乃吏様」
「念のため、薬箱の準備と部屋の明かりを。それから朱珠音殿は温かいご飯を用意しておいてください」
柚月葉が戻ってきたら、一緒に食べましょうと碧海は安心させるように声をかける。
それを聞き、美坂はようやく涙を拭い、「ええ、美味しいご飯をご用意いたします」と、微笑んでくれた。
「それでは、私は柚月葉殿を探しに行ってまいります」
「必ず連れ帰ってきてくださいませ」
「必ず」
そう約束した碧海は、足取りが消えたという方角へ走り出した。
――*――*――
「……っ、……」
身を隠すために道なき道を歩き、足の裏からは痛みしか伝わらなくなり、急ぎ足で歩いていた柚月葉は、なるべく痛みが少ない平らな道を選んでゆっくりと歩き始める。その地面には微かに血が残ることから、きっと怪我をしているのは分かってはいたが、足を止めるわけにはいかなかった。
少しでも神白家から遠くへ、迷惑のかからない誰もいない場所へ行かなければと、先を急ぐ。
「川沿いを歩いていけば、静かな場所にいけるかしら?」
迷惑がかからない場所で静かに眠ってしまいたいと、ギュッと胸のあたりを掴んだ柚月葉は、「……私は、疫病神だから」早く消えてしまった方がいいと、川を目指す。
傷ついた足では急ぐことも出来ず、ましてや、人目につかない場所を選んで歩いていたから、辺りが真っ暗になっても川にたどり着くことができずにいた。
「真っ暗……」
人気のないあぜ道のような場所を歩きながら、もう誰かに見られることもないかと、草むらなどの中を歩くのをやめ、柚月葉は少し歩きやすい道を歩き出す。
夜は怨霊がでると、日が暮れてから外を歩くものなどおらず、衛士くらいしかいないと、柚月葉は安心して道を歩いていたのだが、前方から人影が見え身構える。
「なんだ、こんな時間に誰かいるのか?」
足取りがおぼつかない様子をみると、酔っ払いのようだった。
柚月葉は俯いて、関わらないようにやり過ごそうとしたのだが、男は柚月葉に近寄ると「女じゃねえか」と、珍しそうにジロジロと見てくる。
「若い嬢ちゃんが、一人とはあぶねえなぁ~」
「すみません、私、急いでますので……」
「おいおい、待てって」
横を通り過ごそうとした柚月葉の着物が掴まれる。
「離してください」
「俺が親切に送ってやるって言ってるだろう」
ニタリと笑う顔が怖くて、柚月葉の体は動けなくなる。逃げなきゃと思っても、足が竦んで動けない。
「なあ、いいだろう」
何がいいのか分からないが、男は柚月葉の全身を眺めてくる。それから頬を撫でられ、
「やめてくださいっ」
と、咄嗟に持っていた着物を投げつけてしまった。
「……ってなぁ、何すんだてめえ」
「す、すみません……」
怖くて怖くて、頭を下げたら、男は地面に落ちた着物を拾い上げる。
「へえ、なかなかいい着物持ってるじゃねえか」
売ったら金になると、男は着物を掴むとそれを持ち去ろうとする。その着物は京弥に買っていただいた物、自分には勿体ないほどの綺麗な着物。
「それは私のです!」
男から着物を奪い取り、柚月葉は逃げるが、男にすぐに追いつかれてしまい、殴られた。
「人に物ぶつけておいて、何言ってんだてめえ」
「そ、それは……」
「詫びとしてもらっておくって、言ってんだよ」
柚月葉の手から着物を奪おうとする男に、柚月葉は体を丸めて着物を守る。自分の為に買っていただいた大切な着物。袖を通すことはないかもしれないけど、この着物は京弥の優しさであり、すごく嬉しかった思い出。これだけは渡せないと、柚月葉は必死に着物を守る。
「いいから寄越せ」
これを売ればまた酒が飲めると、男は柚月葉から着物を奪おうと、何度も柚月葉を踏みつけて蹴る。
「――ッ、……やめてください」
「うるせなぁ、大人しく渡せばいいんだよッ」
酔った男は容赦なく柚月葉の頭や背中を踏みつけ、横腹を蹴る。それでもこれだけは渡せないと、柚月葉が必死に蹲ると、男は怒り心頭となり、近くに落ちていた太い木を手にした。
「殺してやる」
木刀のような木を両手で持ち上げた男は、柚月葉目掛けてそれを思いっきり振り下ろした。
「下がれ」
その時だった、男の声がしたかと思うと、酔っ払いの体が制止した。
「なんだ、体が……、動かねえ」
「その女性に手を出すことは、このワタシが許さぬ」
いつの間に傍にいたのか、声の男が酔っ払い男の腕を掴み、意図も簡単に骨を折った。
「ぐ、あぁッ――、腕がァァ……」
それから冷たく「去れ」と口にすれば、凍りつくような悪寒を全身に浴び、悲鳴のような声をあげて逃げていく。
蹲っていた柚月葉には何が起こったのか分からなかったが、この声を知っていると、涙が溢れてきた。
「随分待たせてしまったな、ユヅハ」
ポンと頭に乗せられた手が、声が、嬉しくて嬉しくて、柚月葉は顔も上げられずにただ涙する。
「すまない、少し来るのが遅かったようだ。こんなに怪我をさせてしまった」
「……ぅ、うう……っ」
「ユヅハ、迎えに来た」
男がそう口にすると、柚月葉は体を起こして男にしがみつくように抱きついた。
「会いたかった、あなたにずっと……」
「ああ、ワタシもだ」
涙する柚月葉を優しく抱きしめる男は、柚月葉の髪に触れながら、「辛かったであろう」と、何度も撫でた。
「ああ、……ぅ、あ……」
温かくて、優しくて、全部を包んでくれる男に、柚月葉の涙が止まらない。
「ユヅハ、顔を見せてくれないか?」
男の声に、柚月葉は涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。そこには月明かりに照らされた銀の髪が美しい、綺麗な男がいた。
なんて美しい方だったのだろうと、見惚れていたら、銀髪の男はクスッと笑みをみせた。
「何を見惚れている」
「あ、その……、私……」
「ワタシはユヅハの好みだったか?」
声しか届かなかったので、この姿はお気に召したか? と、銀髪が尋ねれば、柚月葉は頬を赤くする。




