第24話「追い出され、逃げる」
「それだけでよろしいの?」
「……はい」
「残念だわ。強欲に全部持っていったと京弥様に言えないじゃない」
最後まで柚月葉を悪者にしようとしていた莉緒の企みが外れ、少しがっかりした莉緒だったが、名前が記入された書類を封書に入れ、
「これで、京弥様は私のものね」
清々するわと鼻で笑う。
柚月葉は自分の役目は終わったと、部屋から出て行こうとして扉に手をかけたら、
「出口はそちらではなくてよ」
と、奇妙なことを言われた。
「玄関は……」
「まあ図々しい、義姉様はもう神白家の人間ではないのだから、そこからお出になればいいでしょう」
そう言って指を指したのは、窓。今すぐ縁側から庭に出て、屋敷から出て行けと指示をだす。
しかし、履物は玄関にあり、この季節にここに履物はなく、柚月葉は困ったように顔を歪める。
「履物は玄関にしかありません」
この部屋には履物は一足も用意されていないのだと、莉緒に告げれば、なぜか喉の奥から笑われる。
「裸足で構わないでしょう」
「え、……」
「義姉様は捨てられたのよ、そのまま出て行けばいいじゃない」
履物なんて必要ないと、莉緒はそっと窓を開ける。
「待って、せめて草履を……」
裸足でなんか歩いたら怪我をしてしまうと、履物を取りに行く許可を願えば、莉緒は怪訝な表情を浮かべ、「お断りよ」と、拒否する。
それから、
「京弥様や下女の方に、これ以上迷惑をかけないでくださる?」
鬼のような形相で見苦しいと言い放たれた。
(私はもう神白家とは何の縁もない……、たしかにこれ以上迷惑をかけるわけには)
莉緒に言われた言葉が突き刺さり、私は荷物を抱えると冷たい大地に足を降ろす。春待ちのこの季節、まだ風も冷たい。それでもここから出て行くのは当然のことで。
柚月葉は裸足のまま外にでると、ゆっくりと頭を下げる。短い間でしたが、随分お世話になったと、温かいご飯と布団を用意してくださり、本当に感謝していますと、神白家に深く深くお礼を込めた。
「これで京弥様も気兼ねなく私と結婚できるわ。さよなら、卑しい義姉様」
最後に莉緒が笑いながらそう言って、窓をピシャリと閉めた。
その音は、神白家と縁が切れた音のように聞こえ、柚月葉はしばらく置いていただいた恩を胸に、もう一度頭を下げると、後ろを振り返る。
(早くここから遠くへ)
神白家の敷地内に居てはいけないと、柚月葉は足の裏に刺さる枝や石の痛みに耐えながらも早足で林の中にかけていった。
柚月葉の姿が完全に見えなくなると、莉緒は窓越しに笑みが溢れる。
「京弥様も、この部屋も、全て私のものよ」
美しいものは何よりも優れているのよ、そう思いながら鏡に映る自分を見て、なんて美しいのかしらと、自分に酔いしれる。
莉緒はしばらく部屋と景色を堪能してから、ようやく部屋を出ていく。
「何よ」
玄関までいけば、美坂が睨むように佇んでいた。
「お帰りでしょか?」
「そうよ、もう用事は済んだわ」
「でしたらすぐにお帰りください」
履物はそこですと言わんばかりに、屋敷を追い出そうとする美坂に、莉緒は不機嫌な顔をみせつつも「私が嫁いだら、一番にクビにしてあげるわ」と、内心で文句を言いながらも
「言われなくとも、今日は帰るわ」
と、乱暴に履物を履き、玄関を出て行く。
外に待たせてあった馬車に乗り込むと、莉緒は大人しく帰っていった。
それを確認した美坂は、急いで柚月葉の元へ向かったが、いくらドアを叩いても返事がない。
「柚月葉様っ、大丈夫ですか?!」
奥様の部屋を勝手に開けるのを躊躇っていた美坂だったが、様子がおかしいと、「申し訳ありませんが、開けさせていただきます」と、ひとまず謝罪を述べてからゆっくりとドアを開ける。
「柚月葉様……?」
部屋の中には誰もおらず、美坂は少し驚いたように部屋を出る。
台所か風呂、または厠にいるかもしれないと、美坂は屋敷内を回ってみたが、やはり柚月葉がどこにもおらず、もう一度部屋に戻ってくれば、妙な違和感を感じた。
窓が少しだけ開いていたのだ。
「まさかお外に?」
美坂が慌てて窓を開けて外を覗けば、縁側の外の地面に足跡が見えた。しかもどうみても履物の跡ではなく、人の足型。
ハッとした美坂は、慌てて玄関に回ると草履をはき、柚月葉の部屋の庭に向かう。
「まさか柚月葉様の足跡では?」
裸足で外に出たのかと思ったら、居ても経ってもいられず美坂は足跡を追うように歩くが、足跡は途中で分からなくなってしまい、「柚月葉様!」と、叫ぶ。
「どちらにおられるのですか! お返事をお願いします」
裸足でなんて歩いたら怪我をしてしまう、それに春にはまだ早い。夜になれば空気も冷えると、美坂は真っ青になって庭中を駆ける。
きっと莉緒という女性と何かあった、だから柚月葉は出て行ってしまった。
「うっ、……っ、わたくしがいながら、なんということを」
泣き崩れるようにしゃがみ込んでしまった美坂は、その場を動けなくなってしまう。
「朱珠音殿、どうしたのですかッ」
軍に着替えを届け、屋敷に戻ってきた碧海は、庭でしゃがみ込む美坂を見つけ慌てて駆け寄る。碧海の姿を確認し、美坂は泣きつくように碧海の服を掴む。
「柚月葉様が、柚月葉様が、……」
「柚月葉殿がどうしたのです?!」
「出て行ってしまったのです」
悲鳴のように叫んだ美坂は、自分がついていながらこんなことになるなんて、と、手で顔を覆い泣き出してしまう。
それを聞いた碧海は、『なぜ?』と、眉を寄せる。柚月葉が出て行くような要因など、一体どこにあったのだろうと、心当たりが見つからないと。
「朱珠音殿、一体何があったのです」
柚月葉が出て行った原因があるはずだと、碧海は美坂の肩を揺らし、それを問う。そうすれば、美坂は京弥に頼まれたと、莉緒が訪ねてきたことを話し、その後柚月葉が出て行ってしまったと話す。
柚月葉と莉緒の間に何があったのかは分からないが、莉緒が追い出したのは明白だろうと、碧海は舌打ちをする。
「京弥様からは何も聞いておりません」
「申し訳ありません、わたくしがちゃんと見ていれば」
「朱珠音殿のせいではありません」
しかし、莉緒が本当に京弥と何もないとは断言できなかった。持ち帰った京弥の服に残っていた【香】が、その疑惑を深める。




