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第23話「義妹の罠」

――*――*――


京弥が屋敷を空けて4日目。

さすがに着替えが欲しいと連絡があり、碧海が軍まで出向き、洗濯物を預かってきていた。

代わりに指定された衣服を届けるため、碧海は洗濯物を美坂に預け、すぐに京弥の部屋に向かおうとしたのだが、美坂に引き留められた。


「実乃吏様、何かよい香りがしますね」


預かってきた洗濯物から香気が漂い、美坂が鼻を寄せる。京弥は普段【香】など焚くこともなく、まして軍にそのような香りがつくような場所などないため、不自然な香りだった。


「確かに、香気がありますね」

「どういうことなのでしょう?」


香を好んでつけるのは、花街の女性たち、もしくは名家のお嬢様くらいだろうと、二人は顔を見合わせて変な顔をした。


「京弥様に限ってそのようなことは……」


屋敷に戻らず、女性のところに通っているのだろうかと疑問が浮かび、碧海はそんなはずはないと口にしながら美坂を見る。


「わたくしも京弥坊ちゃまを信じておりますが、香りは本物でございます」

「一体どこでお付けになってきたのか?」

「すれ違う程度の香りではありませんね。これは長くご一緒に居られたということでしょう」


もしくは抱き合った、女性の布団で眠った、何か密接するようなことがあったのだろうと、美坂は顔を顰めてその服を掴む。

人違いとはいえ、今は結婚なさっている身、別の女性に会いに行くなどとあり得ないことだと、美坂は怒りを露にするが、碧海は「京弥様も若き男性です」と、例え花街に足を踏み入れていてもおかしくないと言う。


「私たちが口をお出しすることではありません」

「……そうではありますが」

「朱珠音殿、京弥様を信じましょう」


やましいことなど何もないと信じることしかできないと、碧海は着替えの準備に取り掛かり、美坂は洗濯場に去っていった。

しかし、ちょうど部屋を出てきた柚月葉はその会話を耳にしてしまい、胸元で手を包んだ。

もしかしたら莉緒に会いに行ったのではないかと、早く書類にサインをしなければ京弥にたくさんの迷惑がかかると、奥歯を噛み締めた。






それから碧海は着替えを届けるために、再度屋敷を出て行った。

廊下の掃除をしようとしたら、美坂に「ゆっくりなさってください」と叱られてしまい、部屋に戻れば、玄関から人の声が響いてきた。

来客だろうかと、特に気にすることもなかったのだが、声は徐々に大きくなり、


「お帰りください!」


と、美坂の怒鳴り声が聞こえてきた。

何事かと玄関へ顔を出せば、息が止まりそうになった。


「莉緒……」

「あら、義姉様、まだここにいらしたの?」


桃色と薄紫色の鮮やかな着物を着た莉緒が、口元に手を添えて嘲笑うように声を出す。


「柚月葉様、ここはわたくしが」


莉緒の応対をしなくていいと、美坂が割って入るが、「ただの下女が邪魔よ」と、美坂を押す。


「朱珠音さん!」


慌てて近寄れば、莉緒が勝手に玄関を上がってくる。


「京弥様に頼まれたって言ってるでしょう」

「京弥様に?」

「ええそうよ。義姉様に用事があってわざわざ伺ったのに、下女の躾がまるでなってないわ」


手にした白い封書をヒラヒラと振りながら、莉緒は美坂を見下すように睨む。

莉緒の付き人は玄関の外で大人しく立っており、何も見ないようにただ俯いている。


「京弥坊ちゃまからは何も聞いておりません」


壁にぶつかって倒れてしまった美坂は、座ったまま莉緒に帰るようにいうが、莉緒はゆっくりと腰を下ろすと、柚月葉の頬を封書で撫でる。


「と~ても大切な書類を預かってきたのよ。義姉様に渡してほしいって」

「……私に?」

「ここでは話しにくいわ、どこか部屋を用意してちょうだい」


図々しく大きな声をあげた莉緒は、勢いよく立ち上がると、ゴミをみるように柚月葉に視線を落とし、クスリと微笑む。


「そうだわ、義姉様のお部屋なんてどうかしら?」


将来自分の部屋になるかもしれない部屋が見たいと、莉緒はそれを要求してくる。あの部屋は唯一の自分の居場所で、京弥様から買っていただいた着物もある。莉緒を部屋に通すのが躊躇われ、口を閉じてしまったら、「自分で探すわ」と言い出し、屋敷に入っていこうとし、柚月葉は咄嗟に莉緒の着物を掴んでしまっていた。


「ちょっと、汚い手で触らないでちょうだい!」

「ご、ごめんなさい」


手を叩かれ、柚月葉は咄嗟に謝る。


「分かりました、案内します」


重い口を開いて柚月葉がそう言葉にすれば、美坂が「いけません」と、割って入る。だが、美坂が怪我をしたら大変だと、柚月葉は大丈夫だと制止し、莉緒を部屋に案内した。

大きな窓から見える景色は、美しい庭園。


「まあ、なんて素敵な眺めなの。それに広くてとても綺麗だわ」


部屋に入るなり歓喜の声をあげる莉緒は、窓に近づき外の景色を楽しむ。ここが自分の部屋になるのかと思えば思うほど、莉緒の気持ちは高揚していく。

ただ、目の前にいるゴミさえいなければと、不満も募らせた。


「用件はなんでしょうか?」


はしゃぐ莉緒に柚月葉がそう切り出すと、先ほどの白い封書を投げつけられた。


「京弥様から預かってきてあげたわ。ご自分から切り出すのは気が引けるって」

「……」

「お優しい方よね、こんなゴミ屑みたいな義姉様にも気をお遣いになるなんて、ねえ」


自分から言いにくいから、姉妹である莉緒から頼んで欲しいと言われたのだと、口角をあげる。


「これは……」


封書の中身は離縁の書類だった。ただ、書類は白紙で京弥の名前はまだ書かれていなかった。


「見たらわかるでしょ。とっとと名前を書きなさいよ」

「でも」

「あなたみたいな疫病神とは、早く別れたいとおっしゃっていたわ」


莉緒にそう言われ、先ほどの【香】の会話を思い出してしまう。やはり莉緒と会っていたのだと知ってしまった。

このところ屋敷に戻ってこなかったのは、きっと架谷家に泊っていたからなのかもしれないと、胸が締めつけられるように痛む。



(やっぱり私は、疫病神なのね)



どこにいっても変わらない、役立たずで、どうしようもないゴミ屑。



(これ以上、誰にも迷惑をかけないようにしないと)



机に書類を広げペンを持てば、莉緒がまた笑った。


「可哀想な義姉様、必要なものは持っていっていいわよ」


部屋にあるもので、欲しいものがあればお情けで持たせてあげると、莉緒は上からものを言う。柚月葉は書類に自分の名前を記入し終えると、お父様から貰った小さな櫛と、京弥様に買っていただいた着物を2着まとめる。



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