第22話「怨霊阻止」
「神白隊長は、結婚したばかりだぞ」
宇佐崎が少し大きな声をだせば、「結婚って、……政略結婚だろ」とボソリと言う。軍を続ける代わりに、神白家が了承した縁談を受けたと言うのは有名だった。
職場でも妻についての話は一切なし、式の予定もなし、むしろ誰も奥様をみたこともない、どこかの名家の娘をもらった、そんな情報しかない。
他に好きな女性がいてもおかしくないと篁は拗ねるが、宇佐崎はさらに強く足を踏みつけると、
「神白隊長はそんな方ではない。口を慎め、和太琉」
と、鋭利な瞳で睨みつけられた。
「ああもう、わかったよ」
「分かればいい、戻るぞ」
「はいっ」
「返事だけはいいな」
ビシッとした返事を返され、宇佐崎は微かに笑うと、部下を探して戻ると歩き出した。
――*――*――
怨霊は日が暮れてから出没する。よって、日中は詰所で書類作成、および身元不明の遺体の調査など事務処理メインで、夜になれば警備も兼ねて見回りにも行く。
そんな生活がこのところ連日続いており、仮眠はとるが、なかなかゆっくり休めていなかった。
しかし、どうしても確認しておきたいことがあり、京弥はいつもよりも早く怨霊退治ができたことで、とある場所に急いで向かっていた。
「いらっしゃい京弥。来ると思ってたよ」
にっこりと微笑んだ蒼は、縁側で月見を楽しんでいたが、湯呑が二つ用意されていたところを見ると、京弥がここにくることを事前に知っていたようだった。
「では、なぜ来たかも分かっているか?」
「式神、かな?」
やはりお見通しかと、京弥は蒼の隣に腰かけると、注がれていた茶をいただく。
「柚月葉を監視していたのか?」
回りくどい言い方は面倒だと、京弥は単刀直入にそう尋ねる。
「私の勝手なお節介だよ」
「お節介?」
「怨霊にならないようにって、祈ってた」
少しだけ眉を下げて、蒼は切なげに声を出すが、柚月葉が怨霊になるなど、どういう意味なのかと京弥は少しだけ身を乗り出す。
「なぜ柚月葉が怨霊になる?」
占いでそう出たのかと問えば、蒼は首を左右に振る。そして、白い月を見上げて、「京弥に離縁されたら、なるよ」と口にした。
益々状況が理解できず、京弥は難しい顔をして蒼を覗き込むように伺う。
「怨霊は、未練や後悔を残したまま死んでいく者たちの末路だって、知ってるよね」
「そう聞いている」
「柚月葉ちゃんは、帰る場所がない」
真っすぐに見てくる蒼の瞳には悲し気な色が宿る。
「ああ、あの家に戻すなどありえないな」
実際に架谷という家族と会ったが、酷い家族だったと思い返し、柚月葉が美坂と碧海に話した内容からしても、人を人とも思わない扱いをしていたことを知ってしまった。
京弥は柚月葉を架谷家は戻せないと声に出したが、蒼はその言葉に「だからだよ」と、返事を返してきた。
「蒼?」
何を言われたのかよく分からず、京弥が名を呼べば、蒼は再び夜空を見上げる。
「神白家から出された柚月葉ちゃんは、どうなると思う?」
帰る場所がない柚月葉のとる行動を問われ、京弥は目を見開く。
(自らの命を……)
そこまで想像してハッと息を飲んだ京弥は、ようやく蒼の言った怨霊になると言う言葉を理解した。おそらく後悔と未練はある。そんな者が自害すれば確実に怨霊となる。だから式神を使って柚月葉を監視し、怨霊になる前に成仏させるつもりだったのかと、京弥が蒼をじっと見つめれば、ようやく蒼と視線が合う。
「私に出来ることはそんなことしかないんだ」
静かに眠る手伝いをすること、蒼が出来る慈悲はそれしかなく、それで式神を飛ばしていたと話してくれた。
確かにこのまま柚月葉と結婚したままではいられない、かといって、神白家で雇えば、架谷家が大人しくしているとも思えない。どう転んでも京弥にとって災いしか見えない。
柚月葉を救う策がない。
架谷家の娘という事実は変えることなどできず、どこに送ってもあの家族は付きまとってくるだろう。考えれば考えるほど、京弥の表情も曇る。
もしも蒼に頼んでここに置いてもらえたとしても、町で柚月葉の姿を見かけた架谷家が何をするか分からず、かといって、ここに閉じ込めておくこともできない。
「八方塞がりなんだ」
京弥の考えを覗いていたかのように、蒼は苦笑いを浮かべて「運命には逆らえない」と、諦めを口にする。
事情を知らぬ前と知ってしまった後では、思う気持ちが異なる。
(それでも、何かないか……)
よく考えろと、京弥は自分を叱咤すれば、蒼が茶を片付け始める。
「今夜はここに泊るといい。疲れてるんだろう?」
「そうだな、連日睡眠不足だ」
「はは、このところ怨霊の活動が活発だからね」
「そう言えば、怨霊たちが『あの方』と口にするんだが、何か心当たりはあるか?」
茶を片付けるため立ち上がった蒼に、京弥はそう尋ねれば、「ん~」と唸り声をあげられた。
「この都に怨霊が増えているのは分かっているけど、目的があるとは考えなかったよ」
誰かに復讐したい、やり残したことがある、人間に戻りたい、などの目的で怨霊になると思われているため、その怨霊たちに何か明確な目的があるとは考えてもみず、蒼は止めた足で考え事を始める。
「調べられるか?」
「まともに話ができれば可能だけど、かなり難しい調査だね」
怨霊たちに目的なんてものがあるのか? 蒼はただの黒い穢れの塊だと思っていただけに、顔を顰める。
「そうか、無理を言った」
「京弥の頼みだ、少し探ってみるよ」
「ありがとう」
蒼が話を引き受けてくれ、京弥は蒼が用意してくれた布団に入る。心地よい香が焚かれており、今夜はゆっくり眠れそうだと、静かに目を閉じた。
その頃、茶を片付けていた蒼は、湯呑を洗うことも忘れ、考え事に夢中になった。
「怨霊に目的? たしかに増えているのは事実だが……」
前は月に3件もあれば多い方だった。それが5件、6件と数が増している。
「都に災いが起こるのか?」
占いには何も出てこないが、京弥が口にした通り、目的のために集まっていると考えてもおかしくなかった。
「一体何が……」
今から起ころうとしている何かに、蒼は背筋を冷やす。それから手首につけている数珠をそっと見つめる。良くないことが起こりそうなときは黒く染まる特殊な数珠。
「特に変化はない、か……」
透明な数珠は、ただ夜の闇を映しだしていた。




