第20話「真相と疑惑の式神」
「義姉様は怖い人です。お気をつけください」
わざとらしく京弥を煽った莉緒は、優雅に髪を靡かせてそのまま屋敷を出て行く。やけに濃い香が玄関に漂い、京弥は思わず鼻元を覆い、
「反吐が出るとは、こういう時に使うのか」
と、呟くと、口元の布を外す。それから、「蒼の忠告【取りやめるのが正当だよ】は、すぐには聞けなそうにないな」と、軽いため息を漏らした。
あんな家族を見せられては、このまま柚月葉を架谷家に戻すわけにはいかないだろうと。
「柚月葉様、お茶をお持ちしました」
ゆっくり飲んで、気持ちを落ち着かせてくださいと、美坂が部屋にお茶を運び、その様子を碧海は壁に背を預けて見ていた。
「朱珠音さん、ありがとうございます」
「わたくしは、これっぽっちも信じておりませんから」
まだ怒っているのか、美坂は頬を膨らませて、架谷家の者が口にしたことなど全て嘘だと言う。柚月葉がそんなことをするはずがないと、言ってくれる。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして……」
「柚月葉様が謝ることありません!」
「でも……」
柚月葉が言葉を濁すと、碧海が腕組をしたまま頭上から声をかけてきた。
「事実ではありませんよね」
何かを確かめるように問われ、柚月葉はまた俯いてしまった。
「私は要らない子だから、疫病神だから仕方ないんです」
両手で湯呑を握り締めたまま、じっと茶を見つめる柚月葉に、美坂がそっと近寄る。
「柚月葉様は、あそこでどのようにお過ごしになってきたのですか?」
「差し支えなければ、お話をお聞かせください」
碧海もぜひ聞きたいと、真実を知りたいと優しく問いかける。
どうせもう終わりは近いのだから、誰かに話しても大丈夫? ずっと苦しかったコレを吐きだしてもいいのかと、湯呑を強く握る。
架谷家に戻るつもりはないし、戻れないと分かっている。最後に胸に詰まっているものを取ってもいいのかと、柚月葉様は美坂を見てから、碧海を見た。
「大丈夫ですよ、わたくしは何をお聞きしても口外いたしません」
秘密は厳守すると誓ってくれた美坂に、碧海も首を縦に振る。
「私も誰かに話すつもりはありません」
二人からそう言われ、柚月葉は架谷家で過ごしていた状況をポツリ、ポツリと話し始める。
窓もない物置で寝起きしていたこと、ご飯は残り物をいただいていたこと、掃除や洗濯をしていたこと、台所に立つことを禁止されていたことなど、簡単に話し終えると、美坂が涙を拭っていて、柚月葉は慌てて美坂の顔を覗き込む。
「違うんですっ、全部私が出来が悪いからで、だからこれは仕方なくて……」
慌てて家族が悪いんじゃないと言う柚月葉に、美坂は益々涙が止まらなくなる。
「そのような苦労をしてきたのですね」
そんな仕打ちを受けてきたにもかかわらず、あの家族を悪く言おうとしない柚月葉に、美坂はどれほど優しいのかと、思わず柚月葉を抱きしめていた。
「朱珠音さん!」
「少しだけ抱きしめさせてください」
「……碧海さん」
困ったように視線を向けられた碧海だったが、「少しだけ付き合ってあげてください」と願い出た。それほどまでに辛い生活を送られていたなんて、やはりあの時、殴っておけば良かったと思いながらも、碧海はそっと部屋をでて驚く。
「京弥、……様」
部屋の外に佇む京弥を見つけ、もしや今の話を耳にと、目を見開けば、京弥の顔がいつもにもまして険しく、憎悪に染まっていた。
やはり聞いていたのだろうと、碧海はなんと声を掛けていいか分からず、しばしそこに佇む。
するといきなり京弥が腰に手をあて、柚月葉の部屋に入ると窓を大きく開け放ち、剣を振った。
「京弥様?!」
何事かと碧海も後を追いかける。
「何かがいたような気がしただけだ」
「穢れの類ですか?」
「ああ、問題ない」
そう言った京弥は今切ったであろう紙切れを眼下に見る。
(これは蒼の式なのか?)
式神を使う者など祁答院蒼しか思いつかず、なぜここに? と、眉が上がる。しかも柚月葉の部屋の外とは一体どういうことなのかと、碧海に気づかれないように、紙切れを拾った京弥は、懐に術が書かれた紙切れを仕舞い、近日中に事情を尋ねようと決めた。
一体何の目的で式神をここへ飛ばしていたのか? 柚月葉を監視していたのか、それともこの屋敷を見張っていたのか、疑っているわけではないが、式神が使用されていたことに疑心を持つ。
「大変申し訳ございませんでした」
京弥が部屋に戻れば、柚月葉が美坂の腕を振りほどき、土下座をしていた。
「何のことだ」
「私のせいで、ご迷惑をおかけしてしまって。今すぐにでも出て行きます!」
これ以上迷惑はかけられないと、柚月葉は強くそう言葉にしたが、京弥はそんな柚月葉に「届けにサインをするまでは、居てもらわなくては困る」と告げる。
書類にサインをするだけ、それだけならと柚月葉は、さらに頭を下げて、
「では、明日にでも」
と、事を急ぐ。
なぜそんなに急ぐ必要がある。どう考えても架谷家に戻るという選択肢はない。では、柚月葉はどこへいくというのか? 行く当てがなければ柚月葉はどうなる?
「すまない、実家にも説明をしなければならず、あと数日はかかりそうだ」
なぜか事を引き延ばした。
あんな話を耳にして、実際に架谷家に会ってしまったら、引き返せなくなっていた。
「……そうですか」
項垂れる柚月葉に、京弥はかける言葉が見つからなかった。
――*――*――
「今夜は西の堀ですか」
直属の部下の篁和太琉が、後ろから歩きながらそう声を掛けてきた。怨霊の出る位置は蒼の占いによって大体把握ができる。怨霊が出現しそうなときは、決まって蒼から式神が飛ばされ、京弥の机にメモが残される。
以前はそれほど出動もなかったのだが、このところ五日に一度ほどの頻度で討伐に向かっていた。
「和太琉、気を引き締めなさい」
同じく直属の宇佐崎凪が背中を叩けば、篁は「はい」と素直に返事を返した。他の部下には念のため近隣の警備に当たらせている。
蒼の占いも完ぺきではない。必ずしもそこに出るとは言えず、近場に現れることもあるからだ。
「それにしても、怨霊の出現率が高まっていますね神白隊長」
「宇佐崎も感じていたか。何か良くないことが起こらなければよいが」
ここに怨霊が集まっているのではないかと、不安を抱えていた京弥は先日蒼にも話したが、その力が高まっていることにも疑心を抱いていた。




