第19話「事実無根」
(運命だとするならば、それは柚月葉との出会いだろう)
結婚に興味など微塵もなかった、妻という置物さえあればいいと考えていた。だが、余計な検索をしてしまったことにより、京弥の心に柚月葉が刻まれ始めてしまった。
知れば知るほど、その闇に引き込まれていく自分がいた。
架谷家の思惑は【金と地位】なのだろうと思えば、京弥にはどす黒い靄が見えたような気がした。怨霊と対峙しているせいか、念のような嫌悪感がすると、顔を顰めるが、決して声には出さない。
ここでまた妙な噂がたてば、碧海や美坂に迷惑がかかると、京弥は腕の一本も切ってしまいたい衝動を抑え込み冷静になるように自分を鎮める。
「先日は、柚月葉に団子を拾わせていたな」
「あれはッ、義姉様にお団子を分けてあげようとして、落としてしまって、それを義姉様が拾ってくださったのですわ」
自分は美味しい団子を分けてあげようとしただけだと、声を荒げ言い訳をしてきたが、どうみても食べさせようとしていたのは明らかで、
「落ちた団子を食べろと言ったのではないのか?」
問い詰めるように質問すれば、莉緒の顔色が変わる。
「莉緒、お前そんなことをしたのかっ」
「お父様、違うのです。本当に団子は落としてしまっただけで。……ねえ、義姉様そうでしょう」
畳の上を這うように柚月葉に近づく莉緒は、同意を求めるが、完全に固まってしまっている柚月葉は顔も上げない。
ここで柚月葉が否定すれば、架谷はどんな顔をするのか見ものだと、高みの見物をしていた京弥は、次の瞬間思わず声をあげそうになった。
「……莉緒の言う通りです」
柚月葉はそれを肯定した。
「ほら、私の言った通りではありませんか」
何も悪いことなどしていないと、莉緒は開き直り元の位置に戻る。
(なぜだ)
驚いた京弥が柚月葉を見れば、硬く握った拳がワナワナと震えていた。部屋に満ちる空気が重く淀んでいく。
(否定すればいいだろう)
京弥は自分がその場にいたのだから、柚月葉が否定すればそれを餌に架谷家に強く出れると、黒い靄がかかるこの者たちを追い払うこともできようと、奥歯を噛んだ。
蒼ほど明確に靄が見えるわけではないが、京弥にも人間の持つ穢れや怨霊の靄が僅かに見える。だからこそ、怨霊と人間の区別が分かり切ることができるのだが、一般人からみれば、人を切っているように見えないわけではない。ゆえに人を平気で切れる残忍な男だと、いつしか噂だけが広がっている。その穢れが架谷家にも僅かに見え、京弥は気分が悪いと顔を顰めるが、それよりも柚月葉が莉緒の言葉を否定しなかったことに驚きが隠せない。
明らかに落ちた団子を食えと言ったはずだが、なぜ柚月葉はそれを認めない? 京弥が俯いたまま震える柚月葉を横目に見ていたら、
「実は、柚月葉は私の娘ではないのです」
少し前にでた亮成が唐突に話を切り出した。蒼から聞いていたから、それほど驚くことはなかったが、亮成は続けてとんでもないことまで言い出す。
「柚月葉の親はすでに亡くなっており、出来損ないの娘を可哀想だと、私が引き取ったのですが、莉緒や私たちに嫌がらせばかりして、あげく店の金にまで手を出して、本当に手に負えない娘なのです」
「何を……」
それを聞いたとたん、碧海が動こうとして、京弥がすぐに動きを制止する。唇を噛んだ碧海は京弥の制止に大人しく従うが、表情は硬く怒りを抑えられていなかった。
柚月葉がそんなことをするはずがないと、碧海は怒りで震えまで起こる。
「莉緒にも手を挙げて、痣になったこともあるのです」
「そうですわ、私のモノをすぐに欲しがって、全部とってしまうの」
亮成に続いて、なつめ、莉緒も酷い目にあっていたと口を合わせる。そして、すぐにでも離縁した方が京弥のためだと促す。
ここまで言われても柚月葉は何も言わず、黙って座ったままで、京弥はその不気味な光景に背筋が少しだけ冷える。
(なぜ何も言わない)
柚月葉のことを知っているわけではないが、決してそのようなことをするような女性には見えず、否定すればいいだろうと、怒りさえこみ上げてくる。
「それに引き換え、莉緒は大人しく、美しく、とても優しい娘です」
神白家に相応しい娘だと、両親揃って京弥に推すが、その時、
バンッ
と、襖が開け放たれた。
「もう我慢なりません。柚月葉様はそのようなお方ではありません!」
硬くなっていた柚月葉を抱きしめるように美坂が、現れたのだ。
「朱珠音さんっ」
驚いた柚月葉は、ようやくいつもの声を出した。
そして、「お部屋に戻りましょう」と言って、美坂は強引に柚月葉の手を引くと、引きずるように部屋を出て行ってしまった。
「……ったく、実乃吏頼む」
見事にぶち壊してくれたなと、京弥は碧海に後を追うように指示をだし、架谷家と一人で対面することになった。
「なんなのあの人。失礼だわ」
話の途中で柚月葉を連れ出すなんてと、莉緒が怒りを露にするが、京弥もこれ以上は聞いていられなかったと、内心ではほっとしていた。
「うちの下女が失礼をした。この話はまた日を改めてでよいか?」
「離縁なさる時は、柚月葉を迎えに参りますので、お早い決断をお願いいたします」
亮成はそう口にし深く頭をさげ、莉緒は「よいお返事をお待ちしております」と、丁寧に頭を下げたが、返事などするはずもなく、京弥はそのまま自らが玄関まで送り届けた。
その際、莉緒はゆっくりと振り返ると、心配そうに顔を顰めた。
「義姉様にはお気を付けください」
「どういう意味だ」
「裏があるのです」
莉緒は少し俯き加減に京弥にそう伝えると、いきなり顔をあげて「私、京弥様に何かあったらと心配なのです」と、手を掴んできた。
「何があると言う?」
「義姉様は穢れを持ち、隠し事があるのです」
莉緒は怯えるように瞳を震わせ、自分は怖くてそれを確かめることは出来ないけど、誰もいない場所で何かと話をしていたり、不気味に物陰にいるのですと話す。
確かに柚月葉は大人しすぎるほど静かだが、怨霊に繋がっているとは思えない。
京弥は莉緒を冷たい視線で見たが、手を掴む力を強められ「どうか、何事もありませんように」と、なぜか祈ってきた。




