第17話「架谷家の吉報」
書類など明日にでも用意できたが、京弥は咄嗟に引き留めてしまっていた。こんなにもあっさり受け入れてくれるとは思わず、罪悪感が迫った。
「それでは、数日お世話になります。ありがとうございます」
「ご両親には俺から話に行くが、一緒に行くか?」
「――ッ」
「どうかしたか?」
両親と言葉を出すと、柚月葉の顔色が真っ青に変わった。それから若干の震えがでて、柚月葉は下を向いたまま「説明は不要です」と小さく声を出した。
「結婚相手を間違えるなんて、詫びをせねば……」
「私が、……私が説明しますので」
バッと顔をあげた柚月葉は、身を乗り出してこのことは誰にも言わないで欲しいと懇願してきた。だがしかし、
「義妹には話してしまったが」
と、口にすれば、柚月葉の顔色はますます青くなる。
先ほど偶然出会った、柚月葉の義妹だと名乗る莉緒に事情を話してしまったと京弥が言えば、柚月葉もそれを思い出したように、震えながら席につく。
今頃莉緒が今日の出来事を話している、そう思っただけで柚月葉は全身の血が引く。約束していた方とは別の方と結婚してしまったことに、両親の怒りはきっと物凄いだろうと。それに相手の方もきっとお怒りになっている。そう考えたら視界が真っ暗になる。
「大丈夫か?」
あまりの顔色の悪さに京弥が心配そうに声をかけるが、柚月葉は顔をあげない。
結局そのまま柚月葉は一言もしゃべることなく京弥と屋敷に戻り、そのまま朝まで顔を見せることはなった。
――*――*――
その頃、浮足立って家に戻った莉緒は、「大ニュースよ」と、大声をあげて父親の部屋に顔を見せた。
「どうしたんだ、大きな声を出して」
「お父様、朗報ですわ」
「何かいいことでもあったのか?」
亮成に抱きつくように寄り添った莉緒は、下から覗き込むように視線をあげると、口角を吊り上げる。
「家のゴミ屑がようやく役にたったわ」
猫なで声を出しながら、話の内容を焦らし、亮成は早く言いなさいと急かす。
「柚月葉が、相手の手違いで神白家に嫁いでいたのよ」
「神白家だとッ」
「ええ、あの神白家よ」
商いをしていて、その名を知らない者はいないほど有名な家系。しかもその財は国にも匹敵するとまで噂までされている。
「それはどういうことなんだ莉緒」
飛びつく勢いで亮成が莉緒に迫れば、今度はガッカリした表情を見せられる。
「けれど、相手が間違いだったって気づいてしまって、もうすぐ離縁されてしまうの」
「なんだと」
「当たり前よね、あんな屑を妻にするなんて、どう考えてもおかしいもの」
役立たずの疫病神を妻にする男なんて、屑しかいないと莉緒は不敵に笑うが、亮成はそれどころではない。
神白といえば、御薬袋様の特別御用達と言われており、調度品から食材まで何でも揃えていると聞く。その上、町民ごときがお近づきになることは許されていない。
そんな神白家に接点ができた。このチャンスを逃してなるものかと、亮成の体に力が入る。
もしも神白家と繋がりができれば、今よりももっともっと金が入る。なんとかならないかと、眉間に皺を寄せ考えこめば、莉緒が亮成の着物を掴む。
「お父様、私ね、……京弥様とお食事の約束をしてまいりましたの」
あんな屑を押しつけてしまって申し訳ないと、謝罪したいと申し出たら、快く受けてくださったと莉緒が説明すれば、
「莉緒! よくやった」
「でしょう」
「莉緒は誰よりも美しい。京弥様もきっとお気に召すはずだ」
お目にかかることなどないと思っていた神白家に、莉緒を連れいけば、喜んで妻にと申し出てくれるだろうと、亮成の顔が緩む。
あの薄汚い柚月葉の代わりに莉緒を差し出せば、架谷家の名も上がり、神白家との繋がりもできる。これほど楽しいことはない。
「莉緒ならば、神白家に申し分ないだろう」
謝罪の場を設け、そこで莉緒を薦め、あの役立たずを引き取ればなんの問題もない。と、亮成の顔に欲にまみれた笑みが浮かぶ。
「疫病神でも役に立つときがあったな」
いつ捨てようかと機会を伺っていたが、神白家と繋がることができるなんて、上出来じゃないかと、元々の結婚相手より断然いいと亮成は笑いが止まらなくなる。
「こうしてはいられない。莉緒に相応しい着物を新調せねば」
「本当ですの? 嬉しいですわお父様」
「当たり前だろう、神白家に嫁ぐならそれ相応の身だしなみをせねば」
いつあちらから声がかかるかも分からないと、亮成は妻のなつめを呼び、事情を説明した上で莉緒と呉服屋に出かけることを言い渡す。
「ゴミ屑がようやく役にたったわね」
「けれど、すぐに離縁の運びになるなんて、義姉はどれだけ屑なのかしら?」
「神白家にご迷惑をかけたんじゃないかしら」
「お母様、引き取ったら折檻したほうがいいんじゃない」
莉緒がそう言えば、なつめは久々に憂さを晴らせるかもしれないと、不敵に微笑む。
「そうね、人様にご迷惑をかけたのだもの、それ相応の罰は受けてもらわないと」
「そうよ、架谷家の恥ですもの」
二人はそう言いながら架谷家を出て行った。
――*――*――
架谷家と京弥の食事の場は、あれからすぐに行われた。架谷家から緊急の文が届けられ、一刻も早く謝罪をしたいと、急遽京弥の屋敷で対面が行われることになった。
躊躇いがあるわけではなかったが、この結婚を破棄することで実家に戻れと命令がくるかもしれないと、柚月葉との結婚白紙の手続きはまだ完了していなかったが、どうしてもすぐに話がしたいと架谷亮成からの申し出により、京弥はひとまずそれを承諾した形だ。
朝から顔色が優れない柚月葉だったが、当事者ということもあり、席に出席してもらうことにしたが、莉緒という女性に一度嫌悪感を抱いてしまった京弥も、なんとなく気が引けていた。
「京弥坊ちゃま、どこか気分が悪いのではありませんか?」
顔色が優れないと美坂が心配して声を掛けてきたが、京弥は軽く手を振り、
「それよりも柚月葉を見てやってくれ」
と、促す。




