第16話「小動物?」
「普段町に出ないのか?」
吐きだされた台詞から、町にほとんど出たことがないと伺え、京弥は箱入り娘なのかと声を掛ければ、柔らかくなった表情が強張って、影を生む。
「私は使用人ですから、用事がなければ外に出ることはありませんので」
「使用人?」
「あ、あの、違うんです。私が出来るのは掃除くらいしかなくて……」
使用人という言葉に引っ掛かり、京弥が繰り返せば、柚月葉が慌ててそれを誤魔化すように早口にしゃべり出す。自分は疫病神で、掃除くらいしか出来ることがなくて、家族に迷惑をかけていたのだと肩を落とす。
だが、京弥からしたら渡森家といえば裕福な方で、その娘が家事や仕事をすること自体が不自然だと考える。そんなものは下の者がすべてやってくれるはずではないのかと。
渡森家から架谷家に変わった、そのことで柚月葉は不当な扱いを受けるようになったのか? 蒼の話を重ねればそういうことになるのだろうと、何となく裏が見え、京弥はだから掃除をしたり、大人しくしているのか? と、今までの柚月葉の行動を照らし合わせる。
仕事をしないと家でも追い出されるのか? そんなことが浮かび、首を振る。
(娘を追い出すなど、あり得ないだろう)
『売られたんだよ』
蒼の言葉が脳裏によみがえり、京弥は一瞬息を飲むが、深追いは危険だとすぐに考えるのを辞めた。数日後には他人となる、自分は関係のないことだと割り切った。
だからなんと声を掛けようか悩んでいたら、
「神白様、こちらでよろしいでしょうか?」
ちょうど亭主はおむすびを運んできた。
笹の絵柄の入った皿に乗せられた3個のおむすびは、形も良くとても綺麗に盛り付けられていた。具材は塩・梅干し・こんぶの三種。
皿を京弥と柚月葉の前に置くと、京弥は亭主に「無理を言った」と声を掛けた。
「神白様に足を運んでいただけ光栄ですよ」
「お代は言い値で構わない」
「ありがとうございます」
亭主はゆっくりと頭をさげると、静かに立ち去った。
「こんなものでいいのか?」
本当におむすびでよかったのかと、京弥が声を掛ければ、柚月葉は真っ白なおむすびに釘付けになっていた。ふっくらとした米粒が潰されずに優しく握ってあるおむすびは、すごく綺麗で柚月葉は自然とおむすびをじっと見つめてしまっていた。
幼い頃に母が握ってくれたおむすびが目に浮かび、涙が溢れていた。
「お、おい! どうした?!」
おむすびを前にして突然泣き出してしまった柚月葉に、京弥が席を立つ。
「ごめんなさい。とても懐かしくて、……私……」
「懐かしい……?」
「お母さんがよく作ってくれたんです」
「おむすびを、か?」
「うちは米屋なので、朝ごはんやお昼ご飯にたくさん作ってくれて」
そこまで話した柚月葉は、着物をギュッと握り締めて「美味しかったんです、とても」と、声を震わせた。柚月葉の両親が亡くなっていることは蒼から聞いてはいたが、優しかったんだろうと容易に憶測できた。しかし米屋はそのまま架谷が継いでいるし、おむすびなどいくらでも食べられるだろうとも思い、
「今も食べているのだろう?」
と、声を掛ければ、柚月葉の肩が一瞬震えたのが見えた。
まさか、おむすびを食べさせてもらえていない? 待て、実乃吏が妙なことを言っていたなと、京弥は神白家で食事を提供したときに温かいご飯を食べていないと話していたことをふと思い出す。
(なんだ、胸がざわつく)
関わってはいけないと分かっているのに、柚月葉の素性が知りたいと好奇心が目を覚ます。それでも京弥は必死に首を左右に振り、余計なことに首を突っ込むなと自身を牽制する。
柚月葉と会話をするのはこれが最後かもしれないし、別れたら二度と会うこともないと、余計な検索は無用だと必死に唱える。
「冷めるぞ」
考え事を深めないように、京弥が食事を促せば、柚月葉はそっと手を伸ばしておむすびを手に取る。
大切に大切に掴まれたおむすびは、そのままその場に留まる。
「本当に食べてもよいのですか?」
食べたいと自ら言ったのに、柚月葉は京弥を真剣な眼差しで見つめると、食事をする許しを求めてきた。
「食べたいと言っただろう」
「……はい」
「ここの飯は美味い、俺が保証する」
そう言いながら、京弥はいつまでも食べない柚月葉を促すように、おむすびを口に運んだ。それをみた柚月葉もゆっくりとおむすびを口に運び、再び涙を流した。けれどその表情は笑顔だった。
「とても美味しいです……」
まるで初めて美味しいものを口にしたように、信じられないほど嬉しそうに笑う柚月葉は、たかが塩で握ったおむすびを一口一口噛み締めるように食べる。
(どんな食事をとっていたんだ)
柚月葉の様子にさすがにただ事ではないだろうと、京弥はおむすびを食べるのをやめ、しばし柚月葉を見つめてしまう。
大事に両手でしっかりと包み込むように持つおむすびは、本当に美味しそうに見えた。米粒を観察しながら食べているのか、柚月葉はときどきじっとおむすびを見つめては、口元をほころばせて食べる。
小動物みたいだなと、京弥も自然と口元が緩んでいた。
仲良くおむすびを食べ終わったころ、京弥は姿勢を正し、謝罪することがあると切り出した。
「謝罪されるようなことは……」
「此度の結婚だが、間違いがあった」
「……」
京弥がそう口にすれば、柚月葉は下を向く。やはり私ではなく莉緒が相手だったのだろうと、柚月葉は全身に力を入れる。それでもそれが正しいことなのだと理解し、柚月葉はそっと顔をあげた。
「京弥様のせいではありません。私が疫病神だから……」
精一杯の笑みを浮かべて、今まで厄介になってしまい申し訳ないと頭を下げる。
「いや、俺が相手を間違えてしまったことが事の始まりだ」
「こんな私を屋敷に置いてくださり、感謝いたしておりますので、どうぞ頭を下げないでください」
自分が京弥の妻になるなんて、どう考えてもおかしいと柚月葉は笑う。こんなにも優しい方が私を選ぶはずなんてないと、柚月葉は机に指をつき、深々と頭を下げた。
「謝るのは俺だ。柚月葉の名に傷をつけてしまった」
離縁すれば、噂にもなり、新たな結婚に支障が出ると分かるだけに、京弥は自分の愚かな判断でとんでもないことをしてしまったと、言葉を続けるが、柚月葉は「大丈夫です」と言い切る。
「しかしっ……」
「本日中にお屋敷を去った方がよろしいでしょうか?」
ゆっくりと顔をあげた柚月葉は、荷物はそれほどないので、すぐにでも出て行けると言うが、京弥は「書類の手配に数日はかかる、それまではいてくれ」と言葉にした。




