第14話「理由なき疫病神」
だがしかし、柚月葉から怨霊の気配など感じたことはなく、京弥は目を細めて莉緒を見るが、口元を覆っているせいで上手く表情を読み取れない。
嘘か真か、判断することが難しい。それに、柚月葉は先程から一言も喋らず、否定すらしない。ここまで言われて何も言い返せないとなると、どこまで真実なのかと疑心の目が向く。
「怨霊?」
「ええ、夜な夜な誰かと話している声を聞いたものがいるのです。怖いわ」
「柚月葉、それは本当か?」
目の前の女に聞いても分からないと、京弥は本人にそれを問うが俯いたまま何も答えなかった。
数日中には結婚を破棄する予定だったので、特別気にするようなこともなかったはずなのに、京弥は俯く柚月葉から目が離せなくなる。
(どんな暮らしをしてきたんだ)
落とした団子を食わせようとしたり、義姉であるはずの柚月葉を虫を見るように見下す莉緒。それに、正門から家に入れず、温かい食事も提供されていなかった。
京弥は何も答えない柚月葉から視線を反らし、莉緒を見る。
「日を改めて謝罪に……」
「そんな、京弥様に謝らなければならないのは私達の方ですわ」
粗悪な義姉である柚月葉と結婚させてしまって、申し訳ないと莉緒が声を高くする。そして、莉緒は京弥の手を取ると優しく包み込むように握りしめ、
「私に謝罪の場をいただけませんでしょうか?」
と提案した。
触れられる手を今すぐにでも振り払いたかったが、騒ぎになると面倒だと内心で舌打ちをしつつも、これは好機かもしれないと思い直す。
関わるつもりなどなかったが、実乃吏からの報告といい、莉緒という女の言動には気になる点が多すぎると、京弥は一瞬目を細めると、強張る顔を緩める。
「俺は構わないが」
「本当ですか?! こんな出来損ないを預かっていただいたこと感謝いたしますわ」
「後日遣いの者を送る、日時はその時に」
これ以上話をしたくないと、京弥は話を切るようにそう口にし、柚月葉の手を取った。
「……ぇ?」
「行くぞ」
突然手を掴まれ、柚月葉は驚きとともに京弥を見るが、さっさと薄墨色の布で口元を覆うと歩き出す。
「まあっ、京弥様! そんな方の手を掴むと不幸になりますわ」
慌てたのは莉緒も同じで、京弥が柚月葉に触るなんて思いもよらず、とっさに繋いだ手を振り払った。
「なんだ?」
「穢が移ります。そうでしょう義姉様」
「柚月葉?」
莉緒によって解かれた手をぎゅっと包みこんで、柚月葉はわずかに唇を噛んでいた。
「義姉様は、疫病神ではありませんか」
架谷家での暮らしを思い出せと莉緒が不敵な笑みを見せれば、冷たく暗い部屋が脳裏に浮かんだ。何をやっても怒られてばかりで、みんなに迷惑をかけていた。
私が疫病神のせいで……
そこまで考えてしまった柚月葉は、自分の手を隠すように握りしめ、「ごめんなさい」と述べた。
一体何を謝られたのか分からない京弥は、莉緒は毒だと軽く息を呑む。この女からは真っ黒な気配しか伺えないと、京弥は莉緒の正面に立つ。
「結婚白紙の手続き等があるので、失礼する」
取り違えを正すため、一度白紙に戻すつもりだと伝えれば、莉緒の顔が憂いを帯びる。
「そうですわね、間違いは早く正さないといけませんわ」
「では、これで」
「ご連絡、心よりお待ちしておりますわ」
京弥が軽く頭を下げれば、莉緒はにこやかに会釈をして、次に会える日を楽しみにしていると口にした。
莉緒という女から離れ、京弥は碧海が後ろに控えていたことに気づく。
「京弥様、お手を煩わせました」
口を挟むべきではないと、傍観していた碧海は丁寧に頭を下げる。柚月葉の着物の手配を終え、少し店の者と話し込んでしまったがために、柚月葉を一人にしてしまったと、謝罪する。
咎められるだろうと心して頭を下げたが、京弥からは意外な返答があった。
「そのまま帰宅しろ」
「私一人で、ですか?」
「柚月葉は俺が預かる」
もしかしたら、一緒に役所に出向き、婚約破棄の手続きをするのかもしれないと、碧海はここで別れになってしまうかもしれないと柚月葉を見るが、俯いたまま何かに怯えているようで、視線すら合わせることが出来ない。
架谷家に出向けばまた会うこともあるだろうと、碧海はひとまず京弥に言われたままに「では、私はこれで」短く声に出すと帰路についた。
碧海が歩きだすと、京弥は柚月葉の全身を見て、軽いため息を溢す。
先程の派手な女と姉妹とは思えないほど、地味だと。
こんな身なりをさせていたせいで、ろくでもない仕打ちを受けたのではないかと、モヤモヤしてきた。
仮にも自分の妻が、野蛮な女に馬鹿にされたのがなんだか腹立たしくもあり、京弥は柚月葉の腕を掴むと「こい」と強く言い、引っ張るように歩き出した。
向かった先は【呉服屋】
「これはこれは、京弥様。いつもご贔屓にありがとうございます」
暖簾をくぐり、顔を見せれば番頭が一番に声をかけてきて、すぐに店の亭主を呼んでくれた。勘違いで妻にしてしまった柚月葉と一緒にいるところを、神白家に繋がるようなところで見つかりたくなく、碧海のいた呉服屋とは別の呉服屋を選んだ。
近々結婚を破棄する予定でもあるのだから、本家に広まるのを避けたかった。
「突然のことで申し訳ないが、今すぐ購入できる着物が欲しい」
「今ですか?」
「着替えさせて欲しい」
後ろにいた柚月葉を前に押し出し、今着ている着物より良いものを着せてほしいと言う。
「き、京弥様っ」
「少し着飾ってみたらどうだ」
「先ほど2点も買っていただきましたっ」
碧海と着物を注文してきたばかりだと、柚月葉は両手を振ってみる。そうすれば京弥の顔が強張る。
自分の早とちりで、結婚をさせてしまったことへの詫びのつもりと、結婚破棄の詫びで着物を贈るつもりだったのだが、頼んだ数と合わないことについ声が強まる。
「2着だけとはどういうことだ」
碧海には5着ほど頼んだはずだと目を細めたら、柚月葉が申し訳無さそうに視線をそらす。
「私なんかに着物を買っていただくなんて、申し訳なくて、……その、あの……」
どうやら拒否されたようだと、京弥は不思議でならなかった。好きな着物を買っていいと言って、喜ばない女がいるのか? と。
だから、




