第13話「落ちる団子と薄墨色の素顔」
毎日お風呂に入らせてもらっているのだから、そんな匂いするはずがないと声を出せば、莉緒の目が細くなる。
「薄汚い着物と髪で、よく言うわね」
「きちんと洗濯しています」
「川で水に浸すのが洗濯? 面白いことを仰るのね」
柚月葉が川で洗濯をしていると、耳に挟んだことがあり、莉緒は皮肉を込めてそう言い返す。
神白家でも柚月葉は、近くの川で一度だけ洗ったことがあり、言い返せなくなってしまう。ちゃんと石鹸を使用して洗ってはいるが、ここでそれを口にしたところで川で洗濯していたことに変わりはなく、口を閉じてしまう。
黙り込んで俯く柚月葉に、莉緒は手を叩く勢いで手にしていた荷物を持ち直す。
「そうだわ、これで最後かもしれないでしょう」
今すぐ出て行けと言わんばかりに、莉緒は最後の別れだと言うと、包を開いて中身を見せる。
鮮やか包の中身は、美味しそうな団子がいくつもあった。
丁寧に包装を開き、莉緒は串で団子を一つ持ち上げると、
「あっ、落としてしまいましたわ」
わざと地面に団子を一つ落とした。
落ちた団子は砂まみれとなり、柚月葉の足元に転がる。
「お腹空いてるんでしょう。食べなさいよ」
落ちた団子を食べるように言われ、柚月葉は驚いて顔を上げる。
「もったいないでしょう。このお団子お高いのよ」
「……」
「可哀想な義姉さまに、分けてあげるの。嬉しいでしょう」
高級な団子なんか、一生食べられないんだから、どうぞと笑う。
「わ、わたしは……」
「なに? 慈悲で分けてあげるのよ、食べなさい」
戸惑う柚月葉に莉緒が声を荒げれば、恐怖で声が出なくなる。地面に転がる団子をただ見つめていたら、莉緒が肩に手を掛ける。
「食べなさいよ」
クスクスと笑うように肩を押され、柚月葉は逆らうことができず、地面に膝をつく。
それを見た莉緒は、気を良くしてもう一つ団子を手にする。
「食べたいだけ差し上げますわよ」
もちろんここから落として、と、欲しいだけ団子を下に落としてあげると、嬉しそうに声を出せば、周囲の男達も笑い出す。
莉緒から逃れるにはこれを食べるしかないのだろうと、柚月葉は拾い上げた団子の砂を払う。
そうすれば、莉緒から機嫌の悪い声が降る。
「そのまま食べなさいよ」
砂なんか落とさずそのまま口に入れろと命が下る。染み付いた恐怖が動きを止め、柚月葉は拾い上げた団子を口に運んだ。
「よせっ!」
あと少しで口に届くところで、柚月葉の手を叩き落とした者がいた。叩かれた手から団子が再び地面に転がる。
「……あ、っ」
「邪魔しないで」
突然現れた男に莉緒が不機嫌な声をあげるが、男は構わず柚月葉を立ち上がらせる。
「食べなくていい」
「ぇ、……京弥さ、ま」
「どのような関係かは知らないが、見過ごせる範囲を超えている」
いくら柚月葉に興味がないとはいえ、これはやりすぎだと睨めば、莉緒の顔が歪む。
「この人、私の義姉様なの、他人に口を挟まれる筋合いはないわ」
身内同士のやりとりなのだから、とっとと消えてと言うように莉緒が声を出せば、京弥は口元を覆っていた薄墨色の布を外した。
綺麗に整った素顔を見せれば、莉緒の表情が変わる。
「失礼した。俺は神白京弥、柚月葉の夫だ」
口を挟む権利はあると伝えれば、莉緒の顔がみるみる赤くなる。
「何を言っているの?!」
「何とは?」
「義姉様は、隣町の商人の屋敷に嫁に行ったはずよ!」
金と引き換えに売られたはずなのに、どうしてこんなにも綺麗な方と結婚など。
ありえないと莉緒が声を荒げれば、周りにいた男性たちが神白の名に身を引く。
(神白? そういえば帝上に数々の品を納めている富豪の名家だと)
莉緒は目の前の男の顔をみながら、京弥という名に聞き覚えがあることを思い出す。
顔を布で覆い隠し、人の心を持たない中将がいると聞いたことがあった。怨霊を討伐している部隊隊長をしており、その残忍さは人ではないと噂されていた。
でもまさか、これほどまでに綺麗な方だとは知らなかった。
それに。
「俺の手違いでの結婚だ。柚月葉の相手には悪いことをしてしまった」
噂とは違い、ちゃんと礼儀を踏まえていた。
噂など所詮誰かの妬みなのだろうと、莉緒は軽く髪と着物を整えると、京弥に優しい笑みを見せる。
「それは気の毒ですわ」
何かの間違いでこの薄汚い義姉様を嫁にしてしまうなんて、可哀想だと、涙を流すふりをする。そのわざとらしい仕草に京弥はつい眉間に皺を寄せてしまい、慌てて顔を解す。
「俺も今まで気づかず、挨拶に行くのが遅れた。申し訳ない」
「それって……」
「取り違えが発覚したのが、昨日今日の話で、事実確認をしていた」
京弥の方でいろいろ調べていた、だから、報告が遅れたと話す。当然取り違えがあったことなど架谷家も知るはずもない。
柚月葉を売った金は前金でいただいている。その後、商売の話をする予定であったが、さすがに人身売買まがいのことをしていたため、時を空ける手はずだったのだ。
売った相手の男は女癖が悪く、すぐに暴力を振りたがるそんな男だと聞いた。人前では愛想が良いが、家庭内は荒れていたと聞き、柚月葉なら好きにしていいし、文句も言わないと添えた。それに乗った相手方は、名もある架谷家の娘を嫁にすることで、家の品を落とさず、息子の当て馬に丁度いいとすぐに金を用意してくれたのだ。
しばらく連絡はしない。そう取り決めていたから架谷家は取り違えが起こったことなど知る由もなかった。
莉緒は京弥から話を聞き、柚月葉と結婚するくらいなら、私のほうが断然いいと、思いつく。
神白家といえば、一生遊んで暮らせるだけの金もあるだろうし、自分を好きなだけ着飾ることだってできる。それに、目の前の綺麗な方の妻になれたら、どれだけ鼻が高いか。
皆が羨ましがる生活が送れると、莉緒はハンカチで口元を覆うと悲しげに目を伏せる。
「なんと失礼なことをしてしまったのでしょう……」
大袈裟に泣き真似をした莉緒は、京弥を可哀相だと嘆く。
「俺が確認を怠った、それだけのこと」
「いいえ、出来損ないの義姉様を京弥様に拾っていただくなんて、架谷家の恥ですわ」
莉緒は柚月葉をゴミを見るように見ながら、怨霊に取り憑かれている、恐ろしい女だとも言う。




