第11話「焼きおむすび」
五つの頃、自分には不思議な能力があることに気づいた。誰にも見えない何かが見え、会話することもできた。
『誰もいないよ』
『いるよ! ここに女の子がいるでしょう』
物陰に膝を抱えて座り込む女の子を指さして教えてあげるけど、誰にも見えない。
『寂しいって、泣いてるの』
どうしたらいいって、周りの子に聞いても、みんな『何言ってるの?』って、相手にもしてくれない。
自分にだけ見える女の子、慰めることも出来ず、ただ傍にいてあげた。
道端にもたくさんの人がいたし、ときどきうめき声も聞こえる。
けれど誰もかれも助けてあげられないし、蒼はただ傍に居てあげることしかできなかった。
『薄気味悪い子供だ』
『あんたなんて、生むんじゃなかったよ』
母親から言われたその言葉が今でも忘れられない。
『出て行けッ』
家族との別れはそれきり。
今はもう顔も思い出せないなぁ~。と、蒼は苦笑しながら懐に手を差し入れる。
「お節介が過ぎるよ、まったく」
境遇が少し似ているせいか、気になり始めたら居ても経ってもいられなくなり、蒼は一枚の紙を取り出すと、そこへ墨で文様を描く。
「せめて、怨霊にならないようにしないと」
この世に未練や恨みを残して命を絶てば、怨霊になるかもしれないと、蒼は術を乗せて息を吹きかける。
そうすれば、一枚の紙は鳥の姿に変わり、大空高く舞い上がっていった。
――*――*――
「柚月葉様、ご昼食ならわたくしが……」
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、台所で昼食を用意していたら美坂が顔を出した。
「す、すみません勝手に……」
「構いませんよ。それより、お食事ならわたくしがお作りしますよ」
「焼きおむすびが食べたくなって」
この屋敷に不釣り合いなものが食べたいなんて、恥ずかしくて顔が赤くなる。白米を握ってみりん醤油を塗って焼くだけ。子供のおやつみたいなものが食べたいなんて、笑われてしまうかもしれないと下を向けば、美坂が焼いていたおむすびを覗き込む。
「この液体は、お醤油でしょうか?」
焼きおむすびを初めて見るのか、美坂は興味津々で黒茶の液体を眺める。
「みりんを入れて少し甘くしてあるんです」
「これを塗って焼くのですね」
「ええ、香ばしくてとても美味しいんです」
母がよく作ってくれたと話せば、美坂は「わたしくもいただいてもよろしいでしょうか?」と、身を乗り出す。
「どうぞ」
あまり美味しくないかもしれませんがと付け加えてから、焼いていたおむすびを皿に乗せた。
「まあ、なんと香ばしい」
熱々のおむすびを手に取って口にした美坂は、その味に頬が赤くなる。表面のパリッとした食感と、甘じょっぱい味がご飯の甘みを引き立てていた。
「喜んでいただけて、とても嬉しいです」
「このような食べ方もあるのですね」
「お母さんがよく作ってくれたんです」
「お母様はお料理上手ですね、今度いろいろ教えていただこうかしら?」
頬に手をあて、美坂がそう口にすれば、私は視線を落として俯いてしまった。懐かしいお母さんの姿が脳裏に浮かぶ。優しかった声が耳の奥に響いてくるような気がして、胸が痛い。
「……父も母ももういないんです」
絞り出すように声を出せば、美坂がハッと口を閉じる。
「も、申し訳ありません」
「いえ、私が伝えていなかったから」
深く頭を下げた美坂に、私は自分が説明していなかったのがいけないのだから、と必死に伝える。そして、父と母が幼い頃に事故で亡くなったことを伝えれば、美坂はとても優しい表情を浮かべて、焼きおむすびを見せてくれた。
「お母様の味をしっかり受け継いでおりますよ」
とてもおいしゅうございますと、嬉しそうに食べてくれた。
すごく嬉しかった。お母さんの味には全然届いていないけど、誰かに母の焼きおむすびを美味しいと言ってもらえるのは、なによりも嬉しかった。
「美味しそうな香りがしますね」
美坂とこっそり台所で焼きおむすびを食べていたら、碧海の声が聞こえた。
「実乃吏様、柚月葉様が焼きおむすびを作ってくださったのですよ」
「焼きおむすび? ですか?」
「ええ、香ばしくてとても美味しいおむすびなんです、ふふ」
聞きなれない料理名に、碧海も台所に入ってくる。机の上には茶色くなったおむすびが置いてあり、一瞬焦げたのではないかと顔を寄せるが、お醤油のよい香りが漂い、茶色は醤油の色だと気づく。しかし、お世辞にも見た目はそれほど美味しそうには見えない。
「良かったら、碧海さんもいかがですか?」
美坂に美味しいと言っていただけ、思わず薦めてしまってから、私は焼きおむすびを隠すように皿を少しだけ引く。
「ごめんなさい。こんなものを薦めてしまって……」
「おひとついただいても?」
香ばしい香りに誘われ、碧海が手を伸ばせば、柚月葉はそっと皿を元に戻す。こんがりと焼かれたおむすびは、海苔がなくとも手につくこともなく、碧海は口に運ぶと驚いたように目を大きくした。
焼けた醤油がなんとも言えない旨味をしっかりと引き出しており、米のカリっとした食感がとても美味しかった。
まるで柔らかいせんべいを食べているように思えた。
「美味しゅうございましょう」
「ええ、とても美味しいですね」
「海苔を巻いてもよいかと」
このままでも十分美味しいが、海苔を巻いてもきっと美味しいと美坂は海苔を探し出す。
すると、
「何か良い匂いがするな」
と、突然台所に京弥の声が響いた。
まさかこんな時間に京弥が屋敷に戻ってくるとは思わず、誰もが目を丸くする。
「京弥坊ちゃま?!」
「京弥様、出迎えもせず申し訳ありません」
碧海が頭を下げれば、京弥は軽く手を挙げ「忘れ物を取りに来ただけだ、気にするな」とあしらう。
それから机に上に乗った茶色のおむすびを視界に入れ、奇妙な顔をしつつも匂いに誘われ手を伸ばす。
「それはっ……」
京弥などが口にするものではないと、焦った柚月葉が声を出すが、京弥は焼きおむすびを掴むとそのまま口に運んでいた。




