第10話「面倒ごと」
「随分、厄介者扱いをされていたようだよ」
「娘だろう」
自分の娘を売りに出すような貧しい家系ではないはずだと、京弥が言えば、蒼は考え込むように少しだけ俯いた。
「架谷 亮成の実の娘ではない」
蒼は実の娘は莉緒であり、柚月葉は渡森家の娘だったと話す。事故で両親を失った柚月葉は架谷家に引き取られたと説明する。架谷なつめが柚月葉の父の妹なのだと言われた。
「例え実の娘でなくとも、売りに出すなど……」
「利益だよ!」
京弥の言葉を遮り、蒼いが珍しく声を荒げた。
「……蒼」
「すまない、……少し感情的になってしまったようだね」
深く調べたわけではなかったが、柚月葉の置かれた環境が酷く、蒼は顔を曇らせる。陰に隠し、ろくに食事も与えられておらず、物置よりも狭い部屋に閉じ込められていたらしいと耳にした。それが確かな情報かどうかは分からないが、柚月葉の姿を見た者の数が少なすぎることを考慮すれば、そこそこ間違いではないのかもしれないと、蒼は心を痛める。
だが、自分が何か出来るわけでもなく、京弥に頼まれた調査の一環に過ぎず、柚月葉の境遇など京弥には関係のないこと、伝える価値はない。
「架谷家は金銭的余裕がないのか?」
娘を売りに出すほど生活が切迫しているのだろうかと、京弥も眉間に皺を寄せるが、蒼は静かに首を振る。
「むしろ裕福すぎるくらいだ」
「だろうな。帝上に米を納品しているくらいだ、金に困っているはずはない」
「欲深いとでも言っておこうか」
蒼は毒を吐くように架谷家は金に汚いと付け加えた。金のためなら何でもやりかねない、そんな家だと伝える。
つまり、柚月葉を売りつけた家からも何らかの利益がもらえる予定だったのだろうと、蒼いが推測すれば、京弥が眉を上げた。
「仮に人身売買が行われたとしてもだ、さすがにもっと綺麗に仕込んでくるだろう」
どうみても裕福な家の娘の姿ではなかったと、京弥は柚月葉の身なりを不思議に思う。多額の金が入るとしたら、もっとまともな恰好をさせてくるはず、だが、柚月葉は少し良い着物と手入れの行き届いていない髪のまま料亭にいた。
京弥は蒼にそこを尋ねるが、静かに首を左右に振られる。
「そこまでは調べていないよ」
あくまでも京弥の結婚に関しての調査だった。取り違えがあったことだけ調べ、柚月葉のことは、興味本位で少しかじっただけだと伝える。
それを聞き、京弥は少しだけ口を閉じた。下手な検索は不要だろうと思いつつも、どこか腑に落ちないこの件に自然と眉が寄る。
「報告は以上だよ」
「あ、ああ。助かった」
「どういたしまして」
蒼がちょこんと頭を下げれば、報酬の羊羹を近日中に届けると約束する。
「……」
「どうしたんだい?」
急に黙り込んでしまった京弥に、蒼が茶を薦めながら声を掛ければ、何かを悩んでいるようだった。おそらく誤って結婚してしまったことをどうするか? そんなことを考えているのだろうと、蒼は空を眺めながらふと声を出す。
「取りやめるのが正当だよ」
架谷家の良い噂は聞かない。このまま柚月葉という女性と結婚したままだと、神白家によくないことが起きる。蒼はそう忠告する。ただの置物として置いておくのはいいけど、いずれ架谷家から妙な要求があるかもしれないと、危険も伝える。
ただ、榎室里桜の行方はいまだ分かっていないことを考えると、京弥が今結婚を白紙に戻すことで、軍に居られなくなることもあるかもしれないと不安要素も出てくる。
神白家は厳格な家系だと聞く。結婚することが軍にいる約束だったのなら、それを違えることは京弥にとって最悪の結果をもたらすかもしれない。
「面倒なことになった」
「榎室儀朗が無事娘を探し出せていれば、当初の計画どおりなんだけどね」
「今だ見つからず、か」
「必死に追ってはいるようだけど、どこの誰と駆け落ちしたかされも分からない状態だ」
ひとまず実家には結婚したことを書に綴って送りつけたが、この事実に気づけば何らかの介入をしてくるだろうと、京弥の表情が曇る。
だが、お披露目は三か月後としてある。現在軍が調査している不穏な怨霊の動きがあるためだ。原因は不明だが、この国に強い怨霊が集まりつつあることを察している。
討伐する怨霊の強さが格段に上がっているのが証拠だった。
「何にせよ、解消する」
全く関係のない女と結婚する利益などないと判断した京弥は、柚月葉をひとまず架谷家に戻すと口にする。
「そう、だね」
蒼から歯切れのよくない返事が返ってきたが、京弥は茶の礼を述べ、なぜか手を差し伸べた。
「いずれ手を貸してもらうかもしれない」
「私のかい?」
「ああ、怨霊の格が変化している」
負傷者の数が増えているのが気にかかると、京弥は「頼む」と軽く頭を下げる。
「大したことはできないよ」
たとえ陰陽者だとしても、それほど強大な能力を持っているわけではないと断っておく。かつて悪霊を退治していた陰陽者たちは、凄まじく強かったと言われていたが、現代に残るは自分一人。しかも僅かに術が使えるだけと苦笑して見せる。
そうすれば、京弥もまた苦笑する。
「式神を扱い、この屋敷を隠す術を持っているだろう」
「ご先祖様たちには敵わないよ」
所詮生き残りに過ぎないと、謙遜する。
「では、羊羹を1本追加でどうだ?」
これで少しは力を貸してくれるかと京弥が冗談を述べれば、蒼も笑ってみせた。
「そうだね、抹茶も欲しいかな」
「お安い御用だ」
来るべき時がきたら、出来る範囲で力を貸すと蒼は約束し、そのまま京弥と別れた。
幻影の外に京弥が姿を消すと、蒼はぼんやりと遠くを見る。
「柚月葉ちゃんが、架谷家に戻れる確率はない」
深く探ったわけでなかったが、売りに出されたということは、おそらく家に戻ることを許されていない。つまり、京弥から捨てられれば……。
そこまで考えた蒼は顔色を青く染める。
他人事ではあるが、首を挟んでしまったからには、どうしても気になってしまう。余程の好機に見舞われない限り、柚月葉の死は確定している。
だが、それを京弥に伝えてどうする? 架谷家と繋がることはどうあっても神白家にとって良くなく、かといって、余裕のある暮らしをしているわけでもない自分が引き取ることも難しい。
現時点で柚月葉を助けることはおそらく出来ない。
「不甲斐ない……な」
誰もいない縁側で苦笑した蒼の耳の奥に、『化け物がッ』と声がこだました。
「嫌な事思い出しちゃったよ」




