七十七話 異常だらけな中に正常があれば即ちそれが異常だし
「うぐぅ……」
「ど、どうした?なにか不満とかあるなら私が聞くぞ?」
正一郎(暫定)の気遣いの上、連れてこられたのは少しお高めなフレンチのお店であった。太陽としてはがっつり食べたかったので、オシャレなジェノベーゼのパスタだのやたら意識の高そうなサラダだのはお呼びでなかったのだ。正直に言えば少し歩いてでも二郎系を行きたかったまである。
しかしそんなことは言えない。幾ら直属の上司とはいえ、ごちそうになっている身でやっぱ二郎をがっつりやりたいですとかそんな図々しいことを太陽は言えないのであった。
「なんでもないですよ。皆川さん」
無難な返答でお茶を濁そうとする太陽であったが、しかし正一郎(暫定)は浮かない顔をする。
「その、苗字呼びとかも無理していないか?前みたいに名前で呼んでもいいんだぞ?」
その名前が分からないから困っているのだと太陽はのどまで出かかったが、しかしそれを押さえる。ここまで擬態してきた意味がなくなるからである。
「全然無理してないですよ。なんだかご心配かけてしまって申し訳ありません」
しかしそれでも心情を表に出さない太陽。実のところ、太陽は外面を気にするタイプであった。その方向がいつも不思議な方向にすっ飛んでいるのでそんな風には見えないのであるが、しかし今回に限っては正しい方向へ向かっている。それが故の太陽のストレスでもあるのだが、当の本人が気づいていないことがそのストレスを加速させているのだ。
「しかしなぁ……最近調子悪そうだし、私で良ければ話を聞くぞ?」
「そう言われても、あんまり人に言えるようなことでもないですし……」
頑なに話をしない太陽に、そんなにプライバシーにかかわることなのかと考えを巡らせた正一郎(暫定)は、ある一つの考えにたどり着く。
「ま、まさか、署内に好きな人が出来たとか……あまつさえ妊娠してるとか……!?」
「ない!ないです!そんなこと全く!全然!考えたこともないです!」
余りにも頓珍漢な正一郎(暫定)の推理に思わずツッコミを入れる太陽。自分のことでいっぱいいっぱいなのに、なんなら中身は男だというのに男と恋仲になるなんて考えもしていなかった。太陽の荒げた声に、周りが何事かと視線を向ける。太陽は己の非常識なふるまいを恥じて、その場でシュンと椅子に座り込んだ。
そんな中である。空気管に耐えられなくなった太陽が何気なく外を見ると、桐生院そわかが歩いているのを見かけた。なぜ分かったか、その答えは至極明快で、彼女は見た目が全く変わっていなかったのだ。
「……はぁぁぁぁ!?!?!?」
今まで以上に大きな声を出した太陽は、驚く正一郎(暫定)にかまうこともなく、その場から走って桐生院の元へと向かったのであった。




