七十二話 あべこべな世界なんて当事者以外は気にしないし
警察の社宅に帰った太陽は、札の使い道を考える。別の世界へ旅立てる札とか言う怪しい物、普通の人なら買うことすらためらう代物であるが、現状自分の手元にあることは事実。なら使うことを前提として考えることが人の常というものであろう。
「うーん、どんな世界が一番いいだろう……」
太陽は色んな世界を無双する。自身がお金持ちになった世界、色んな人に好かれる世界、自分以外の全員が女性の世界、夢だけがどんどん広がっていく。そうして太陽は、一つの世界に目標を定めた。
「よし決めた!僕以外が全員女の子の世界にしよう!……で、どうやって使うんだろうこのお札」
俗物の塊のような結論を出した太陽であるが、しかし彼の言葉の通り使い方については桐生院から説明を受けていない。一応祈ったりそれっぽいお経を唱えてみたりしたが、しかしお札はうんともすんとも言わなかった。
「あと試せるのは、魔力を込める、くらいかなぁ……」
太陽はハーレムの気持ちを込めて、札に魔力を込める。すると札が怪しく光り輝き
特に何も起こることなく、札の発光は収まった。
「……何も起こらないなぁ。まぁ、そんなもんか」
当てが外れたと落胆した太陽は札をゴミ箱にぶち込んで、そのまま布団に潜り込んだ。
翌日、太陽が目覚めると何かがおかしい事に気が付いた。何となく体が重いのだ。風邪でも引いたかと咳払いをしてみる。
「ん゛んっ!……ん?」
特段のどに痛みはないが、なんとなくだが声が高い気がする。しかし自分の部屋に姿見などあるはずもなく、勘違いだろうと服を着て部屋から出る。
……なんだか階段が大きく感じる。いや、そんなことはないだろうと太陽は頭を振り、その際髪の毛が頬を打った。太陽の髪の毛はこんなに長くないはずである。
ここに来て太陽はやっと事の重大さに気が付いた。もし、もしである。昨日の願いがねじれ伝わって逆ハーレムの状態になっていたとしたら、即ち太陽意外が男の世界になっていたとしたら、狙われるは太陽の貞操である。人一倍そういう雑誌に目を通してきた太陽は、もちろん実際の性知識は疎いものの最悪の状況になりかねないことは理解してしまっていた。
急ぎ部屋に戻り、フード付きのパーカーを深々と被って出社する。今の太陽には周りの声を聴く余裕も、周りを見るだけの度胸もない。その足取りは相当重く、いかにして声を低く保つかに脳内の比重が置かれ、自身の声がどんな風になっているかを試す余裕もなく、しかし転生者対策課にはちゃんと出社時間内にはたどり着くことに成功していた。
「お、おはようございますー……」
自身の声を初めてしっかり聴いて、おお、案外かわいいじゃんと思うほどに心の余裕が出てきた太陽であったが、しかし緊張感はしっかり持っていた。いままで職場の仲間くらいにしか思っていなかったみんなが襲ってきたらと戦々恐々する中で、知らない声が太陽に向かって届く。
「おお、陽菜、おはよう」
女性の声だと太陽が目線を上げると、今まで正一郎が据わっていた位置に至極不真面目そうな女性が鎮座していた。よかった、僕以外男とかじゃなかった。と、太陽はその時になってようやく少し安心したのであった。




