六十八話 本尊がどこにあるかなんてわかんないし
脳の大きさは一般的なそれの大きさを遥かに超え、人間の上半身ほどの大きさもあった。それがもっと巨大な水槽の中に浮いているのである。
『しかしまぁ、うまくやったものだ。素直に褒めてあげよう』
表情のない脳みそに感情など何もわからないが、どこからか聞こえてくる声色は称賛に染まっていた。正一郎は困惑しながらも、現在まで出ていない人間の名前を口にする。
「……なぁ、アンタ、今田光利か?」
『ほう、そこまで見抜いていたのか。如何にも、肉体を捨てる以前はそう名乗っていた』
今は違うと言いたげに、今田の脳みそは告げる。正一郎たちの疑問を読み取ったのか、今田の脳みそは話を続けた。
『今はただ、「父」と呼ばれている。まぁ、本来の名前は口にするのもはばかられるらしくてね』
正一郎と由美が困惑する中、麗だけが神聖四文字を思い出していたが、それを出したところで自身の依頼には関係ないので心の内に仕舞った。
「アンタの両親が心配してたぞ。一回顔を見せたらどうだ。」
『ははは、見せる顔など等に捨て去ったとも』
続く正一郎の言葉に対して今田は、この宗教に入信して大して日がたっていないにもかかわらず尊大にそういってのけた。確かに顔はないけどさぁと正一郎がげんなりする中、今度は由美が質問を投げかける。
「あの、どうしてそんな、脳みそだけになったんですか?」
『ふむ、語れば長い話になるが簡単に説明すると、我は人間を捨て去りたく極際へ語り掛け、結果として転生者の面々よりも強力な力を手にしたという訳なのだ』
どんな訳だよ、と正一郎は口まで出かかったが何とか抑える。そうして次に何を聞くべきか思案し、そうして一つ思いついた。
「アンタはどうして本尊なんて呼ばれてたんだ?」
『簡単な話、転生者の面々を凌駕する力で君臨しているというのが正しいがね』
「その力って言うのは?」
そこまで正一郎が聞くと、デモンストレーションだと言わんばかりに地形が変わっていく。そうして正一郎たちはいきなり宇宙空間に放り出された。
『まず、現実改変能力、次に』
そのまま正一郎たちは鳥になり、花になり、男女が逆転し、そうして元通りになって目の前に偉丈夫が立った。
『肉体や物質の再編成、更に』
正一郎は余りの事に混乱しながらも、男に拳銃を向け発砲した、が、その弾は正一郎が目視できる程度に速度を落としたかと思えば弾が逆方向に向いて正一郎の肩を撃ち抜いた。
『因果律の操作、なんてことが出来る』
まさに無敵だ、と正一郎は絶望する。これだけのことをされてしまっては、もうこちらに対抗する手は思いつかない。由美も同じく絶望した顔をしている。しかしこれだけのことが起こったとしても、麗は相変わらず顔色一つ変えていない。どんな強心臓をしているのだろうか。
『だが、そこにいる女は面倒だ。さっと殺してしまうか』
そうして正一郎の銃口は、麗へと向けられた。正一郎の意志とは関係なくである。これにはさしもの麗もびっくりしたようで、発射された弾丸を間一髪で躱した。宇宙空間でもその反応は健在なのかよと正一郎が舌を巻く中、上へ下へと麗が動いて、偉丈夫をタクティカルバトンで打ち据える。
世界はあっけなく元に戻り、目の前の偉丈夫は脳みそへと変わり、その水槽にはひびが入っていた。




