六十三話 計画なんてそうそううまくいくもんじゃ無いし
「なんか面白そうな話してるねー?私にも聞かせてよー」
間延びした声が、正一郎たちに投げかけられる。桐生院とは違った、感情の入っていないその声に二人は洗脳対抗装置を掛けつつそちらを見る。
「変な眼鏡だねー。なんか私に対策でも打ってきたのー?」
全てを見透かしたような笑みを浮かべて、少女と女性の中間に立っていそうな女が2人を見る。その目の色は、その名の通り極彩であった。
「そうだねー、確かに私の催眠は聞いていないみたいだー。でもさー、ただの人間に、化け物は打ち倒すことなんてできないんだよー?」
転生者特有の身体能力を抜きにしても、極際から感じるプレッシャーは相当なものである。これは単純な実力によるものなのか、それとも過剰な自信がそれを醸し出しているのか、正一郎には判断がつかなかった。
「馬鹿がよぉ。オメェ漫画でもアニメでも言うだろうが、バケモンを倒すのはいつだって人間だってよぉ!」
それに食って掛かるのがノレンという女である。彼女には確かな実力がある。ならば正一郎はどうだろうか。搦め手、根回し、そういったものはお手の物であるが、しかし純粋な戦闘になった時、自身がお荷物になるのは目に見えている。
「……とりあえず、アンタのやっていることは宗教の域を逸脱している。お縄についてもらうぜ」
それでもと、正一郎は虚勢を張り続ける。ここまで乗り掛かった舟から降りるなんて、彼の矜持が許さなかった。ベットするなら命まで。ここで張らなきゃ男が廃るというものである。
「ふーん。警察が関与してきたんだー。てっきりどこぞの宗教がやっかみでちょっかいかけてきたんだと思ったんだけど―……まぁ、これも好都合ってものだよねー」
直後、正一郎とノレンの背筋に冷たいものが走る。
「飛べ!」
ノレンの言葉に従った正一郎が前方に飛ぶのと同時に天井が崩れ、おびただしい数の羽根がダーツのように降り注いだ。これが空を飛ぶ転生者、ルシフェルの攻撃であることは明白だなと正一郎は冷や汗をかく。
「あらー、死なない程度に痛めつけてあげる気だったんだけどー、これを躱すんだねー。じゃあ、二人でどこまでやれるかー、見学してよーっと」
極際が椅子に座ると同時に、空からルシフェルと思しき羽の生えた転生者が、そして扉の奥からおびただしい数のコボルトがなだれ込んできた。絶体絶命とはまさにこのことかと正一郎は天を仰ぎたい気持ちになったが、ここで気後れすればそれこそ敵の思うつぼだと気を引き締める。
「正一郎、テメェの身はテメェで守れよ。オレお前まで気にかけてやれねぇからなこの状況」
「わーってるよ。気にせずぶっ放せ」
互いに背中を預けた状態で、正一郎とノレンは軽口を叩き合う。最低でも一時間、この状況に耐える必要が出てきたからだ。
かくして突発的に始まった決戦は、泥沼の様相を見せた。正一郎も、一般警官としては八面六臂の活躍と言っていいだろう。襲い来る敵を拳銃で撃ち抜き、攻撃をかわし、時に攻勢に移り、格闘で制圧する。死の間際に瀕した人間の底力と言ってもいい。
しかし、良くも悪くも正一郎は一般人の域を出ることは終ぞなかった。どんなに強力な武器を持っていたとしても、どんなに一個人より秀でた武力を持っていたとしても、凡百の軍勢には叶わないのである。いつしか数の暴力に飲まれ、ほぼ死にかけの状態で極際の前に差し出された。
一方ノレンはそんなことはお構いなしに戦闘を続ける。軽やかな羽根のように舞い、激烈な閃光のように敵を蹴散らし続けた。そんなノレンに、極際は声をかける。
「ほらー、お友達はこんなになっちゃったけどー、どうするー?」
心底寒気の止まらないような笑顔を見せる極際の声を無視して、ノレンは銭湯を続ける。
「……無視はよくないなー。ほらー、アナタの悲鳴を聞かせてあげて―?」
正一郎の傷口をえぐるように指をさす極際。
「ぎぃぃ……!」
正一郎の口から、悲鳴が漏れ出る。しかしノレンは戦いをやめない。
「……あのー、こっちに気づいてるー?それと聞いたうえで無視してるー?」
極際の笑みに、苛立ちが混ざった。それでもノレンは銃を撃ち続ける。
「ねー、お友達死んじゃうよー?それでもいいのー?」
ようやく、ノレンの銃声がやんだ。それに満足した極際は、更に口角を上げた。
「ほらー、無駄な抵抗って気が付くのが遅いよー」
「え?そいつ?殺せよ普通に。さっさと殺さないからこうなるんだよ」
対してノレンの口から発せられたのは、極際の予想とは反して冷ややかなものであった。人質作戦は人質に価値があってこそのモノである。しかしノレンのこの言葉は、まるで人質にかまけていたからお前は負けたとでも言わんばかりの
そこでやっと極際は、天井からの羽根の攻撃も、コボルトの追撃も全くない事に気が付いた。
「遅い、全部遅いんだよお前は」
ノレンの哀れみにも似た声に、極際が何か言い返すよりも早く
「六根清浄ぉぉぉぉ!!!!!」
桐生院の錫杖が、極際の頭を振り抜いた。




