六十一話 どれだけ優秀でもマウント取れれば負けないし
「おい、起きろよ馬鹿もん」
正一郎はノレンに馬乗りになり、ついでにノレンの両手を両足でホールドしてから軽くビンタして今回の騒ぎをややこしくした元凶を起こす。
「ぅう……なんだよぉ雲類鷲ぃ……起こすならもっと優雅に……」
徐々に目を覚ましたノレンは、目の前にいるのが自分の上司で尚且つマウントを物理的に取られていることに気が付いた。
しばしの沈黙の後、寝起きの脳みそをフル回転させたらしいノレンが正一郎に微笑み
「痴れもn……ムグーーーーー!!」
叫ぼうとして口を塞がれた。正一郎はそのまま狂乱する馬鹿野郎の顔を鷲摑みした状態で話を続ける。
「よぉノレン。お前いいご身分で随分楽しんだみたいじゃねぇか。俺にも話を聞かせてくれよ」
「ンムーーーーー!ムンムーーーーーー!!」
騒ぐノレンの勢いは止まらないが、ノレンの貧弱な腕力や脚力では正一郎を引きはがすことは叶わない。その内全てを諦めたように両手両足の力をだらりと抜き、叫ぶこともやめた。
「……これで、落ち着いて話しできるな?」
正一郎はここでやっとノレンの口から手を離した。叫び声のせいでとんだ唾がノレンの口から正一郎の手に掛けて糸を引く。うわ汚ぇと正一郎が手をズボンで拭いているうちに、ノレンがぽつりと言葉を放った。
「正一郎のえっち」
「誰がエッチだこら!……話を逸らすな。何でこんなことをしたのかって聞いてんだ」
正一郎が話を戻そうとするが、少しでも乗っかればそれを切り口に畳みかけてくるのがこの女である。
「だってえっちじゃん!こんな動けないようにして、オレを手籠めにするつもりなんだろ!ああいいさ!好きにするといい!でもこれだけ言っておくからな!体は好きにできても、心hモガガ……」
正一郎は新たに『減らず口を手で抑える』という技を覚えた。
「お前の口八丁はもう見え透いてんだよ。何でこんなことをした」
正一郎からの再三の言及に、遂に観念したノレンは不貞腐れた顔をした。その表情を見て、正一郎は再び口から手を離す。
「……だってよぉ、簡単そうだったんだ。この宗教を乗っ取るの。みんな盲信的に一つのことしか見ていないし、付け入る隙なんていくらでもあった。やれそうなことならやるだろ?だからやった」
余りにも短絡的かつバカげた発想に、正一郎はこれをどう処罰すべきか頭を抱えた。確かに正一郎から具体的にこの宗教をどうしろとか何をするなとかそういう指示は出していなかった。更に言えば、別にノレンは法を犯してもいないし、規則に違反してもいない。現状コイツを罰する方法がないのだ。
「それじゃあ教祖様よ。明日、ここの人間を全員外に出すこともできるな?やれ」
なので正一郎は、有効活用する方向へシフトチェンジすることにした。桐生院には可哀想なことをするが、また一から信者を集めてもらうしかないだろう。何より正一郎には信徒をどうこうする力はないし、信仰の自由は誰にも止められないのだ。
「へぇへぇ。上司様の言う通り」
何も悪びれていないノレンがへらへら笑うのを見て、一発しばいても問題ないんじゃないかと正一郎は思ったが、コンプライアンスが締め付ける昨今それをするのはまずいと考えを改める。
「じゃあ、明日また来るから、お前にはこれを先に渡しておく」
正一郎はノレンにまたがったまま、例の洗脳対抗装置であるサングラスをノレンに掛ける。
「なぁ、こういうのを渡すときってもう少し情緒とかあるんじゃねぇの?」
「お前が情緒とか求めんな」
正一郎はやっとノレンから退くと、ノレンはぱっぱと正一郎がまたがっていた場所を払い、そのままどっかりと椅子に座りなおす。
「……じゃ、当日は任せたぞ」
「んい、適当にやっとくわ」
軽く話したのちに、二人は分かれる。ノレンの言葉に信用という言葉は存在しないことは正一郎も分かっていたが、今はそれを信じるしかなかったのであった。




