五十二話 崩れる時は早めに逃げなきゃいけないし
時刻はさかのぼること雲類鷲探偵事務所襲撃15分前。ノレンと桐生院は粗方施設内を探し終えて、一息ついたところだった。ベンチに座りながらノレンがぼやく。
「今野、居ねえなぁ」
「これだけ探したのなら、少なからず痕跡は見つかるものだと思うんですけどねぇ……」
2人で頭の中にはてなが浮かんだが、しかし見つからなかったものはしょうがない。スマホの使用は特に制限もされていない上、暇つぶしには事欠かない建物の中とはいえ、どうしても暇な時間は発生してしまうものである。
「うーん、これはもう一旦別日にするに限るか?」
「それもいいかもしれませんねぇ。正直今日だけで人が見つかるとも思えませんし、日を改めるのもいいかもしれません。では、とりあえず今日の寝床に案内しますね」
「ああ、いいよ。オレ自分ちに帰るから」
そういってベンチから立ち上がりながら案内を再開しようとする桐生院を止め、自分の家に帰ろうとするノレン。その時、周囲の雰囲気が変わった。何事かと腰元にあるニューナンブに手をかけたノレンを、桐生院が制する。
「……あの、そういった話題はNGかとぉ。なんせ全員が社会に生きづらさを感じてここにきていますから、帰れる家があるってだけで反感を買いますよぉ……?」
あーなるほど、こいつらの一体感はそこから来ているのかと一人納得したノレンは、これ以上口を開くと不利になると瞬間的に察知し建物の出口方面へ歩みを進める。
周りの信者たちの視線を一手に感じながら、ノレンは歩き続ける。やがて出入り口付近に達するか達さないかのギリギリくらいに来た時に、正一郎からの連絡がきた。雲類鷲探偵事務所が何やら得体の知れない敵に襲われたらしいが、こちらもこちらでのっぴきならない事態である。簡潔に救援の連絡を入れたのち、少しだけ出口から離れる。
正一郎が襲われたということは、間者として入っている自分に刺客が差し向けられるのも時間の問題であり、それならギリギリまで救助を待って一気に駆け抜けた方が自分の救命率は高くなるからだ。
まだノレン達を見る目は減らない、そんなに嫌なこと言ったか?と首を傾げたノレンだが、しかしこの部屋が今この建物から出ることのできる唯一の扉がある場所。ここから遠く離れることは考えられなかった。
「……ここ以外に出入り口はないのか?ほら、秘密の抜け穴とか……」
「……もしそういうのがあるなら、とっくに使ってますよぉ……」
もしあるのであればそれを使ってでも現状を打破したいノレンは、桐生院に打診してみるが、しかし返ってきたのは非情かつ現実的な答え。万事休すだなと頭を抱えたノレンは、この状況すら打破して見せようとかえって意気込み新たに気合を込めた。
「ま、見てくるだけなら特に問題もないわな。ここで迎えが来るまで待とうぜ」
「いやぁ、私はこの聖網教を見届ける義務がありますのでぇ」
やんわり手のうちに置こうとしたノレンと、それの意図を全く汲み取ることのなかった桐生院。そんな中、扉の外から叫び声が聞こえた。何事かと振り返るノレンを置き去りに、桐生院は現場へと一目散に走りだす。
「あ!おい!待てよ!」
続く形でノレンが扉の奥へ突入すると、そこにいたのは数十匹を超すコボルトの群れと、その中心にいる怪しい人物であった。背丈はやや小さく、深々とローブを被っているため性別も判断できないが、敵であることに間違いはなさそうだ。
「あなた、何者ですかぁ?それにさっきの悲鳴、アナタのモノではなさそうですねぇ」
桐生院が剣呑な雰囲気を出しつつコボルトの群れの主と思しき人間に声をかけるが、言葉の代わりと言わんばかりにコボルトが一斉にノレンと桐生院に襲い掛かる。
「はぁ、出来れば話し合いで解決したかったのです、がっ!」
桐生院が錫杖を振るうと、一瞬のうちにコボルトが数匹光の粒子となって消えた。しかしコボルトの群れはまだまだいるし、何なら怯む様子すら見えない。
つまり彼らは完全に奥にいるローブの人間の支配下にいるか、はたまた魔力で作られた人形のようなものだからあまりそういったことに関心を持たないのかもしれない。
「援護は任せろ。お前は本丸を叩け」
ノレンは対異世界人用と持ち歩いていた40口径マグナムを手に取り、桐生院へ決着をつけるように促す。
「えぇ……?だ、大丈夫ですよぉ。私ひとりで全然問題ない数ですしぃ」
ノレンの気遣いを不要と断り、桐生院の錫杖を持つ手に力が入った。二人がそんな話をしている間にも、どんどんとコボルトの数が増えていく。やはりローブの人物が増やしていると考えて間違いないだろう。
しかしこうなってくると疑問点が一つ浮かぶ。正一郎の居た所から、聖網教のある場所まで数十キロは離れている。空を飛んでもここまで早く到着することはないだろう。じゃあ誰が雲類鷲探偵事務所を襲ったのか。ノレンは脳みそをフル回転させるが、しかし答えは見つからない。
「んじゃあ、耐久戦と行きますか……!」
ノレンもこの戦いに身を投じる覚悟を決め、桐生院の視覚を埋めるように状況を俯瞰して監視し始めた。




