四十七話 守るものなりの苦悩もあるものだし
一方教団内に潜入したノレンは、その異様さに圧倒されていた。いや、正確に言えば、異様なところが全くない事に恐怖を感じていたのだ。
一般的に社会から閉じた教団の信者のイメージと言えば、統一された服装、統一された信念、独特の挨拶など挙げればきりがないが、とにもかくにも全員に一体感を与え社会から孤立させることで信者の意識を一方に向けることに注力されるところであるが、この聖網教にはそういった特徴が一切ない。まるでその必要がないと言わんばかりの光景である。
人々は普段着を着て、様々な話をし、時に喧嘩すら起きる。まるで外の世界と変わらない世界が、ノレンの目の前に広がっていた。統一された思念に対してはうまくそれに乗ってやることで馴染むことが出来るが、ばらばらの個性が広がるこの教団にどう馴染むかノレンが苦悩していると
「……あのぉ、新しい信者の方ですかぁ?」
いやにもったりした声が、ノレンに届いた。振り返れば、それこそノレンの思い描いた通りの信者の女がそこにいた。髪は長く、茶色い和服に身を包み、何なら手には錫杖を持っている。
「え、ええ。今日は言ったばかりです。それにしても、自由な教団ですね」
逆に場違いとなったその女の見た目に少々面喰いながらも、ノレンは詐欺師の矜持か冷静を装って女の話を聞くことにする。
「あのぉ、悪いことは言わないので、ここから立ち去ったほうが賢明かもしれませんよぉ……?」
「それはどういう意味で言ってるんですか?」
女は声を潜めてそういった。おおよそ信者らしくない言葉である、ノレンは何かあるなと嗅ぎつけて、更に情報を集めるべく女の話を深堀することに決めた。
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私桐生院そわかって名前でここの教団を取り仕切っていたんですけどぉ、あの、数か月前に乗っ取られちゃってぇ……」
桐生院と名乗ったその女は、恥ずかしそうにそう語る。乗っ取られた、ということは何か裏があるんだろうなとノレンは思い、桐生院の次の言葉を待つ。
「今の教祖、極際みんとは危険ですぅ。悪いことは言いませんから、正常な思考の内にここから立ち去ってくださぁい!」
語尾を荒げながら桐生院がそう告げる。しかしこんなにも公然と教祖を糾弾しているのにもかかわらず、信徒たちは変わらず日常生活に勤しんでいる。それがかえって不気味に見えたノレンは自分の中の恐怖に蓋をし、切り替えて業務提携者の仕事も手伝ってやるかと話を切り出した。
「うーん、実のところ知り合いがこの教団に入っていて、立ち去るにしてもその人も一緒に逃げたいんですよね。今野光利って名前に心当たりないですか?」
「今野……こんの……うーん、ごめんなさぁい。教団のトップから蹴落とされて、人の管理とかもさせて貰えてないんですぅ……」
申し訳なさそうにノレンへ謝る桐生院を見て、コイツ使えないなとノレンは早々に切り捨てることに決めた。
「あ、じゃあ他の人を当たってみます。じゃ」
「ちょっと待ってくださぁい!行くなら私も、私も行きまぁす!」
「クッソ面倒……臭いことに巻き込みたくないので、大丈夫ですよ」
クルリと後ろを振り向いたノレンの服の裾を引っ張りながら泣き縋る桐生院。ノレンは余りの面倒くささに本性が出かかるが、済んでのところで自分をなだめすかすことに成功、そのまま桐生院を振りほどこうともがいてみるが、案外この女の腕力は強かった。
「……分かりました。じゃあ、一緒に行きましょうか」
ノレンは早々に桐生院から逃げることを諦め、業務提携者に恩を売る為行動を開始する。
「私が出来ることとしたら、これくらいしかありませんのでぇ」
なんだか恩を売った気でいる桐生院の話口に苛立ちを覚えながらも、ノレンは教団の奥へと歩みを進めた。




