第99話 襲撃
奇妙な一団がパイソーの街で目撃された翌日、牧場である事件が起きた。
放牧されていたセブンターキーが無残に食い殺されていたのだ。
第一発見者は牧場の管理人のキリコで、セブンターキーが夜分興奮しており、なにがあったのか眠い目を擦って牧場を見回ると、彼女は暗闇にある気配を感じたという。
セブンターキーを食らう巨大な狼、即ち魔狼だ。
全長は四メートル、肩まで一メートルはある巨体、キリコは一瞬で戦慄いたという。
幸いというか、魔狼はその場ですぐに逃走、キリコに怪我はなかった。
夜分遅くキリコは警察に通報すると、すぐに検分が行われた。
鑑識は食い殺されたセブンターキーは、首を折られ、腸を喰われていると確認。
間違いなく魔狼の仕業であろう。
しかし……捜査に当たった刑事は疑問を持つ。
いったいどこから魔狼が壁を越えて街に侵入したのか。
そしてどこへ消えたのか?
警察の捜査の中、街を覆う外壁に異常は見当たらなかった。
まさに摩訶不思議と、処理されるしかなかったという。
それを事後報告で聞かされた白蛇リュウイチは「なぬっ?」と顔を険しくした。
「魔狼事件、ねぇ……キナ臭いな」
朝執務室で、朝食を食べながら、街で起きた怪事件に頭を捻らせる。
その前は謎の集団が牧場に訪れているし、なにか関連しているのだろうか?
「穏やかじゃないな、あむ」
今日は食パンにセブンターキーの卵とハムを重ねたサンド、ちゃんと調理すればこんなに美味しいのに。
森で採取出来る黒胡椒に、ハムの塩味が旨味を引き出し、これが文明の味である。
食後は南方の商人が齎したコーヒーでブレイクファスト。
「ふー」
なんてリラックスして息を吐いている。
ズダン! 突然執務室が大きな音を立てて開かれた。
入ってきたのは、スーツ姿のオークであった。
「た、大変ですリュウ様! ま、街に魔狼が大挙して!」
「ぶーっ! 一体何が起きてんだー!?」
思わずコーヒーを吹いてしまう。
白蛇は迷わず窓を開くと、外へと飛び出した。
上空から街を見下ろすと、旧市街の玄関口に大量の魔狼が入り込んでいた。
兵士達は必死に応戦するが、魔狼は手強い。
白蛇は直様急行した。
「ちょっと待てー! パイソーはやらせないぞ!」
その声に兵士も魔狼も空を見上げる。
白い蛇竜が降臨したのだ。
兵士達は歓喜、一気に士気が上がる。
一方魔狼はある一匹が立ち上がった。
立ち上がった? しかり魔狼が突然獣人のように立ち上がったのだ。
「貴様が魔物の国を収める白蛇か」
「な、なんだ? 魔狼ってのは、獣人に変身出来るのか?」
「獣人ではない、我らは巨狼族、ワーウルフの末裔だ!」
ワーウルフ、人と狼の姿を使い分ける大森林に住む種族。
本来魔狼族は知性をロクに持っていない種族だが、これで納得がいった。
巨狼族、彼等の狙いは。
「この街は我々巨狼族が占拠する!」
「だー正気か!? これっぽっちで!」
巨狼族の数は約五〇。
如何に精強といえど、占拠するには数が足りない。
まして彼等ワーウルフにまともな統治なんて出来るのか?
まったく馬鹿げている、白蛇はすぐに説得するが。
「その人数じゃ無理だ、さっさと森へお帰り」
「出来る出来ないではない、やるのだ!」
巨狼たちの雄叫び、彼等は一斉に獣人に変わる。
立ち上がると、オークさえ上回る巨体には驚かされる。
伊達に巨狼ではない、まさ狼の巨人だ。
高身長のグレートデーン種のコボルトでさえ見上げるほどなのだから、兵士への威圧感は凄まじいの一言。
しかしそれに怯まぬ者もいる、訓練教官のバルボだ。
すっかり一線を退き、後進の育成に励む中年のオークは、些かも衰えを見せず、逞しい筋肉で巨狼を投げ飛ばす。
「リュウ様の声が聞こえねぇのか、オメェらじゃ無理だ」
「何を! 構うな! やれ!」
「ウォーン!!」
巨狼は武具を持たない、バルボは手斧を武器にするが、あえて武器は捨てた。
彼は敢えて巨狼と同じ条件で戦うことを選んだのだ。
巨狼は上からバルボの顔面を殴り抜ける、だがバルボは口から血を吐きながら、更に上回るパワーで殴り返す。
巨狼といえど、バルボのアッパーカットには、顎を砕かれ宙を舞った。
ノック・アウト、バルボは拳を振り上げ勝利する。
「これがオラの実力だ、オークを舐めんじゃねぇ」
「くっ! これが英雄バルボか!」
分が悪いと思ったのか、巨狼たちはバルボを取り囲んだ。
バルボは警戒しながら身構える。
「いかに貴様といえど、包囲すれば」
だが直後、巨狼たちの足元に、風の弾丸が打ち込まれた。
巨狼たちは慌てて飛び退き、空を見上げると、イーリス族の集団が奇妙な筒を構えているではないか。
「巨狼の皆さん、今の警告です。次は当てますよ?」
「ユズ! 協力してくれるのか!?」
イーリス部隊の指揮官はユズであった。
ユズは白蛇の下へと飛来すると、すぐに頭を垂れる。
「出撃に手間取り申し訳御座いません」
「いいよいいよ、寧ろイーリスは兵士じゃないのにありがとう!」
ユズは自ら白蛇に臣従を誓った身だが、領事館のイーリス全てがそうではない。
事実領事館にいた責任者のビリスは、出撃を渋り手を拱いていた。
それどころか真っ先に逃げ出そうとする始末で、ユズはその場で激怒、結局ユズの命令が通じ、イーリスたちは魔法銃を携え、現場へと急行した訳だ。
少し遅れた理由が、弱気なビリスの性とはユズでさえ、身内の恥に顔を赤くするほど。
ともかく、銃撃隊が来たからには制空権を持つイーリスの銃撃は驚異である。
事実巨狼は空を見上げるばかりで、まるで対処法がなかった。
こんなことさえ知らず侵略してきたのか、白蛇は巨狼の杜撰な戦力に呆れるが。
「魔法陣展開、戦術レベルⅣ」
巨狼たちの最後方、漆黒のローブとマスクで身を隠した集団がいた。
彼等は杖を持ち魔法を詠唱する。
巨狼じゃない……なにか嫌な予感がする、白蛇は直ぐに叫んだ。
「イーリス隊、直ぐに退避しろーっ!」
「これを神なる一撃となれ、刮目せよ《大いなる雷》!!」
古代魔法ボルトデーン、空間内に高圧放電現象を引き起こし、一気に痺れさせる驚異の魔法。
イーリスたちは退避が間に合わず、僅か数名を残してまるでカトンボのように撃ち落とされた。
白蛇は一気に血の気が引いてしまう。
ユズは絶句、直ぐに落下するイーリスを一人でも多くと、抱きかかえた。
「きゅ、救護班急げー、イーリスを一人も殺すなーっ!」
悲痛な叫び、後方で控えていた救護班は速やかに墜落したイーリス族たちの下へと向かった。
巨狼はその痛快な姿に大笑い、まさにしてやったりだった。
「対策が無いと思ったか、我々はダークエルフと共同作戦を行っているのだ!」
「ダークエルフ……?」
一番長身の男は、フードを剥がすと、浅黒い長耳が飛び出した。
そのままマスクも取ると、そこには見惚れるような美男子がいた。
ダークエルフ、エルフの突然変異個体、彼等は皆ダークエルフで構成され、大人も年端も行かない子供までいた。
そしてそれを見て、納得する女性が戦場へと現れた。
「伝説のダークエルフ、共和国を終われ、何処かに消える……て、お伽噺で聞いてたけどさ」
フレイアだ、魔法の弓を携え、戦場へと踊りでた。
ダークエルフたちは皆ハイエルフの出現に敵愾心を強める。
「ハイエルフ……! 我らを魔の森にまで追いやり尚も立ち塞がるか!」
ダークエルフのハイエルフに対する異常な憎悪。
肝心のフレイアは深い溜息を吐くだけだ。




