第98話 警鐘?
平和ではあるが喧騒もまた騒がしい。
その日、白蛇が楽しそうに街を散策する中、旧市街に奇妙な一団が到着していた。
その一団は皆一様にフードを被り、鼻から下も黒い布で覆っていた。
農業区で働く農夫達は旅人かと訝しむが、誰も声を掛けようとはしなかった。
「見てみろ、この小麦畑、魔術模様が施されているぞ」
「意味は……なるほど豊穣、疫病耐性、早熟か……良く出来ているが詰めが甘いな、後二つは効果を追加出来るぞ」
フードの集団はそう言ってたわわに実った稲穂に触れた。
古代魔法の知識? 彼等の言っていた言葉の真意が理解できる者は農夫にはいない――いや。
「アンタたち、魔術模様が理解るの?」
物怖じせず声を掛けたのは、まるで鈴のような声音の上の森人、フレイアであった。
集団はその真っ白い長耳を見ると、皆一様に目くじらを立てた。
まるで憎悪、謂れのない憎しみを向けられるように。
「ハイエルフ……! 農業長官のフレイア・ブリュンヒルト」
「良く調べたって言ってあげたいけど、間違っているわよ、正確にはブリュンヒルドよ」
元より気丈なフレイアは、まるで怯まず名前を訂正した。
ブリュンヒルドは母より与えられたエルフの英雄の一人とされる。
エルフ共和国では姓名が家族で一致しないというちょっと奇妙な文化がある。
ブリュンヒルドには国母の意味が与えられており、いかに両親に期待されたかが伺い知れるというもの。
最もその名前からは思いっきり裏切っているとは、フレイアも自覚しているのだが。
「……フン、いけ好かない言葉遊びだな、上の存在らしい」
「おいよせ、もう行くぞ」
小柄な女性が噛み付いてくるが、それを男性が諌めた。
フレイアは案内してあげるわよーと伝えたが、彼等は無視して養鶏場の方へと向かっていった。
一体なんなのか、奇妙な旅人であった。
「まるでハイエルフを憎んでいるみたいだったわね……やだやだ、ハイエルフもハーフエルフも同じ森人神の子でしょうに」
極稀であるが、ハイエルフが妬まれることはある。
一般的なエルフに比べてあらゆる能力が飛び抜けるハイエルフはエルフにとっては信仰の対象だが、ドワーフにとっては不倶戴天であり、時々人族にも疎まれる。
けれどあんな露骨な例はフレイアも産まれて初めてだ。
だが嫌いじゃない、寧ろ陰湿なハイエルフの嫌味に比べれば何万倍もマシだ。
口に出して文句を言える奴は強い、それを嫌う理由はない。
上の森人とはどんな難癖すら噛み締め、成長出来る種族なのだ。
「にしても……あの感じ、もしかしてエルフ、かしら?」
しかしあの長耳は彼等の言葉を聞き逃さなかった。
古代魔法について、フレイア以上の知識を持っていた?
フレイアも長年掛けて習得した古代魔法には、まだ深奥へと届いたとは言えない。
事実彼女は明確な上位の知識を持つ森の大魔女を知っている。
リッチクイーン、あの気まぐれな魔女の知識にはフレイアでさえ舌を巻くほどだ。
特に暗黒魔法はフレイアは全く無知である、彼等は知っているのか?
「エルフ、エルフ、エルフ……でも正体をどうして隠して……まさか」
綺麗な指を細い顎に当て思案する、彼女は伝説にあるエルフの一族を思い出した。
曰く闇の森人、エルフから突然変異めいて産まれた色黒のエルフ。
かつてその肌色ゆえにエルフから迫害を受けて、ダークエルフは森から姿を消したという。
今でも百年に一度程度だが、色黒のエルフは誕生していた。
現在では昔ほど色黒は迫害対象にはなっていない。
事実学園にも一人いたと記憶している。
所詮色素異常でメラニンを異常分泌しただけのエルフ、それが現在のダークエルフの認識だ。
「じゃあ本当に伝説のダークエルフなの?」
§
先程の一団はセブンターキーを放牧する牧場にやってきていた。
セブンターキーの養殖はイーリス族のキリコ女史が成功させたという。
「すごいすごいっ、本当に虹色鶏がいっぱいいるっ!」
その様は正に圧巻。
一団の一人も、興奮が収まらない様子だった。
「あぁ……幻とも言われる虹色鶏、いったいどんな味がするんだろう……」
「あのー、良かったら試食してみます?」
そう声を掛けたのは、イーリス族の女性だった。
麦わら帽子を被ったまるでカウガール、恐らくこの女性がキリコであろう。
「いや、我々は……」
しかし長身の男性が断ろうとする。
だが……キリコは饒舌であった。
「やはりですね、その生態を知る上で、当然味覚も重要なんですよ、どんなエサで育てたかで肉質にも変化が起きるし、セブンターキーの使う魔法にも変化が出るんです!」
そんなキリコの熱弁に反応したのか、一匹のセブンターキーが上空に氷魔法を放った。
空から降る霜、それは簡易的な雪降らしであった。
「馬鹿な……セブンターキーは風魔法しか習得しない筈」
「ですからそれはエサや飼育環境で変化します」
雪降らしの魔法は、高度な水魔法と氷魔法の合せ技。
魔法使いでも高難易度の魔法に分類される。
元々天性の魔力を持つセブンターキーだ、その才能は大いなる力を秘めていると言えよう。
「中には炎や、雷を放つ個体もいますよ、皆さんどうぞ牧場に」
キリコは笑顔で集団を案内する。
渋々長身の男は俯くと、案内に従った。
牧場では、屠殺作業も行われており、新鮮な肉は加工場へと速やかに搬送される。
生憎生産量的に、輸出には回せないが、なんとか内需を補えるレベルにはなれたのだ。
「実はこっちでも加工しているんですよ、これがセブンターキーの生ハムです」
事務室に設置された家庭用冷蔵庫から取り出されたのは、生ハムであった。
長身の男は当然の質問をするが。
「その、翼人が鶏を食べてもいいのか?」
「えっ? 鷲は自身より小さな鳥を食べるじゃないですか」
こういう遠慮というか、偏見は慣れっこのキリコは真顔で切り返す。
それはオークが豚を食べないのかという位馬鹿げた話だ。
イーリスは雑食だが、鳥だって食べる。
それには男も「すまない」と本当に申し訳なさそうに謝罪した。
「切り分けますので、皆さんどうぞ」
キリコは軽く風の魔法を操ると、生ハムが薄くスライスされていく。
《ウインドカッター》の応用、決して優れた魔法使いではないが、イーリス族らしく、風のスペシャリストか。
キリコは生ハムを小皿に別けると、一団に差し出した。
彼等は呆然とするが、一番小さな少女は、マスクを開いて生ハムに喰らいつく。
「んんっ!? なにこれ〜……こんなに美味しいお肉食べたことがない〜」
そう言って至福の顔でとろけてしまう。
それほどの美味、キリコはうんうんと頷く。
「魔物って美味しいんですよね、どうも魔力の多い種の方が美味しいらしく、二年前食べたドラゴンステーキはもう絶品でしたねー」
ドラゴン、彼等は戦慄するが、二年前雷龍に成熟個体が討伐された。
討伐したのは白い毛並みのベヒーモスだという。
魔物の国では聖獣とも言われる存在だ。
その聖獣さえ従わせるのが白蛇……。
「お兄……本当にやるの?」
一番小さな少女は不安げに長身の男を見上げた。
男は小さく首を横に振ると。
「やるしかない……恨みはないが」
その言葉の意味、果たして彼等は何者か。
それはもう間もなく、白蛇に新たな試練となる。




