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第95話 白蛇とドワーフ王国と

 ドワーフ地底王国で一日を過ごした後、白蛇はカーン! カーン! と鳴り響く金床を叩く音に飛び起きた。

 ドワーフ族の朝は早い、王宮といえど大規模な鍛冶場では既に仕事に取り掛かっているのだろう。

 改めて文化が違う、ニンゲンにはニンゲンの、ドワーフにはドワーフの。

 大凡快適な起床とは言えなかったが、白蛇はもぞもぞ這って部屋を出た。

 王宮でドワーフ女中たちが忙しなく働いている。

 皆白蛇なんて目にも掛けずだ、その慌ただしさは魔物街には無いものだ。

 そんな白蛇に最初に声を掛けたのは、厳つい長身のハイドワーフであった。


 「おぉ、呼びに行ってみれば、そっちから来ておったか」

 「これはレギン王、おはよう御座います」

 「まだ疲れもあろう、昨夜は余の子供たちに絡まれておったようだしの」


 うぐっ……思わず個性爆発していたあの王女と王子を思いだすと、身震いしてしまう。

 魔物(ヒト)をペットにしたがる姉に、鱗を剥ごうとする弟、改めてとんでもない相手であった。

 アレならレギン王の方がマシだ、とはいえ王様自ら起こしに来たって?


 「あの……ところでどうして王様自ら?」

 「あぁそれだ、早速商談に入るぞ、着いてこい」

 「えっ? 昨日口約束したけど、今から!?」

 「何を言う、本当なら昨日のうちのやるつもりだったのだぞ」


 たまたま時間が取れなかっただけ、王様は兎に角せっかちな性分のようだ。

 そのままレギン王は勝手知ったる王宮を早足で歩き、リュウイチは飛びながら着いていった。

 レギン王が向かったのは、レギン王の執務室だった。


 「中には入れ、食事もここでしよう」

 「ハハッ……マジかぁ」


 豪奢な机に上等なソファー、棚には見たことのない書籍が陳列されている。


 「……気になるか?」

 「いや……この部屋、全部外の物ですよね?」

 「ほお、やはり気づくか……この机はモリブデン産、書物はマルエードにエルフ共和国、絨毯は砂漠の国サルタンのものだ」


 リュウイチはそれがなんだか不思議だった。

 ここにドワーフ産の物がなにもない。

 そして極めつけ、レギン王は机に並べられた薄いまっさらな紙を手に取り。


 「これはそなたの国、魔物街産だ」


 ゴブリンの聖女アイが大の読書家ということもあり、ゴブリン族は上等な和紙の製造技術を有していた。

 それを魔物街で更に洗練し、ほぼプリント用紙に匹敵する厚みと丈夫さを実現したそれは、魔物街の主力商品の一つである。

 オストによると西方で大好評という話だったが。


 「我らドワーフ、鉄に掛けては右に並ぶものなし、されどドワーフだけでは生活出来ぬ」


 ユズはドワーフは農業をしない種族だと言っていた。

 いくつか畜産は行っているらしいが、それでも食料は大半が輸入品である。

 なにもかも全てを自給自足している魔物街とは正反対だ。


 「だったらどうしてモリブデンと交易を停止したんだ? それってドワーフ王国も長期的に見たら致命傷だったんじゃ」

 「その場合は、最悪北方や、東方にも販路を拡大するつもりだった」


 モーアの大森林から東に進むと、大陸を遮るとてつもない砂漠がある。

 通称死の砂漠と言われる商人もまるで販路を広げられなかった絶望。

 レギン王はもうそこまで覚悟があったのか。


 「無茶じゃないか? 結局損が勝つぞ」

 「かも知れぬ……しかし国を運営するとはそういう物だ」


 国家元首とは艱難辛苦の時こそ大きな決断がいる。

 今は亡き先王から学んだこと、それをレギン王もやっていくのだ。


 「だがそれも、そなたのお陰で全て丸く収まった」


 モリブデンには面子(めんつ)と怒りで、国交を断絶したが、よもやモーアの大森林でレギが保護されており、そしてモリブデンからレギが返還された。

 元々感情的な部分も多く、直ちに国交は回復されたが、今回の件はレギン王にも思うところが多い。


 「余は、ワシはそなたに感謝しなければならない、何よりもレギを良く……」

 「それなんだけどさー、あのさ、レギ王女のことなんだけど、彼女の自由を約束してくれないか?」

 「ワシの娘の自由……だと?」


 白蛇は真剣な表情ではっきり頷く。

 レギン王はレギの事を想うと、頭がいっぱいだった。

 昨夜、あのレギが思いを感情とともに爆発させた後、レギン王はただ無力だった。

 自分は娘に嫌われ、娘は国を、民族(ドワーフ)を嫌悪している。

 どうすれば良かったのか、娘をあそこまで追い詰めたのは誰なのか。

 答えは明白だ、浅慮だったからこそ、レギに父の愛は伝わらなかった。

 白蛇は? 白蛇こそレギを本当に想っているのか?


 「白蛇よ……そなたレギをどう思う?」


 レギン王は顔を大きな手で覆うと、ただ悲しげに質問した。

 今にも泣きそう、きっとこの男はそれほど強くはないのかも知れない。


 「子供なんだ、それも多感で、きっと思春期の」

 「思春期……か」

 「レギ王女、魔物街ではさ、友達だって出来たんだ、あの子はさ、親があれこれしなくてもちゃんとやっていける」


 知らなかった、レギのことをまるで。


 「友達……とは?」

 「一人はハイエルフのフレイアって娘、レギと同じく奴隷商に捕まって、呉越同舟でやってきた」


 ハイエルフ、あのお高く留まった森の奇人ども、まさか娘がハイエルフと友達になるなど、想像もしなかった。

 エルフはエルフ以外に種族を見下す、特にハイエルフはドワーフをニンゲンとも思っていない奴らだと聞いてきた。

 だからこそどうやって仲良くなれたのか不思議でならない。

 と言っても、レギン王も正確なエルフを知っている訳ではない、実際会えばとんでもない女ではあるが、良き友人となろう。


 「んでもう一人が、ネレイド族のテティス」

 「ネレイドだと? (はる)か南方に住む人魚族ではないか!」

 「そうなんだけどさ、向こうでマーメイド族に嵌められて、大森林まで亡命してきたんだ」


 そこで魔物街が保護したと伝えると、益々レギン王の見る目は、白蛇がとんでもない存在だと痛感する。


 「まぁそんな感じでさー、魔物街には無くてはならない一人、それがあの娘」

 「……もし、こちらから鍛冶衆三十名をそちらに贈るとしたら、それはレギと同価値足り得るか?」


 それはとんでもなく魅力的な話である。

 魔物街はまだ始まったばかりであり、鍛冶の才を持つ住民は多くない。

 才が無くとも一生を鍛冶に捧げるドワーフ族が三十人は計り知れない価値だ。

 でも―――。


 「同じじゃない、言ったろ。レギには友達がいる、それを同じ秤には載せられない」

 「……そうか、やはりそうか……レギ、ワシは親失格だ」


 なんとなくこの父親が、娘との関係に失敗しているのは分かった。

 あんまり酷いなら口を出すつもりだったが、幸いというかこの男はただ不器用なだけだ。


 「レギン王様、だったらちゃんとレギ王女と対話しましょう、レギ王女はまぁ……多分突っぱねるけど」


 あれは典型的な反抗期だ。

 大人として成熟すれば、きっと治る。

 それでもと言うなら対話するしかない。

 親とはそういうものだろう。

 白蛇は自分と照らし合わせて、そう結論する。


 「対話か……白蛇よ、ワシはお主が恐ろしいと同時に羨ましい」

 「え……そう?」


 さり気なく恐ろしいって、白蛇は苦笑するしかなかった。

 レギン王は潤んだ眼差しで白蛇を見つめた。


 「娘には、しばし自由を与えよう、それとは別に白蛇よ、正式にドワーフ王国は魔物街と友好的同盟を結びたい」

 「ええっ? ドワーフ王国から同盟!?」

 「恐らくモリブデンは既に動いておろう? そなたにはそれだけの価値がある」


 レギン王はこの白蛇から、真の王の気配を感じていた。

 千年前、大地が荒廃し、力による変革が求められた時代、群雄割拠の乱世を制したのは、後にマルエード皇国を建国した武神覇王マルエードであったと伝えられる。

 この一見すれば人懐っこい白蛇に、かつての武神とは異なるが、ゆくゆく世界を統一する覇王になる予感がしたのだ。

 ならば白蛇と同盟を結ぶことは、次の千年に大きな意味があるだろう。


 「白蛇、いやリュウイチよ、ワシの友となってくれるか?」

 「……ちょっと照れくさいな、俺でも良ければ!」


 白蛇は光の翼を手のようにし、レギン王と握手した。

 思わぬ形でドワーフ地底王国と同盟を結ぶこととなった白蛇。

 それは後にも、彼にとって大いなる助けとなるだろう。

 時代は動く、例え静かでも、いつか誰にも止められない暴走を伴って。

 夏が終わり秋を迎える頃、魔物街は正式にドワーフ地底王国と同盟関係となるのだった。

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