第96話 どこまでも素晴らしき魔物街よ
ドワーフ王国に滞在したのは三日ほどであった。
レギン王との商談も含めた会談は実に充実したものだ。
突如帰国が決まったのは、モリブデンの使者団も帰国し、集落へ里帰りしていたユズが戻って来た後であった。
「レギよ、魔物街での任地、任せるぞ」
地底王国の入り口までやってきたレギン王は、大荷物を持つ愛娘にそう言った。
同盟に伴い、大使館を魔物街に建てる必要があり、その大使として任命されたのがレギであった。
レギはそれを命じられた時、驚きと嬉しさで泣いてしまった。
また魔物街に帰れる、フレイア、テティスになんて言おうか。
あそこはレギにとって第二の故郷。
もう同じようにはいられないかも知れないけれど、彼女はそれでも良かった。
「ん、任せてください」
「……レギ、ワシはお前を愛している」
「……ズルい、今まで一度も言ってくれなかった癖に」
「すまん」
一言で良かった、愛していると伝えれば。
そんな簡単なことさえ出来ず、この親子に亀裂が生まれたのだ。
それを長女ファは呆れ返り、ただレギを熱く抱擁した。
「レギ……いっぱい学んできな、親の期待に無理する必要なんざ無いんだよ」
「ん……ファ姉、そうする……レギはファ姉ほど才能はないから」
「そんなことあるもんか! 鍛冶を続けな、そうすりゃ親父さえ舌巻く鍛冶職人になれるさ!」
長女は快活で優しいが、その優れた才能が疎ましくもあった。
周りにファの話を聞かされるのは、苛められるようで嫌い、ファが優しくしても、それをレギは素直に受け取れなかった。
でも今は、ファが本心で言っていると分かる。
きっと王国を継ぐのもファだ。
「王妃になったら呼んで」
「ハハッ! 親父は当分退位しないだろうけど!」
ファがレギを離すと、今度はニール王子がレギの前に出る。
「えとレギ! 今度ボクも近々魔物街に行くから、出来れば向こうのこといっぱい教えてくれよ!」
鍛冶の才能こそ無かったが、優れた目利きを持つ素材職人のニールならば、きっと魔物街を気に入るだろう。
この男も、別の道で才覚を発揮し、レギには疎ましかった。
自分に道を選択する自由はなくて、ニールにあった。
所詮人形でしかないレギに、ニールさえ苦々しい。
けれど今はこんな兄が、少しだけ愛おしいと思えた。
「うん、けど魔物街ではレギの方が偉い、エッヘン」
「はは、笑顔が一番だよレギ」
ニール王子は抱擁はしない。
ただ見送りをするだけ、やがてレギ王女と、その護衛を務めるドワーフの一団は大荷物を抱えて進み出した。
大使館建設にともない職人の派遣、それと三十人になる鍛冶衆の技術派遣となった。
その結果、あまりの大荷物に同行する白蛇は呆れ返る。
「モリブデンもそうだけど、ドワーフ王国の国力も恐ろしいな」
「ん、白蛇様、世界は広い、どうだった?」
レギ王女は白蛇の下に駆け寄ると、嬉しそうに目を細める。
白蛇は青空を見上げ、うーんと思案する。
「まだまだ勉強不足だな、森の外なんて初めてだったし」
「ならレギと一緒にもっともっと勉強しよう」
「クスッ、外のことならこのユズにもご相談を」
白蛇の脇、さも正妻であるかのように寄り添うイーリス族のユズは優雅に微笑む。
レギは少しだけムッとすると、白蛇に抱きついた。
「白蛇様、レギの方が役に立つ!」
「ありゃりゃ、喧嘩するなって二人とも」
「私は喧嘩などしたつもりはありませんが」
「ん、ユズはなんだか白蛇様と距離が近い」
レギはギュッと白蛇を抱き締め、ユズを睨む。
ユズの打算を本能的に直感し、白蛇を守ろうというのか。
ただレギの発言、ユズは目を丸くすると。
「まさか嫉妬でしょうか? あらあら別に取りませんよ、白蛇様は皆の守り神、でしょう?」
嫉妬を指摘されるとレギは顔を真っ赤にする。
うーと、不貞腐れたように呟くと、益々ユズは調子に乗って。
「私もレギ王女とは是非ご友人になりたいと思っていますわ」
「胡散臭いから無理」
「そう言ってやるなよレギ、ユズもなんでもかんでも計算尽くじゃないと思うけど……だよな?」
「…………」
ユズは無言、あえて何も言わない。
実際彼女は天才級の話術師、口先の悪魔と言えよう。
八方美人と謂れようと、彼女が築いた人脈は凄まじく、そんな彼女が白蛇に着くといえば、あのレギン王やモリブデンのモリス公王とて黙っていない。
さながら投資するかのように、白蛇と魔物街にリソースが注がれていくのだ。
「白蛇様、第二都市の件お願いしますね」
ただユズは小さな声でそれだけ伝えると、空へと飛んで行った。
恐らく先に魔物街に帰るのだろう、彼女なら一日で魔物街まで飛んでいける。
「はいはい、約束ですからね」
「んー、なんの話?」
「魔物街に到着したら、発表するよ」
魔物街が秋を迎える頃、白蛇は正式に魔物街第二都市計画を宣言した。
魔物街の住民には必要性が疑問視する声もあったが、あの白蛇様の宣言ならと、士気は高かったのが幸いであった。
保存されていた雷龍の素材は、直ちにオークションが開催された。
貴重な雷龍に、モリブデンやドワーフ王国からやってきた商人は文字通り跳ね上がるように金額を釣り上げていく。
だが最終的にはドワーフ王国からやってきたドワーフ王国のニール王子とファ王女が鱗と骨を落札。
瞳、そして肝だがそれは、話を聞きつけた東方からやってきた砂漠の民と名乗る商人が落札。
気になって調査すると、危険な砂漠を抜けて、東方から魔物街へと入り、本来は大森林で産出する宝石類の取引にやってきたようだ。
コボルト商会でも知り得なかったが、どうやら魔物街産の宝石類が東方にも伝わり、良質な宝石が採れると注目されているのだ。
とはいえ東方の砂漠の国はやはり遠い、その商人はホクホク顔で、落札した素材を持ち帰っていった。
そして述べ国際通貨にもなった莫大な予算を持って、ユズの希望した大森林北部の高原地帯に第二都市建設が開始される。
都市を造るというのは、莫大な資材に、人材が必要であった。
第二都市建設には、ドワーフ王レギンも人材面で協力、そしてモリブデンは資材を提供する形で協力した。
最初は互い奇妙であったが、人族、獣人、半森人、鉱人、そしてオークにゴブリン、コボルトと、あまりの多種族連合に、一堂は困惑。
しかしいざ一緒に働き、同じ釜の飯を食えば、ニンゲンも魔物も、同じように歌い、踊る友となった。
あれから二年――魔物街第二都市は完成し、その統治は白蛇が統治者となり、モリブデン公国とドワーフ王国も巻き込んだ国際都市となった。
「えー、めでたくル・ファーレ国際都市は無事完成しました。この二年本当にお疲れ様でした!」
白蛇は要人も集まる会場で、演説台に立ち演説する。
街の名前は公募を行い、ル・ファーレとなった。
これはモリブデンの商人の応募で、その意味は新たな改革という意味らしい。
新たな改革、即ち魔物もニンゲンも共に暮らせる街と願い、付けられた名前、それに相応しい街に出来るだろうか。
白蛇の演説には、ドワーフ地底王国国王レギン、モリブデン公国公爵モリスも出席し、拍手を送った。
あれから二年経つのに白蛇は相変わらず慣れた様子もなく、グデグデであったが。
あ、そうそう、魔物街第一都市も二年の中で変わって行った。
名前は正式にパイソーとなる、これはオーク族が古語で白い蛇を意味しているそうだ。
つまり白蛇の街パイソーである。
名付けられた時はリュウイチも照れ笑いしたが、ル・ファーレには負けられないな、と誓った。
パイソーには、ドワーフ王国の大使館も建ち、モリブデンから冒険者ギルドパイソー支店が出来た。
コボルト街にはモリブデンの商館も建ち、今や積極的に商売が行われている。
色々後回し気味になっていたネレイドの居住問題も、遂に改革が入り、汽水域を伴う魔物街パイソーの拡張が行われ、ほぼ全てのネレイド族の受け入れが完了した。
今やあの名も無き湖は再びミズチたちの営巣地に戻った訳だ。
多少なり海に近い環境に住むようになったネレイドたちは、笑顔で唄い泳いだ。
その淡い赤色の鱗も見る見る快復していき、テティスはすっかり元の美しさを取り戻すことが出来たんだ。
他にも念願だった、セブンターキー養鶏計画は、イーリス族のキリコの執念が実り、今や百羽を越すセブンターキーが放牧されている。
これはキリコだけでなく、酪農の知識のあるモリブデン出身農家のアドバイスもあったが、なにはともあれ安定した食糧需給に成功したのだ。
正に順風満帆、この二年は白蛇にとって、過去最高の大成功だったと言えよう。
だからこそ、あの日……時代の流れが水面下で街を襲おうとしていたこと、気づくことが出来なかった。




