第94話 十分の一も伝わらない愛
レギ王女の生還を祝った祝宴も、静かに終わりを告げる。
酔いどれドワーフ達は街のいたる所で眠っており、混沌と化していた。
一方宮殿では、静かになった王宮をレギは静かに歩いていた。
王女としての立ち振舞は正直疲れる。
だから今だけ、少しお転婆にドレスの裾を持ち上げてしまう。
どの道ドワーフが作法を求めてどうするのか、彼女は父レギンの寝室を前にすると、心臓がバクバクと音を鳴らした。
「父、レギです」
そっと扉を叩くと、中から「入れ」と返事が帰ってくる。
レギは深呼吸すると、扉を開き、王の寝室へ入った。
王はすでに寝間着であり、もう就寝するところだったのだろう。
「どうしたレギよ、余になにか?」
「ッ……これ、見てください」
レギは緊張した。その手には園芸用の鉄鋏が握られており、それは雷龍の鱗が用いられている。
渾身の一作、今のレギに出来る限界、それを王に差し出す。
「ふむ……これはレギが打ったのか?」
「うん……魔物街の工房を構えて」
レギン王は鉄鋏を持ち、様々な角度から品定めする。
世界でも有数の性能と品質を持つ渾身の作品、レギは無言で喉を鳴らした。
「良い出来だ、やはりな……」
「やはりって?」
レギン王は、作業机に向かうと、鍵のかかった棚を開く。
その中にはなんてことのない包丁が入っていた。
「イーリス族の遍歴商人がな、コボルトから仕入れたそうだ、余はこの作品に奇妙な因縁を感じた」
「それってまさか……」
「レギが打ったのであろう、未熟だが……良い技だ」
そう、それは魔物街で生産される包丁だ。
オストも売上好調と太鼓判を押している魔物街の主力商品。
ドワーフは単価の高い商品を好むから、庶民の、それも主婦層に好まれる商品は穴場であった。
それが巡り巡ってレギン王の手にまで届いていたのだ。
「レギよ、そなたには余を上回る才がある、だからこそ余は厳しく当たった……」
「ぅ……でもレギはいつまで経っても未熟で……えぐっ!」
未熟、いつまで経っても半人前……レギは泣いてしまう。
本当は認めて欲しかった、でもやっぱり半人前のレギじゃ無理だ。
それくらい父の鍛冶職人としての技量は桁違いに高い。
一朝一夕で届く筈もないのだ。
「初代ドワーフ王は、神器たる王剣ダマガスガルを打ったのは齢八〇と伝えられる。レギよ焦るな……余の愛する娘の成長は見守っていても進歩している。それがたまらなく嬉しいのだ」
「っ! なら! どうしいつも冷たい顔をしたの! 私がドワーフ王国なんて大っ嫌いになるまでどうして冷たくしたの!?」
レギはもう我慢出来なかった。
ずっと父親の前で借りてきた猫のような大人しさで、父親の言うことを聞いてきた。
でももう限界だ、この父親をどうやって信じられる!?
「今も……このドワーフ王国が嫌いか?」
「嫌い……ドワーフのがめついところ嫌い、頑固でなんにも変革のないところ嫌い! ドワーフなんて大嫌い!」
レギン王は迷わずレギを抱き締める。
レギは驚いて、瞳を収縮させた。
「お前が産まれて、母親が死に、余はこの国を誰よりも愛して欲しいと、余の名を削りレギと名付けた」
「グスッ、だからなに……?」
「すまない……やはり余は父親失格であった」
「そんなの今更……! 父の不器用な性格なんて、レギ分かんない」
十の言葉なんて二も届かないなんていう。
娘にずっと誤解されていたこと、一番辛かったのはレギン王かも知れない。
親子でも、その全部なんて通じないんだ。
まして思春期の少女にとって、厳格すぎる父はトラウマになるほどレギを追い込んだ。
「レギ、リュウイチ殿はどんな御仁だ?」
「白蛇様……? 頼りないけど、皆に愛され、レギあの魔物が大好き……」
もう一人の父親、レギにとって白蛇は父親で、フレイヤとテティスが大切な妹たちであった。
きっとフレイヤには猛反論されるが、それがレギの魔物街での主観だったのだ。
「そうか……そうか」
「父……こんな私を軽蔑する?」
「軽蔑など……出来るものか」
不器用な父親とその娘、父親の不器用さなど今更改善出来る筈もない。
でも嫌いにはなれない、それがきっと親子なんだ。
レギはやっぱり父親を信じられない、誰よりもドワーフな父親を信じられない。
こんな苦痛、早く終わればいい。
(白蛇様……魔物街に帰りたいよ……レギもう……)
§
ドワーフ王国は昼夜が判然としない。
硬い岩盤をくり抜き、光の差さない地底には昼夜なんて関係ないのだろうか。
少なくとも白蛇は、用意されたベッドで丸まっても、中々寝付けなかった。
(レギは大丈夫かなー)
『あの子は今多感な時期だ、自暴自棄なんて当たり前さ』
こういう時、少しだけ二柱の神が有り難かった。
蛇神がティーンな思春期少女が理解できるのかと疑うが、レギが今不安定なのは確かだ。
親になんでも反抗してしまう反抗期、リュウイチにだってあった。
『まっ、すぐに落ち着いて盛りついたメスになるニャ』
「はいそこ! 人を猫みたいに言わない!」
約一年で繁殖可能な年齢になる猫の成長感覚をドワーフと一致させるのは何か間違っているぞ。
あと盛りのついたとか、生生しい話絶対にレギには出来ない。
『まぁさ、親の愛情なんて十分の一も伝わらないからね』
『蛇は基本子供は放置やさかいニャー』
『哺乳類と違って多産だからね、生存戦略だよ』
確かに卵生は一度に生む数が多い。
まぁその殆どが、幼い内に捕食される訳だが。
ガサゴソ。
ん? ベッドの下からなにか物音がした。
ネズミか? 白蛇は物音を立てずベッドの下を覗いた。
ネズミなら見逃してやろう、こんな地底王国で蛇と巡り合うなど不幸そのもの、もう毎日の食事に必死に藻掻く事態ではないのだから。
「なにかなー、《熱源探知》発動っと」
熱量の視界、やや埃の積もったベッドの下にいたのは、周囲より僅かに温度の低い生き物……小さな蛇であった。
蛇? ここはエサもろくにない地底だぞ?
何故こんな穴蔵に蛇がいるのか……なんて自分を棚に挙げていると。
『お久し振りです蛇神様の眷属様』
念話、その心の声に白蛇は飛び跳ねて驚く。
「リサナさん!? まさかこんな場所にまで……」
その小さな蛇の正体はヨルムンガンドのリサナ、より正確に言えば分体創造のスキルによって生み出された眷属だ。
リサナはあの旧き遺跡にも今も静かに佇み、こうやって眷属を各地に放って世界を見守っているのだという。
『テヘッ、本当は黙って見守っているつもりだったのですが、物音出しちゃいました』
「ほんとーにプライバシーもへったくれもないねー、まぁリサナならいいけど」
『そう言って頂けると法悦の極みです』
相変わらずリュウイチとは比べられない程の化け物であるヨルムンガンドのリサナだが、その態度は遺恨無礼なものであった。
【蛇神の加護】かつ自身が蛇神の眷属とはいえ、リサナとて同じ加護は持つのだ。
だからこそ、白蛇は眉を顰める。
「リサナさー、俺は友達って思ってるの、そんなに畏まらなくてもいいじゃん」
リサナは僅かに沈黙、嬉しい……けれど困ってしまう。
『勿体なきお言葉、しかしそれは叶いません』
「なんで? 同じ蛇神の加護持ち、俺とリサナは対等でしょ?」
『同じではありません、確かに私は蛇神様より加護を授かりました、この世界を護る為に』
あーの蛇神がねー? 白蛇は信頼度〇の蛇神を胡乱じる。
リサナは崇拝しているようだが、とてもリュウイチには真似出来ない。
ともあれリサナはリュウイチを明確に特別視している様子だが。
『私はあくまで地上を生きる者、けれど貴方様は天上よりお見守りいただくべき方』
「……つっても俺は基本自由にやるよ、神の思惑とかクソ喰らえだ」
元はといえば蛇神と猫神が不用意に地上で神力を使い、面倒を起こしたのだ。
そのツケを何故かリュウイチが払わされ、望んでもいないのに白蛇にされ、右も左も分からない世界に放置されたのだ。
一応あの迷惑神どももお仕置きを受けたらしいが、それで好感度が上がる訳もない。
だからどうしてもリサナとは温度差が出てしまうのだ。
「まぁいいや、リサナもベッド使いなよ、俺一匹にこのベッドはデカ過ぎらぁ」
『奔放なお方……こんな私を誘っていますの?』
「へ?」
『私もメス……オスに求められるのも珍しくはありません』
しまった。リュウイチは顔を真っ赤にすると、毛布に顔を突っ込み蹲る。
「ち、違う違う! そんなんじゃないから!」
自分が蛇であるという自覚が薄いリュウイチは赤面する。
リサナからすれば、やはりオスなのだ。
オスとメスが身体を重ねる……童貞にはそれだけで頭を沸騰させた。
「ごめん無理ぽ……っ」
『……クス、こちらこそごめんあそばせ』
リサナはそのまま気配を消した。
白蛇は当分赤面しっぱなしで、ろくに眠ることもできなかった。
自分が蛇ということ、改めて痛感する。
やっぱりいつかは、身も心も冷血な蛇になるのだろうか?
昔……人間だった頃、魔物に転生するマンガを読んで、主人公が化け物になってしまい、哀愁を感じた。
まさか自分まで? その幻想を白蛇は必死に否定した。
自分は化け物にはならない、絶対に抗ってみせる。
そのまま夜は明けていくのだった……。




