第92話 親子の再会
――ドワーフ地底王国。
穴掘り名人でもあるドワーフ族が、厳しい北風を避ける為に作られた穴蔵がいつしか広大な地底王国となったという。
ドワーフ王国では、鉱人神の導きによって王朝は築かれたと伝承されているが。
「モリブデン公国ッ! レギ・レビ・レグ王女をそちらにお返しに参った!」
大使の声に、地底王国からは、ドワーフ族の男たちが駆け寄ってくる。
レギは、ドレスの裾を掴んで震えている。
白蛇はそんなレギに優しく巻き付いた。
「っ、白蛇様、冷たい」
「蛇だからな、変温動物だもん」
「クスッ、だったら冬眠しちゃう?」
「かもな、ほら……もう緊張しないだろ?」
白蛇なりの激励、レギは震えが止まると立ち上がる。
馬車の扉を開くと、馴染んだ地底王国に足を降ろした。
そしてレギはドワーフたちの前に向かう。
「恥ずかしながら、帰ってまいりました」
そう言ってペコリ、レギは頭を下げる。
「本物だ」「本当に生きて」「レギ王女様!」とドワーフたちは興奮する。
それほどレギの生存は絶望視されていたのだろう。
捜索隊はドワーフ王国側も出していたが、どうしても慣れない大陸中央部での捜索は難航した。
危険なモーアの大森林にでも送られたならば、生存は不可能という結論であった。
「よくぞ生きて戻った……レギよ」
一際豪奢な儀礼服を纏った壮年の背の高いハイドワーフの男性が現れると、レギは丸い瞳を収縮させる。
そっと気配を隠して観察していた白蛇は、彼こそレギン王だと確信する。
レギはおずおずと前に出るが、やはりと言うか父親と視線を合わせられない。
恐怖が上回っている、父が恐ろしい。
「レギよ、辛かったろう、今日は歓迎会を開く故、ゆっくり休むがいい」
「……はい、王様の仰るとおり、に」
レギの返事には精気がない。
逆にレギン王は厳つく威厳をヒシヒシと感じさせる。
リュウイチの人生に王族なんてのは、当然知り合いにいる筈もなかった。
だからこれが再会した親子の感動の姿なのか? と首を傾げた。
王と庶民は違う、それは理解できるのだが……。
「さぁモリブデンの諸君もドワーフ王国は歓迎しよう、ゆっくり休むがよい」
緊張していたモリブデン側は、王の発言にホッと安堵した。
もうこれでドワーフ王国との国交再開は間違いないだろう。
大使もこれで公王に良い返事が出来ると思えた。
「……なぁー、王様、もうちょっとさ、レギに言うことないの?」
そんな安息をぶち壊しかねない発言をしたのは、やはり白蛇だった。
レギは恐れていたように振り返り、レギン王は目くじらを立て厳つい視線を怪しげな白蛇へと送った。
「白蛇様っ!」
「レギもこれでいいのかよ! 父親なんだろう! それで本当にレギが癒やされるって思うのかよ!」
白蛇は迷わず、ドワーフたちの頭上を飛翔し、レギン王の前まで飛ぶ。
ドワーフたちは、光の翼をもつ白蛇に、驚愕し、慌てふためいた。
だがこのレギン王は動じない、鋼のような両腕で腕組みし、白蛇を睨みつける。
「余が、父親として失格だと、そう言いたいのか?」
「俺に王様の何が大切かなんて分かんねーけどよ、レギは子供なんだ、ずっとずっと不安抱えてた多感な子供なんだ! どうして抱きしめてありがとうも言えないっ!」
もしリュウイチの両親が息子を誘拐されて、無事生還出来たら、きっと抱きしめてくれたと思う。
今だってもしかしたら行方不明で心配されているかも知れない。
今や白蛇、リュウイチは今更家族にどんな顔で会えばいいか分からないけれど、レギは違う。
「白蛇様……レギッ」
レギン王は初めてレギに視線を向ける。
その厳つい大男は、天地を震わす声で。
「レギ、この駄目な父親の抱擁を、受け入れてくれるか?」
「っ!? 父?」
レギは驚いた、いつも恐ろしい顔で達観し、レギに厳しかったレギン王が、自分を駄目だと言ったこと。
その瞬間、レギの涙腺は決壊した。
「ああああん! 父、父っ!」
レギはわんわん泣いて父親に抱きついた。
レギン王は「そうか」とそんなレギを優しく抱きしめる。
「なんだ……ちゃんと父親じゃんか」
白蛇はあまりに不器用過ぎたレギン王に苦笑した。
レギの誤解、レギン王は確かに厳つく、周りを萎縮させてしまう。
それがまるで冷血な人物のように錯覚させてしまった。
思った通り、娘が可愛くない筈がないのだ。
父親が、娘を溺愛するなんて、庶民でも王族でも変わる筈がない。
それが親子なんだから。
「白蛇……貴殿がユズ嬢の報告にあったレギを保護していた魔物街の王か」
「正確には守り神、個人として王として君臨した覚えはない」
どうやらユズを通じて白蛇のことは知られているらしい。
ユズの姿は見当たらないが、ちゃんとドワーフ王国には来れたようだ。
ならば早い、白蛇はレギン王へと頭を垂れる。
「魔物街よりドワーフ王へと謁見をお許しくださいませ、白蛇リュウイチと申します」
「ドワーフ王国国王レギン・レビ・レグだ、貴殿相当腕の立つと聞くがなるほどな」
「うん?」
レギを抱き締めたまま、レギン王はなにか納得し頷く。
ユズの奴、どういう伝え方をしたんだ?
「あの危険な魔物の森に街を建設し、争うしかなかったオークとゴブリンを纏め神と崇められておると聞く、その手腕は神がかっているとも」
白蛇は脳裏で「ユーズーッ!」とこっ恥ずかしく叫んだ。
どうやらレギン王は白蛇の為政者としての腕を確認したようだ。
「して見返りは何を求む?」
「は? 見返り? 何を言って?」
「レギの護送、当然恩賞目当てよな?」
どうも勘違いがある。
白蛇は「プッ!」と吹くと、大笑いした。
「アッハッハ! 俺は大切なレギにアンタと仲直りしてほしくて着いてきただけだぜ?」
「……そうなのか?」
レギン王はレビを見た。
泣き止んだレビは小さく頷いた。
「白蛇様は、ドワーフ好きの愛すべき大馬鹿、打算じゃレビを助けない」
ドワーフは頑固でがめつい守銭奴と言われる種族だが、恩には恩で報いるし、特に見返りを求めない馬鹿者を尊敬するという。
あのレビが懐くのだ、白蛇は信用出来るといえる。
「貴殿モリブデンとドワーフ王国の国交回復を見込んで、なにかモリブデンと取引したのではないのか?」
「んー、まぁ別にそういう目的じゃないけど、公王とは交易の約束したくらいだねー」
交易の確保、白蛇はなんてことないという風に言っているが、国にとってそれは時に致命傷にもなりうる。
レギン王はおそらくモリブデン側に万が一の場合、魔物街を利用するサブプランがあると踏んだ。
ドワーフ王国と交易が失敗した場合、モーアの大森林で安全を確保出来るなら、交易範囲は東部や南部まで見えてくるだろう。
「なるほど狙いは大体分かった。ではだ、リュウイチ王よ、ドワーフ王国にも、その交易一枚噛ませろ」
「はえ? そりゃ願ったり叶ったりだけどー?」
正直な感想、白蛇は魔物街を中心にモリブデンとドワーフ王国で三角貿易が出来れば理想だと思えた。
でもそれはキャンパスに描いた夢物語でしかない。
物と人材の交流は、必ず魔物街の新風を吹かせる。
レギン王はそれを誰よりも早く察知したのかも知れない。




