第91話 レギ王女護送
レギ王女護送、それはモリブデン公国の騎士団と大使を連れて北部北海側に面するドワーフ王国へと出発した。
この大軍団の移動は、それだけで周辺を警戒される可能性もあるが、ドワーフ王国にはイーリス族のユズが先行して、モリブデン側の通達を伝えた手筈である。
肝心のレギは、警護する騎士団の中央、最も豪奢な馬車の中であった。
今や王女として相応しく着付けられ、レギは窮屈なドレスに身を包んでいた。
刻一刻、ドワーフ王国が近づいている。
この夏の時期大陸を横断する長大なトロス山脈は僅かに雪解けし、それはモーアの大森林に豊かな清流を齎し、地下を通って大陸の南の海まで流れてゆく。
スプルア山にはイーリス族のコミュニティがあり、山脈に近づくに連れ、頭上を忙しなく飛ぶイーリス族が増えている。
情報を収入源にするイーリス族である、この歴史的大イベントを早速情報材として、世界中に売りに飛ぶのだろう。
イーリス族は生まれながらにして優秀な情報屋だと言える、諜報活動もお手の物だ。
直接武力には長けない代わりに、あの誰も寄せ付けない大空を得た。
ドワーフ王国にもきっと、大勢のイーリス族がやってきているだろう。
標高3,000メートルにもなるスプルア山の北側にドワーフ王国の入り口はある。
一団は山を迂回し、入り口を目指す手筈だ。
「いやー、壮観だねー」
レギの背後、馬車の荷物置きから、レギの聞き慣れた声がした。
言わずもがな、白蛇である。
レギとは真逆に、白蛇は荷物に紛れ、モリブデンの本気を間近に見て、感嘆の息を吐く。
何百人もの騎士が、周囲を護衛し、馬に乗った騎士の数も半端じゃない。
おそらく過剰戦力であろうが、一度レギ王女誘拐があったため、過敏になっているのだ。
「魔物街じゃ先ず無理だな、この規模は」
「ん……モリブデンは小国だけど、人口は単純に魔物街の百倍だから」
「それだよなー、宿場町で見ても、モリブデンって人口あるもんなぁ」
魔物街も急激に人口を増やしているが、それでも元々過酷な大森林に住んでいた部族たちの数は圧倒的に少ない。
オーク、ゴブリン、コボルトの三種族合算しても、モリブデンの地方都市と同じ程度の人数しかいないのだ。
最も、多ければそれはそれで問題もある。
首都デーントには、孤児院も多くあり、訳ありの浮浪者や孤児が多いのだ。
デーントにはそんなスラム街があった、魔物街もいつか同じようになるかも知れない。
「マンパワーだよな、魔物街には致命的に無い」
「でも逆に、魔物街には天才が多い」
「天才だって?」
「才能って言ってもいい、妙にガッチリ嵌っている気がする」
白蛇は「あー」と明後日の方を見た。
レギが育成した鍛冶職人たち、最初は文字通り初心者だったのに、数ヶ月でそれなりの鍛冶職人になってしまった。
まるでそうなる為に産まれてきたかのように、だ。
その真相は、白蛇の固有スキル【能力鑑定】に由来するものだ。
(村になんにもなかった時、仕方なく皆の才を片っ端から調べて、職を割り振ったもんなぁ)
生まれ持った【才】とは、本人が死ぬまで気付かない場合もある。
実際色んな才を見てきたが、それを全て発揮出来ている者は殆どいなかったのだ。
「ちなみにレギに、料理の才能があるって、信じる?」
「ん……レギ、たまに酒のつまみ作るけど、フレイアにも好評だった、アレって才能だったの?」
どうやら無自覚ながら料理に才を実感しているらしい。
おそらくだが、本気で料理人に師事すれば、数ヶ月でマスター出来る才能だろう。
それを酒のアテという辺りが、実にレギらしい。
「白蛇様はまるで運命神だね、移ろう者に道を示してくれる」
本当は蛇神の眷属なのだが、運命神とは言い得て妙だ。
とはいえ……白蛇もちょっと複雑なのだが。
「なぁレギ、もし鍛冶の才があったとして、鍛冶職人になりなさいってのは、傲慢だと思うか?」
「んーそれで鍛冶を好きになってくれたら問題ないと思う、問題はやりたいことを強要すること」
当初はこれしか選択肢はなかった。
家を建てるにしても、料理にしても、狩りにしても。適材適所で回すしかなかった。
だが今は白蛇も才による選別は行っていない、ある程度自由な選択を良しとしている。
けれど才もないのに、当てずっぽうな努力は苦痛だ。
レギに農家をやれと言っても、本人には苦痛にしかならないだろう。
相談なら受け付けている、最もレギみたいにフランクに白蛇に声を掛けられる住民は稀だが。
「神様ってのも、窮屈だねー」
「むしろ白蛇様ほど下々に親しい神様もいない」
それはそう、本来なら神が外界に干渉するのは御法度だ。
大人しく地上を観光する神様もいるらしいが、そうやって問題を起こして、今があるんだから、神のルールも厄介である。
本来なら白蛇も速やかに神界に戻り、神としての教育を受けなければならないのだが、蛇神が証拠隠滅を図り、この世界に落とした結果、もはや神界側からサルベージする手段がないらしい。
勿論めっちゃ怒られたそうだが、白蛇は「ざまぁみろ」としか思わない。
折角得た蛇性なんだから、背一杯楽しまないと。
「ん、この空気懐かしい」
レギはゆっくり瞼を閉じ、清涼な空気を肌に感じた。
白蛇にはまだピンと来ないが、夏にしては涼しい風が一団を包んでいる。
「魔物街と比べると、やっぱり気候が寒冷だな」
「ん、北海の氷海は名物、北から吹きつける強風は厳しい」
どっちかと言うと温暖湿潤な魔物街とはまるで違う。
一年の大半が寒冷な北部地域は、農業があまり発達しなかった代わりに、漁業や鉄鋼業が発達したという。
今から向かうドワーフ地底王国は、世界一の鉄鋼業の国だ。
莫大な地下資源に支えられ、それを鍛冶職人たちが加工し、各国へと輸出される。
今回そんな利害関係が焦点となった。
「レギ、やっぱり怖いか?」
「ん……」
レギは震えていた。
怖い、本当は逃げ出したいほど。
父レギンにどんな顔をすればいい?
また失望されるなんて嫌だ、自分は死んだ方が幸せなんじゃないかって何度も考えた。
奴隷にされた時、心の何処かレギは安堵していた。
フレイアがバチクソ反抗的で何が何でも自由の為に闘争する女で、レギは初めて出会えたエルフがフレイアで本当に良かったと思っている。
レギ自身は誰にも知られず、気持ち悪い貴族とかに慰め人にされても構わないって思っていた。
でもフレイアの気性に当てられたら、自分も自由が欲しくなった。
そうして危険を承知にモーアの大森林に逃げ込み、無事魔物街に亡命成功した。
本来なら、そこで名前もなにもかも捨てるべきだった……でも、出来なかった。
自分の性でモリブデン公国とドワーフ王国が険悪になっていると知ったら、居ても立っても居られない。
「私……なるよ、人身御供でも、なんでも」
レギの視線はあまりにも遠い。
ドワーフ王国で過ごす苦痛、それでも王女として責任を取らなければならない。
でも……それでも白蛇はそんなレギを許そうとは思わない。
(鉱人神様、こんな健気で優しい子を不幸にしたら、俺が絶対許さないからなっ!)
白蛇の決意は果たして、レギン王に通じるのだろうか。




