第90話 異文化コミュニケーション
公王モリスと白蛇リュウイチの間で、商談の仮契約が終わった後、白蛇は公王より貴賓として扱われ、上等な部屋が用意された。
白蛇はあまり気にしなかったのだが、仮にも一国の主のような者とあれば、公王も無礼は働けないという事だろう。
とはいえ、あくまでもニンゲンの為の部屋であり、白蛇は窓際に立ち、外を眺めていた。
ここは別荘に当たり大きな庭が眼下に広がる。
魔物街には無いタイプの庭園、白蛇はメンテナンスが大変そうだな、と呟く。
正直あまりこのような庭園は魔物街には必要ないと思うのだが、文化を知る必要はあった。
人族は華美を好む、成金趣味はご愛嬌といったところか。
対外的には、国力を示す意味もあるのだろう。
「これから迎賓館とか建てるなら、参考にはなるか」
「なんじゃリュウイチよ、真剣な顔で、似合わんぞ」
白蛇は素早く後ろを振り返る。
部屋の中央には、いつの間にか闇の魔女が立っていた。
「師匠! 今までどこに行ってたんですか?」
リッチクイーンのマーシーは、クスリと微笑むと、部屋の角にあった天蓋付きのベッドに腰掛ける。
中々にふかふかで寝心地良さそうだ、リッチクイーンもその肌触りには好感触の様子。
「クククッ、ちと野暮用でな……お主こそ、ここはニンゲンの領域、どういうつもりじゃ?」
「どういうって……レギの護衛ですよ、明日からドワーフ王国に向かうんです」
「妾が聞きたいのは、人族となにを企んでおる?」
企み……師匠には敵わないなぁ、と白蛇は頭を下げる。
「モリブデン公国と交易の約束をしまして」
「……本当にそれだけ、か?」
リッチクイーンは随分真剣な顔であった。
白蛇は可愛く首を傾げる、リッチクイーンは顎に手を当て思案した。
「ふむ……リュウイチよ、ニンゲンと関わるのは程々にしておけ」
今度は白蛇が、不快そうに顔を顰めた。
どうしてなのか、リッチクイーンの考えの読めない白蛇は理由を聞くと。
「何故、魔物だからって、ニンゲンと分かりあえます!」
「……じゃから程々にじゃ。国家ぐるみは止めておけ、お主の為でもある」
それでも、納得はしかねる。
「師匠……なにを恐れているんです?」
恐れ、リッチクイーンは鼻で笑った。
「恐れか! クククッ! 妾に恐れるものがあるとでも?」
「……恐怖が欠落した存在は、神といえどいない」
リュウイチはあの蛇神と猫神でさえ、恐れを持つのを知っている。
それは不死で絶対無敵のリッチクイーンとて例外ではない。
「もしかして、モリブデンが魔物街を襲うとでも?」
「……可能性は無くはない」
「なら俺は! 公王と必ず講話を持って対等に話し合う!」
公王モリスは少なからず不信感はあったが、白蛇に敬意を見せた。
魔物とニンゲンが、長い間天敵同士だったのは白蛇でも分かる。
だけど、そこで足を止めていたら、白蛇の夢は終わってしまう。
「リュウイチ、ならば気を付けよ、世界とは万魔殿のような物、魑魅魍魎どもの権謀術数を侮るな」
「権謀術数……魔物街が巻き込まれる、と?」
「少なくとも、表舞台に出るつもりなら意識しておけ、魔物の国など理解されないと」
理解……それがどれ程困難かは分からないでもない。
あの冒険者ギルドのマスターでさえ、魔物街を信じている様子はなかった。
公王もまた、事実確認を必要としている。
ならばリュウイチに出来るのは、最大限モリブデンの使者を饗すことだ。
「のぉリュウイチよ、お主は魔物にしてはニンゲンにも理解がある。じゃが妾には足元の不安定な橋を渡っているような不安がする」
「それは俺が弱いから? 俺じゃ魔物街はまだ守れないから?」
リッチクイーンは首を横に振る。
「違うな。兎に角注意せよ、妾はもう行く」
ベッドから立ち上がると、リッチクイーンは魔法を使い、その場から転移した。
リュウイチには理解の及ばないものは多い。
権謀術数、リュウイチには足りない能力だ。
モリブデンとの付き合いが、嫌でも魔物街の圧力となるのか?
「違う……違うだろ、信じなきゃ何も出来ない!」
モリブデン公国を、モリス公王を疑いたくない。
それとももっと強大ななにか、この世界にはあるのだろうか?
リュウイチの夢、リュウイチの野望、それは魔物街を世界一の豊かで幸せな街にする事だ。
神の半神たる蛇神の眷属にとって、なにか目的がなければやってられない。
生き甲斐とも言っていい、生前働く社畜だった時代は生き甲斐なんてこれっぽっちも無かった。
第二の蛇性こそ気ままに自由に生きたいのだ。
「師匠、俺は止まるつもりはない……て、ん?」
コンコン。部屋の扉がノックされた。
どうぞー、と返事を返すと、扉は開かれる。
中に入ってきたのは、メイド服の少女だった。
「あ、あのお食事のご用意なのですけれど……」
おずおずと怯えたように入ってくる。
金髪で碧眼の幼い少女の瞳には、大きな白蛇が不気味に映っているだろう。
その様子は、白蛇にも容易に読み取れた。
先ほどの師匠とのやりとりもまた、魔物とニンゲンの交流の困難さを物語っている。
「ここで食べるよ、あんまりうろちょろされると迷惑でしょ?」
少女はドキリと背筋を伸ばす。
白蛇が凄く当たり前に理解できる言葉を用いたのが、意外だったのだろう。
公王モリスより丁重に饗すよう使わされたが、あからさま蛇に理性を求めるなど、常識では語れない。
実際面と向き合い、話し合わなければ白蛇という神も誤解されるままだ。
「どう? 見た目に騙された? 心配しなくても、食べないよー」
魔物はニンゲンをも喰らう。
その常識を知っているらしく、少女は空笑いした。
はぁ……やっぱり前途多難だな、魔物ジョークはあんまり受けが良くないらしい。
異種族コミュニケーションの困難さ、それでも諦めるつもりはない。




