第89話 広がるヒトの環
「別にいいよ、こっちも事情があったし」
「して何故リュウイチ殿は、この国に?」
リュウイチはそれを聞かれると、ニンマリ蛇顔を歪める。
ちょっと不気味と公王も引き気味だったが、構わずリュウイチは語った。
「やっぱりさ、ちゃんとした文明を持つ街に興味あってさー、こうやって物見遊山っつーか、まぁレギの護衛もあるんだけど、いやー来て良かった良かった♪」
「は、はぁ……? 街を褒めて貰えるのは公王として嬉しいが……」
「特にさ! モリブデンって商売が盛んじゃん! 是非さ、魔物街とも取引できたらなーって思うんだけどさ!」
白蛇はグイっと公王へと顔を近づけた。
それには顔を青ざめ仰け反る、相手の人柄はまだ理解出来ていないようだ。
そんな公王にユズは、ある物をテーブルの上に置いた。
それは小さな箱である。
「公王様、こちらをご覧ください」
「む、これはなにか?」
公王は箱の蓋を取ると、中身を確認した。
中身は魔物街で製造されるボタンである。
「これは良く出来たボタンだな」
「これはモーアの大森林に生息するマッドシェルの貝殻から製作されたボタンですわ」
「ほぉ、光の反射で美しく輝いておる、ドワーフ王国製か?」
「魔物街製ですわ……そしてボタンを保護する物にもご注目を、こちらも箱含め魔物街の製品になります」
言われて白蛇は納得した。
箱は森の木を伐採し、加工したもの。
緩衝材はオークが昔からは栽培する木綿製だ。
赤く染色されており、ゴブリン族の染色技術が用いられている。
「これらは全て、魔物街の職人の手製になります、このモリブデンでも少量ながら取引されていますのよ?」
「なんと! 魔物街にはこの品質の物があるというのか!」
「えぇ我々イーリス族は魔物街と正式な相互交流を致していますの」
あのイーリス族が重要な取引相手としている。
それはある意味で白蛇の万の言葉より、重要な言葉であった。
「むぅ、リュウイチ殿は商売に興味があるのか?」
「うん! 今はさウチが抱えるコボルト商会に全部任せているんだよねー、もし良かったら、コボルト商会の商売もモリブデンでさせてもらえたらなーって」
公王は目の色を変えた。
リュウイチは公王の雰囲気が一気に高まるのを感じると、緊張し身体を伸ばした。
「つまり魔物街では商売が出来るほど安全でもあるというのか?」
「少なくとも、魔物街周辺は道が整備されていますし、商人を守る警備兵も配置されていますわ」
ユズからすれば、むしろモリブデンよりも安全とさえ言える。
その言葉は、公王さえも唸らせた。
今ドワーフ王国と交易が止まっている状況、ほぼ交易の税収で国を賄っている都合、取引相手は多いほうが良い。
特に政治事情が関係しない相手は最高だと言える。
「魔物街はドワーフ王国とも取引しているのか?」
「直接はまだ、時間の問題かと思いますが」
ユズは代表して答えた。
白蛇は公王さえ言い負かすユズに舌を巻く。
そしてソファーに腰掛けるレギが更に後押しした。
「魔物街との商取引、ドワーフ王国もきっと歓迎する」
「そーなのかー」
リュウイチも、商売は疎い。
だが峻厳なスプルア山の反対側にあるドワーフ王国とさえ交流出来るなら、夢が広がるじゃないか。
リュウイチは可能なら、モリブデンとドワーフ王国と交流し、魔物街をハブ港みたいに出来れば良いなと思った。
「……おし、リュウイチ殿よ、そちを信用し、そちらに商館を置きたい、出来るか?」
「全然オッケー! 良い建物用意するぜ!」
「この方大使館を即日用意してくれた方です、中々太っ腹な方ですわ」
しかもキッチンに風呂、ふかふかベットまでフル完備という神物件、ユズでさえもう二度とあのクソ不便な集落には帰りたくないと思えるほど。
白蛇の二つ返事に公王は確信した、この商取引は必ずやモリブデンの利になると。
「おいザイガス! 至急冒険者に魔物街の実態を調査させろ!」
「へ? またウチっすか!」
「こういう不確かなことに騎士は出せん! 魔物街までの商業ルート開拓は任せたぞ!」
ギルドマスターのザイガスは頭を抱える。
危険な魔物蔓延るモーアの大森林に冒険者なんて送りたくないのに、今度は商売と来た。
「あっ、それじゃ私たちが行きまーす♪」
「うむ……魔物街で実際過ごした我々の出番だな」
なんならすぐにでも帰りたいリテリルとグリード。
グリードの目的は間違いなくあのコボルトの人妻だが。
「事実確認の為、もう一組行ってもらう……はぁ、なんで冒険者を魔物の国になんて」
「なんならギルドマスターも来たらどうです? 意識変わりますよ、マジで」
もうどうにでもなれと、ラインまで言う始末。
ザイガスは世にも奇妙な現実に、これは夢かと疑った。
だが事実として魔物街は存在するし、冒険者だって受け入れている。
「ザイガスさんだっけ? なんならさ冒険者ギルドも魔物街に置いてみない?」
突然白蛇はザイガスに振り返った。
「へ? 魔物の国で冒険者ギルドを?」
「そう、実はちょっと興味もあったんだよね、もしかしたらウチのオークやゴブリンでも冒険者になれるかもって!」
それこそ正気か、ザイガスは首を振る。
だが現実を知ったリテリルはむしろ。
「あっ、魔物街に冒険者ギルド出来るなら、向こうで仕事出来るじゃん!」
「リテリルお前……」
リテリルはむしろ魔物街をホームにしたいので、冒険者ギルド魔物街支店は大歓迎である。
グリードも口に出さないが、冒険者ギルドが魔物街に出来れば、合法的に住めると内心歓迎していた。
「あーうん、まぁ考えておく」
もうどうにでもなれ、ギルドマスターも今が夢か現か判然としなかった。




