第87話 城塞都市デーント
白蛇の冒険は幾つかの宿場町を通過し、いよいよモリブデン公国首都デーントを目前としていた。
ここまで白蛇はラインの背嚢の中に隠れていた。
流石に光る翼を持つ白蛇では、怪しまれるだろうというラインの判断であった。
魔物に敵意を持つニンゲンを相手に、無条件で受け入れられるとは白蛇も思っちゃいない。
異なる種族の交流は慎重であるべきだ、それでも白蛇はその先を目指している。
「レギ様、着きましたわ、ここがデーントでございます」
「ん、公務で何度か来ているから知っている」
途中馬車を運良く借りられた一行はそのまま、城塞都市デーントへと入国する。
幌の付いた馬車から、レギは懐かしむように街並みを眺めて。
「小さな国だけど、ここは活気がある。こういう街はレギも嫌いじゃない」
「んー魔物街と比べると、やっぱり人口が違うなー」
そっと背嚢から顔を覗かせて、白蛇も観察した。
勿論ここでさえ、彼がやってきた日本の大都会と比べれば、精々地方都市といったところである。
だがそれでも、街の至るところから聞こえる商いの活況は魔物街にはあまり無いものだった。
「この街って商売が盛んなの?」
「国では一番ですね、デーントから東はドワーフ王国、西は神聖マルエード皇国に南部の半島にあるエルフ共和国、取引は盛んですからね」
立地の都合、大陸の丁度ど真ん中に位置するモリブデンは昔から商売が盛んだった。
お陰で街道も整備され、治安は良いのだが、それ故に悩みのタネもあるんだとか。
「利権狙いで、マルエードがいつ戦争を吹っかけてくるかとか、悩みも多いですけどね」
事実、モリブデンは交易の税収で賄われている国だ。
故にドワーフ王国との国交断絶が如何に致命傷かが、よく理解出来るだろう。
ドワーフ王国から輸出される武器や防具類は、更に輸出され、富へと変わっていく。
そしてドワーフ王国も、衣類や異国の酒等を輸入し交易で富を築いていたのだ。
公王はその為に、レギ王女を誘拐したと思われる奴隷商マフィアを何が何でも捕縛する必要があった。
それは冒険者ギルドのマスターに相談され、秘密裏にレギ王女捜索の任務が下された。
ラインたちは危険な大森林へと捜索に駆り出され、無事こうやって帰還したのだ。
「よっと、レギ王女どうか俺の手を」
やがて馬車が乗り合い所で停止すると、先ず冒険者一行が降り、ラインはレギに恭しく手を差し伸べた。
「ん、一人で降りられる」
「レギ様、恩を売っても損はないですよ?」
レギの後ろ、ユズはそう諭すと小さく微笑んだ。
ユズのこの性格だけは、どうにも相容れそうにはない。
「ん、なんでも損得勘定で考えるのは、強欲過ぎて嫌い」
「あら、ドワーフは元来強欲ではありませんか?」
「だからレギはドワーフが好きじゃない、皆お金とお酒に目がないから」
多くのドワーフが、頑固者である一方強欲であると多くの国で周知されている。
ドワーフに仕事を頼むなら、大金か酒で饗せと、無論ユズが知らない訳もなく。
事実あの国は、そうやって何百年も過ごしてきた。
お陰で世間一般でのドワーフは気難しい相手だと思われている。
まぁ実際には、それほど度を超えて付き合いづらい訳ではないが、商売となると厄介なのも事実。
「ユズ、何を考えているか知らないけど、レギには価値なんてないよ」
「価値とは、人によって評価が変わるものですわ。犬猫に金剛石はただの硬い石、けれどドワーフにはお宝であるように」
言葉ではユズには敵いそうにない、レギは辟易するように、馬車の荷台から飛び降りた。
そのお転婆な降り方に、ユズは苦笑して肩を竦める。
彼女は最後に優雅に羽を広げて降り立つと、周囲からは感嘆の声が上がった。
「イーリス族だ、美しいな」
「身分の高い方だろうか?」
異種族としてはあまりに特徴的な背中から生える純白の翼は、非常に目立ってしまう。
更にユズの気品は、周囲を魅了するには充分過ぎた。
「むー、自分の方が王女様って感じであざとい」
「私など実際にはそこらの生娘と変わらないのですが」
「ん、それ言い過ぎ」
ビシッと、レギがツッコミを入れる。
パン、ラインは両手を叩くと、二人の注目を集めた。
「これから俺達は冒険者ギルドに向かいます。レギ王女はご同行お願いします」
「ん、よしなに」
レギに異論はない。
直ぐにラインはリテリルとグリードに指示を出し、レギとユズを囲んで街の中心へと進んだ。
この陣形は二人を護る為だ、仮にも一国の王女、本来なら公国騎士団が列を成して護衛せねばならないが、今回は極秘の為、レギが来訪しているのを知っているのは極一部だけなのだ。
「公王に挨拶したい、出来ない?」
「兎に角先ずはギルドへ、お願いします」
ラインは頭を下げる。レギは小さく頷く。
公王はレギが生還したと知れば、きっと歓喜するだろう。
本来モリブデンに卸す筈だった商品は全て失ってしまい、その謝罪もレギはする必要があると考えた。
冒険者ギルドには、あまり興味もない、どちらかといえば商業組合の方が興味がある。
レギが本来モリブデン公国に着たのは、商談も兼ねてだったのだから。
「なぁ冒険者ギルドって何するところなんだ?」
背嚢から小さな声で、白蛇は質問した。
ラインは振り返ることなく、小さな声で返答する。
「簡単に言えば、なんでも屋みたいなもんですよ。国や個人じゃ対処出来ない問題を解決する組織です」
同時に貧乏クジを引かされる立場とも、愚痴を溢していたが。
まぁ生きているかも分からないレギの捜索をやらされて、何度死ぬかと思った大森林への強行捜索、これを貧乏クジと言わないでなんと言おう。
ともあれやっと冒険も終わりだ、たんまり報奨金を貰ったら、暫くは冒険から離れたい。
ラインはそう染み染み思う。
やがて一行は大きな建物を迎えた。




