第85話 出発、大森林の外へ
翌日――白蛇リュウイチはレギを迎えに行った。
相変わらず工房にいたレギ、白蛇は後ろから声をかける。
「レギ、準備は出来てるか?」
「……ん、覚悟も出来てる」
「なーに、モリブデンまでは安心しろ」
ゆっくりレギは立ち上がる。
鋏は大切そうに袋に入れられ、服装はいつもの作業着ではなく、王族らしく着飾ったもの。
改めてレギが王女で、愛らしい美少女なんだとも痛感させられる。
「ねぇ白蛇様、もしレギが逃げたいって思ったら、見逃してくれる?」
「どうしても耐えられないなら、先ず相談しろ。それとな、お前の親父がそんなに駄目親父なら、俺がぶん殴って、レギを魔物街に連れ帰るさ」
白蛇の覚悟を聞くと、レギは目を丸くした。
あの父親をぶん殴ると言ったのだ。
それはとても心強く、そして甘えたくなってしまう。
だけど、レギは責任あるドワーフ王国の王女。
きっと、魔物街には帰れない。
「ありがとう白蛇様」
「なーに、レギは魔物街のちゃんとした住民だ、もう住民票もあるんだからな!」
ドワーフ王国の者であって、同時に魔物街の者であること、レギはいつまでも甘えたかった。
大好きなフレイアと別れるのも嫌だし、テティスのような新しい友達だって出来た。
ドワーフ王国よりも魔物街の方がずっと好き。
だからこそ逃げたい、でも逃げたら皆困ってしまうから。
「行こう白蛇様」
「おう、道中護衛もお任せなさい」
レギと共に工房を出ると、直ぐにユズは待ち構えていた。
「レギ王女様、私もなるべく王女様の弁護を努めさせていただきます」
「ん……ユズ、父とも面識あるの?」
「はい、何度かは」
ユズはこの件、ある意味誰よりも真剣であった。
モリブデン公国とドワーフ王国の問題の筈なのに、どうしてイーリス族がそこまでするのか。
その思惑、白蛇は薄っすら気持ち悪ささえあったろう。
だが必要な力でもある、何より彼女の目的は明確なのだから。
「第二都市の移住だもんな、壮大過ぎるぜ」
彼女は第二都市の建設場所を、スプルア山の麓である、草原地帯を指定している。
そこは立地から言うと、魔物街からも遠すぎず、ドワーフ王国やモリブデン公国とも隣接している地域である。
となると、おそらくユズの狙いは単純にイーリス族の居住地に近い以外にもある気がした。
「ではエスコートも致しますので」
「ん」
レギは玄関口である旧市街の門へと向かう。
入口では、冒険者一行が待っていた。
レギはやや気が重い、そんな時、あの娘の声がした。
「レギ、湿気た顔ね」
「ん、フレイア」
旧市街に住むフレイアは見送りに待ち構えていた。
白蛇はユズに合図すると、先に冒険者の下に向かう。
フレイアはレギが一番仲の良い相手だ、ここは彼女に任せよう。
「いいレギ、国に帰っても私を忘れんじゃないわよ」
「ん、忘れる訳がない、フレイアは想像していたエルフとは全然違った、でも皮肉屋でやかましく面倒な妹だった」
「誰が妹よ! どう考えても私が姉でしょうが!」
「こんな短気な姉がいるわけない」
「ぷふっ、まぁいいわ、息災でね! レギに大樹の加護があらんことを!」
フレイアは胸元で印を描くと、レギを見送った。
王女たる責務、それは陰鬱なほど重たい。
思えば魔物街での生活はレギを自由に羽ばたかせた。
大好きなフレイア、友達のテティス、いっぱい美味しいごはんを作ってくれた食堂のおばちゃん、無茶振りばっかりだけど、もう一人の父親と言える白蛇。
皆かけがえのないヒト、魔物街の思い出はきっといつまでも色褪せない。
「レギ王女、モリブデン公国までご同行お願いします」
やがて入り口までたどり着くと、ラインは生真面目な顔で頭を下げた。
レギはここからは王女として振る舞わなければならない。
より一層顔を引き締めると。
「ん、よしなに」
「よし、出発!」
ラインの号令に一行は魔物街を出発。
白蛇にとっては、これは初めての遠征である。
そして本物の異世界の営みを知る魂胆があった。
なにせ白蛇、外に出れば魔物と何ら変わらない。
それを今回は保護していた魔物街の責任者としてモリブデン公国へと向かうのだ。
不安半分、期待半分である。
「モリブデン公国ってどういう国なの?」
白蛇は道すがらそんな事を聞くと。
ラインが答えてくれる。
「一先ずあんまり種族差別が無い国ですね」
「差別かーやっぱりこの世界にもあるんだなー」
思えば南海の国では、ネレイドが迫害を受けたくらいだ、やっぱりどこかしらでそういう差別とか迫害はあるんだと痛感する。
いやー、異世界も優しくないねーと、苦笑するしかない。
「むしろ魔物街が、あらゆる者を受け入れているのが、信じられないですよ」
「まぁそうやって連合を組まないとやっていけない事情もあるからねー」
オークにゴブリンにコボルト、一種族でも抜けると、魔物街は成り立たない。
力強く土木建築や鉱山勤務で働くオーク、勤勉で政治や宗教でも力を発揮するゴブリン、商業を一手に担うコボルト。
それにネレイド族やイーリス族まで加わると、合衆国的な思想は根付くだろう。
「モリブデンには獣人とかエルフとかも多いの?」
「んー、エルフは殆どハーフエルフだけどね」
それに答えたのはリテリルだった。
実際ハーフエルフのリテリルが知る限り、あまりエルフはいないらしい。
ハーフエルフ自体、エルフ共和国ではニンゲン扱いされない酷いもので、多くのハーフエルフが捨て子にされてしまうという。
たまに親ごと移住することもあるらしいが、大概のエルフが環境変化に耐えられず、ハーフエルフの子供を捨てて国に帰ってしまうとか。
リテリルもそんな有り触れた捨て子の一人だったらしい。
おかげでエルフ共和国のことは全然知らないそうだ。
「私とグリードは同じ孤児院の出身なんです」
「へぇグリード君もなんだ」
「……つまらんもんです、孤児なんて」
獣人のグリードはあまり語りたがらない。
冒険者なんて大変そうな職業に就くあたり、差別はなくとも獣人には生きづらいのだろうか。
「まぁ基本的西方諸国は人族の国ですからね」
「獣人の国ってあるの?」
「そんなのありません、獣人は皆散り散りに生きてますから」
なんでも獣人は家族単位に生きるらしく、統一国家を築こうみたいな発想がないそうだ。
地域によって獣人には人権が認められない国もあり、そういう意味でもモリブデン公国は獣人を差別しない国の一つだ。
「だったら獣人もいっぱい魔物街に来たらいいのになぁー」
「だってさグリード」
「……声だけは掛けておきます」
寡黙な男グリードには、もう一度魔物街へと帰りたい思いもある。
それは魅惑のヒト妻ククルにもう一度会いたい為だ。
獣人とコボルト、似ていて異なる二種族の禁断の恋、事実一番未練がましいのはグリードであった。
「クスクス、きっと魔物街に興味を持つ獣人は沢山いますわ」
ある程度外を知っているユズは笑いながら答えた。
もし世界中の獣人に声を掛けたら、とんでもない数の獣人がやってくるかも知れない。
そうなるとまた大変だろうが、白蛇が目指すのはもっともっと繁栄した魔物街なのだ。
「おっ、そろそろ森を抜けますよ」
先頭を歩くラインはホッと一息吐く。
ここまで奇跡的に野生の魔物と遭遇なし。
最も近づけば白蛇に即刻探知されるので、回避しながら進むのは容易だったが。




