第84話 時代の波はただ小さく
レギ渾身の鉄鋏は一昼夜掛けて製造された。
ドラゴンの鱗の粉末を配合した特殊な鋼鉄は、黄色い紋様が表面に刻まれ、華美にも思える。
しかしドワーフ族が求める美とは見た目に非ず、その機能にこそ美を見出す。
その中でレギの価値観はやや異端だと言えた。
見た目の美しさも、美の基準であると、レギは思う。
「ん……やっと、出来たぁ……」
数々の失敗作の末、遂にレギは納得する。
実際の品質を鑑定した白蛇からすれば、どれも最高級なんだがと苦笑したが。
レギは疲労困憊だったが、完成した鋏を持つと、直ぐに旧市街へと向かった。
完成品を最初に見せたい相手はフレイアなのだ。
旧市街、リンゴの剪定を行っていたフレイアの下にレギは息を切らして駆け寄ると「んっ」とだけ言って、鋏を差し出した。
「なによ、これが完成品?」
「使ってフレイア」
フレイアは使い込んだ馴染みの鋏と新品の鋏を見比べ、新しい鋏でリンゴの枝を切った。
すると枝はまるでケーキでも切るかのように、傷跡なく切断される。
その切れ味と軽さにフレイアは。
「ぷはっ! アンタ鋏に何求めてんの、世界樹を解体出来る鋏でも作る気な訳? アッハッハ!」
「なにがおかしいの?」
「おかしいわよ、情熱の注ぎ方が異常でしょう、鍛治神様じゃあるまいし!」
実質その鍛治神の化身ともいえるレギは、まさしく鍛治神の情熱を持つ者である。
【鍛冶神の加護】とその【才】、レギの探求とはこの世ならざる物なのかも知れない。
ただ……レギはフレイアの馬鹿笑いを見て、満足するとそのままぶっ倒れた。
フレイアは慌てて、レギを受け止めると、優しく頭を撫でて。
「本当にがんばり屋な娘、貴方は世界で一番がんばり屋、誰もが認める最高の職人よ」
まるで謳うように、レギの偉業をハイエルフの凛とした声が讃えた。
そしてフレイアは白蛇を見て神妙な顔で。
「レギを泣かすんじゃないわよ、私の大切な妹なんだから」
「ぷっ相変わらず姉ぶって、心配しなくても俺がレギは護る」
これからレギはトラウマと向き合わなければならない。
白蛇はその日、レギをゆっくり休ませると、冒険者一行を迎えた。
「モリブデン公国に先ずレギを向かわせるつもりだ、護送には俺も加わるけど、なにか問題はあるかな?」
食事でもどう、と気軽に冒険者一行を食堂に誘って、今後の予定を相談すると、リーダーの戦士ラインは仲間たちと目を合わせた。
「どうする? 魔物だもんなぁ」
「でも白蛇様は悪い魔物じゃないよ」
「ぷるぷる、そうだよ、ボク悪い魔物じゃないよー」
リテリルは、すっかり馴染んでいるが、それは魔物街以外では非常識なのだ。
事実獣人のグリードも顰めっ面であった。
「ウイングスネークと誤魔化すのも無理があるだろう」
「つーか、世界中探しても光の翼を持ったウイングスネークなんていないだろう?」
見た目はウイングスネークに似ている白蛇、今や蛇竜だが、流石にニンゲンの国では問題があるらしい。
「うーん、だったらとりあえずそっちの責任者と面会せてくれない?」
「それだったらまぁ、ギルド長に相談すれば」
ラインもそれには納得してくれる。
問題はどうやってモリブデン公国まで入国するかだが。
「鞄とかに入って貰うとかは?」
リテリルの提案、それには面白そうだなと、リュウイチも賛成する。
だがラインは事の事態を想像すると。
「こんな魔王みたいな方をギルド長に報告しても信じて貰えるやら……ハハッ」
「信じるもなにも、これが事実だろう……」
「つーか、俺は王様じゃないからっ」
「アハハッ、白き翼の守り神様だね」
本当にリテリルは馴染んだよなー。
ラインもなんだかんだ、魔物街にはずっと驚きっぱなしだったが、ちょっとずつ馴染んでいた。
最初はオークやゴブリンにもビビっていたが、意外にも魔物たちはニンゲンを敵視も、偏見も持たなかった。
おそらく先駆者にフレイアやレギがいたことが原因だろうが、魔物街の住民はニンゲンにある程度の敬意があるのだ。
魔物街も非常にニンゲンの国に近いものがあり、実際少ないが、他国との交流もある。
もしかすれば奇妙だが、モリブデン公国にとって、魔物街はもっとも重要なパートナーになる可能性もあるのだ。
「出発は明日、レギの護送ちゃんと頼むぜ?」
それにはラインも緊張しながら「はいっ!」と力強く頷いた。
その後、三人と一緒に食事を談笑しながら楽しんだ白蛇は、その後政務に勤しむ。
その日は師匠のリッチクイーンも現れず、一体どこへ行ったのやら。
因みに兄弟子のベヒーモスも、修行ニャと、まーた大森林深層へレベル上げ行ってしまった。
リュウイチもまだまだ強くなる必要があるが、中々時間も取れないものである。
そんな中、その日最後の訪問者が執務室に訪れる。
それはイーリス族のユズであった。
「白蛇様、レギ王女の件、この私もご協力させてくださいませ」
「え? でもユズ……ドワーフ王国はともかく、モリブデン公国にも行ったことあるの?」
ユズは口元に手を当てると、クスクス笑う。
「こう見えて公爵様と、お会いしたこともありますのよ?」
「ふえー、イーリス族って本当に手広くやってるねー」
「ですので、決して白蛇様に損もさせませんわ、必要であればモリブデン公爵とも渡りをつけてみせましょう」
「……うーん、でもそれって、ユズのメリットが無くない? ユズはなにがしたいの?」
ユズは視線をやや逸らすと思案する。
彼女の本心はいつだって一族……マルファの民の繁栄。
白蛇を懐柔するのも、それが強力な互恵関係を築けると思ったから。
ただリュウイチは少し懐疑的だ、ユズは底が知れないから。
「……正直言いましょうか」
「うん? じゃあやっぱりなにか狙いがあるんだ」
ユズはコクリと頷く。
彼女にはある壮大な夢があった。
「白蛇様には、大森林北部の草原地帯に第二都市建設をして欲しいのです」
「第二都市だって……なんでまた?」
「イーリス族が沢山住める街、山の過酷な環境ではなく、この魔物街のような夢のような生活を与えたいのです」
ユズの知るイーリスの現実、それはあり得ないほど過酷で貧しい現実であった。
食べるものも殆ど手に入らず、イーリス族は外貨無なくしては生きられないほど。
ユズが本当に求めたのは、イーリス族が凍えずに住む世界、食べ物に困らない世界。
「もし第二都市を建設し、イーリス族の移住を認めて下さるなら、私は白蛇様に永遠の臣従を誓いましょう、マルファの民も白蛇様の臣下とし生きましょう」
ユズはそう言うと、その場で土下座した。
それはイーリス族にとってそれほど切実であり、過酷な現実であった。
「うーん、第二都市かぁ……」
「都市国家にはそれなりの問題もありますわ、特に魔物街は」
危険な大森林に建設された魔物街、雷龍の存在やリッチクイーンを見ても、魔物街の存亡は危うい。
そういう時、万が一の場合第二都市に臨時政府を移転出来れば、魔物街の政治は止まることはない。
そういうメリットを説明されて、リュウイチは納得するが。
「でもお金も人も足りないよぉ」
「あら、お金に関しては問題ないのでは? ほらドラゴンが」
現在どう扱えばいいか、分からない雷龍の素材。
ユズはあれを全て売りさばけば、むしろお釣りが来ると言う。
あとはやはり、都市建設するだけの人員だろう。
この魔物街とて日々成長しているのだ。
「……わかった、目処が立てば必ず建設する」
「是非お願いしますわ」
ユズがこれほど望むもの。
だがまだ白蛇は完全には納得していない。
なぜならイーリス族の移住くらいなら、魔物街でも問題ない筈だ。
実際、ユズらイーリス族は魔物街での生活に感激していた。
寒くもない、温かいベットに、いくらでも飲める安全な水、住んでみたら天国だったと答えたイーリス族もいたほど。
彼女の直接の部下、今は養鶏計画の責任者を努めるキリコなんかは、むしろ魔物街から離れられると困るのだが。
何れにせよ時代は動いている。
その波に白蛇は乗ることが出来るのだろうか。




