第81話 レギの才能
進化した後、白蛇リュウイチは魔物街へと戻ってきた。
ここ最近帰りが遅く、進化も果たしたということで、師匠リッチクイーンの許可もあり、まだ陽が沈む前の帰還であった。
無論蛇竜へと進化したとはいえ、リッチクイーンの求める強さにはまだまだ遠い。
リッチクイーンの求める強さは最低でもベヒーモスに勝てる程度だと言うのだから、いやはやどれほど時間が掛かるのやら。
あの師匠、自分自身が絶対的強者だから弟子に無茶振りする鬼スパルタっぷりはリュウイチをも苦笑させてしまう。
最も、冷酷なようで涙脆い人情家でもあると知れば、リッチクイーンがそれ程陰険ではないと分かるが。
今ではある程度リュウイチもリッチクイーンに向ける視線は変わったと思える。
「ふぅ今日は早く帰ってこれたし、ちょっと街でも見回るかなー?」
いつも通り師匠に転移魔法で送ってもらうと、師匠は再び何処かへと消えて行った。
リュウイチは自由時間が出来ると、街の様子を探る為、巡回を開始するのだった。
「おや? 白蛇様じゃないですか、その姿は?」
丁度旧市街へ向かうところ、早速ゴブリン男性が声を掛けてきた。
相変わらず両手を合わせて拝まれるが、リュウイチは苦笑する。
「進化したのさ、それより拝まないでいいから」
「いえいえ、増々神々しい姿になられて、白蛇様は神様であられます」
ゴブリン族にとって、星の神々にも並ぶほど、この魔物街では白蛇は信仰対象と言える。
実際ゴブリン族に文化という光と、平和という希望を与えた白蛇は、感謝という言葉だけでは足りないのだ。
「あぁそうだ、旧市街でなにか問題は起きてない?」
ついでと旧市街の事情も聴取しておく。
旧市街はオーク族の重鎮シャーマンのマハーラが隠遁しており、今でも大抵問題はあの老婆が解決している。
後はハイエルフのフレイアがほぼ取り仕切っている状態だ。
とりあえずフレイアに会うため農業試験場に向かっているが。
「あっ、工場街のレギ殿が倒れられたとかで、フレイア殿が新市街にテティス殿と一緒にかっ飛んで行かれましたな」
「……は?」
レギが倒れた?
自分が修行に感けている間に、街では労災が発生していた。
リュウイチは蛇顔を蒼白にすると、迷わず新市街へと翔ぶ。
光の翼を広げ、音速で飛行すれば、見るものが見ればさながら小さなドラゴンであろう。
そんなことも気にせずリュウイチはレギを探した。
熱源探知、魔力探知も用いて、あの小さな少女を探すと、直ぐに発見できた。
そこは食堂であった。
リュウイチは迷わず食堂に駆け込むと、叫んだ。
「レギー! 倒れたって無事かー!」
白蛇の絶叫に、食堂にいた目が一斉に白蛇に向く。
丁度奥の方にいたレギは白蛇の姿に元気に手を振った。
「ん、白蛇様、レギはこっち」
「え……あ、レギ……大丈夫っぽい?」
レギは最近仲良くなったテティスも加えて、フレイアとユズが同じテーブルを囲んでいた。
白蛇はレギの前まで向かうと、ユズが説明してくれる。
「過労に加え、熱中症でしたわ」
「過労って……なにがあったんだよ」
「ん、流石に三徹は無理しすぎた」
三徹、リアルでは絶対に聞きたくない言葉に白蛇は頭を抱える。
ともかくレギの無事な姿に安堵したが、原因はやはり?
「レギ……そんなにドワーフ王国に帰るのが嫌か?」
レギは王女の身分でありながら、国への帰還よりも、魔物街への亡命を望んだ経緯がある。
又聞きに過ぎないが、国王にして鍛冶王レギンと不仲の為だとか。
レギはストレスを抱えると鍛冶に熱中する癖がある。
実際彼女にはかなりストレスを与えたろう。
「ん……怖い、それは今でも変わらない、でも帰らないと困る人もいる、それも知っている」
現在モリブデン公国からとある密命を受けて魔物街に滞在してもらっている冒険者がいる。
モリブデン公国はレギ王女を必ず無事な姿でドワーフ王国に帰還させる必要があった。
そうでなければ半永久的にドワーフ王国との国交断絶が予想され、それはモリブデン公国にとっては致命的でさえあった。
モリブデン公国は大陸西部では小国になり、周辺国との交渉は慎重にしなければならない。
ドワーフ王国とは、武器は勿論のこと、様々な装備品を輸入しており、国防には欠かせないのだ。
モリブデン公国自体は大陸西部を支配する神聖マルエード皇国の属国という立場だが、その実モリブデンの現在はあまり芳しくない。
特にモリブデン住民はというと、いつマルエードに実効支配、つまり侵略戦争が起きるか戦々恐々なのだ。
その抑止力の為にもドワーフ王国との繋がりは重要なのである。
「レギは帰らないといけない、頭ではちゃんと分かってる」
「けど、その為にはさ、渾身の一品が必要なのよね?」
レギのズッ友であり理解者のフレイアは、頬を小突きながらレギの想いを代弁した。
渾身の一品、それに選んだのは鉄鋏だった。
フレイアが愛用する園芸用の鋏、それを遥かに上回る一品でなければ、レギン王を納得させられない。
でも本当は……レギは何をやっても、父には認められないんじゃないかって恐怖がある。
「そうか……ごめんなレギ」
「ん、白蛇様は悪くない、全て未熟なレギの責任」
「俺、前にも言ったけどさ、娘が心配じゃない父親なんていないよ、レギン王はきっと今でも心配していると思う」
レギにとってはトラウマ、リュウイチもレギン王を直接知る訳ではないが、親の愛情を信じている。
やはりレギの帰国は一筋縄ではいきそうもない。
「それで、結局納得の行く作品は出来そうなのか?」
「ううん……やっぱりレギは才能無い」
そんな筈はない、レギには正真正銘【鍛治神の加護】が存在している。
更に【鍛造の才】まであり、これほど恵まれたスキルを持つ鍛冶師は他にいないだろう。
特に才は例外覗いて後付されることはない、正真正銘天性のスキル。
どれだけ鍛冶が好きでも、この才があるとないでは天地の差が付くほどだ。
(蛇神様、レギはちゃんと才能ありますよね?)
こうなればもはや神頼み、蛇神へと念話を送ると、直ぐに返事はきた。
『当然だね、鍛治神直々に加護を与えている時点で、超天才級、ただレギちゃんは自分の才能をもっと上で見ちゃっているんだね』
(てなると、本当はやっぱ凄い?)
『専門じゃないんでボクもはっきりは言えないけれど、多分世界有数だよ?』
世界有数と言われて才能無いって、改めて天才って怖いなーとリュウイチは思った。
蛇神様はレギを世界有数と称えたのだ、なのに本人はこの卑下っぷり。
晩年でも自分の才能を信じられなかった葛飾北斎と同様なのかも知れないな。
「なぁレギ、ちょっと工房で仕事見せて貰ってもいいか?」
「ん、白蛇様、強い光に弱いのに、大丈夫?」
「あぁラミアとかケートゥになれば瞼もあるし、大丈夫だろ」
「……気になってたんだけど、アンタさ、なんか姿変わった?」
フレイアはずっと気になっていたのか、白蛇の鱗がちょっと変化していることが気になっていた。
リュウイチは「ふふん」と鼻を鳴らすと、進化したことを発表するのだった。
「じゃじゃーん、なんと蛇竜に進化したのだー」
「おおっ、パチパチ」
レギは素直に拍手してくれる。
一方フレイアはマジマジと竜鱗を観察した。
「じゃあマジでこれ竜の鱗な訳?」
「まぁ蛇竜だけどな」
「そ、それって海竜のようなものなのでしょうか?」
テティスはおずおずと謙虚に挙手した。
海竜とは、テティスたちネレイド族が最も恐れる海の魔物の一匹。
蛇竜同様、手足を持たず、ただ圧倒的な体躯と魔力を武器に、災害がカタチを持ったような存在だという。
「白蛇様が災害級でも遜色は無さそうですが」
なんて忌憚なくユズに言われると、リュウイチはちょっと不満げだ。
勿論実力の話ではなく、怪獣扱いに対する不満だが。
「俺は平和主義者だぞー、海竜と一緒にすんなー!」
「ヒィッ、ごめんなさいっ!」
「テティスは謝んないの、今のはユズが悪い」
「失言でしたわ、申し訳ありません」
テティスへの飛び火はユズも想定外だったようだ。
いやあの虚言の策士だと、これも計算内の可能性もあるが、ともかくリュウイチもテティスを責める気持ちはない。
「でも竜でしょ、ちっこくても竜ならやっぱり災害級なんじゃないの?」
「ん、ドワーフ族も地竜を恐れる」
世界各地で竜とは崇められ、そして怖れられるものだ。
白蛇も一端の竜へと成った以上、それなりの振る舞いがいるのかも知れない。
「……竜鱗、最高級素材」
レギはふと、白蛇の鱗を見て、思案する。
それはリュウイチには怖気のする発想であった。




